、ほら、かしな」

 無口で、クールで、きりっとしていて、一見怖い印象を与える、珠魅の、ラピスラズリの騎士である瑠璃くんは、ほんとうはとっても優しくて、わたしはその優しさについ甘えてしまっている。大好きで、大切な人を失ったわたしの心に入り込むわけでなく、外側からそっと支えてくれる、そんな人。

「いいよ、瑠璃くん荷物持ってるじゃん」
「たいした荷物じゃないんだ、早くよこしな」

 そういって強引にわたしの荷物を奪い取って先を行く瑠璃くん。くそう、相変わらず優しい騎士様だ。まあ、わたしの騎士ではありませんが。瑠璃くんの背中に、ありがとう! と、感謝を述べる。
 たとえば瑠璃くんのちょっとした優しさは、わたしに足並みを合わせてくれて、何も言わずにゆっくり歩いてくれている。わたしと瑠璃くんとじゃ、足の長さが全然違うから、絶対にわたしのほうが遅いのに。でも今回みたいにちょっと照れくさい時にわたしよりも早足に歩くのだけど、けれど一定の距離以上はあけないようにしている。
 小走りして瑠璃くんの隣まで追いつく。

「瑠璃くん優しいなーいい男だ、うん」

 そして、たぶん。

、からかっているのか?」

 瑠璃くんに惹かれている自分もいる。照れたように眉根を寄せる瑠璃くんの横顔に、愛おしさすら感じる。

「からかってなんてないよ、本当にそう思うし」

 でもなんか、瑠璃くんに思いを告げてはいけない気がするんだよ。理由はわからないけど、なんとなく。なにがわたしを、妨げるんだろう。瑠璃くんが好きだよ、って言ってしまえばいいのに。けれどその先に待っているものが怖くて何も言えない。

「辛い記憶を、過去の思い出にしてくれた瑠璃くんに、とっても感謝しているの」
「……俺は何もしてないぜ」

 瑠璃くんがいなかったら、と思うとぞっとする。生きるしかばねみたいに、生きてるんだか死んでるんだかわからないような日々を過ごしているだろうし、大切な人を、そう、さっき言ったように過去の思い出なんかにできなかった。思い出にできなくて、それで苦しんでいたと思う。

「瑠璃くんのそういうところが、いいんだよ」
「そういうところ?」
「うん」
「よくわからないな」

 ふっ、と表情を緩めた瑠璃くん。わたしもそれを見て、口角を上げる。
 家について、買いだしたものを食糧庫に入れていく。瑠璃くんは慣れた手つきでいつもの場所にそれぞれ収納していく。その後姿を見つつ、わたしはお茶の準備をする。
 わたしがお茶を注ぎ終わる頃には瑠璃くんも入れ終えて、いつものようにお互い向かい合っていすに座り込んだ。

「真珠ちゃんは元気?」

 お茶を冷ましつつ、わたしはたずねる。

「ああ、元気だぜ。に会いたがってる」
「わたしも会いたい……」
「なら、会いに来ればいいじゃないか」
「ごもっともでございます」

 瑠璃くんが毎週、決まった日にやってきて、買い物だのに付き合ってくれている。それがいまのわたしと外界をつなぐ唯一のパイプ。今のところ働きもしなければ、進んで外へも行っていない。今は貯金を切り崩して生活している。どうにもまだ、働ける気分ではない。
 けれどその貯金だって限りあるもので。まあもうちょっとしたら、働こうかなって思っている。今は心と身体の休養ってわけです。

「―――来週は、真珠もつれてこよう」

 ほうら瑠璃くんは優しい。

「やった、楽しみ!」

 お喋りしたり、読書したり、時には二人で、時にはひとりで何かをしながら、日が暮れる。そうしてまた今日もさようなら。でも、ねえ、今ブーツを履いているその手を取ってみたら、その後姿にぴとっと引っ付いてみたら、どうなるんだろう。
 帰らないでよ、そばにいてよ。と言えたら、わたしと瑠璃くんの関係は変わるのだろうか。
 そんなことを考えながら、今日も手を取らないで、さようなら。

「またな」

 そういって瑠璃くんは扉に手をかけた。



好きって、言ってしまえば。



「好きっていったら、瑠璃くんとわたしの関係はどうなるの? 今のままでもすごく居心地がいいんだよ。でも今のままの関係じゃ、わたしの気持ちを瑠璃くんは知らないんだよ。でも、知ってほしくない気持ちもあるんだよ。」

 誰もいなくなった扉に向かってひとり呟いた。