「前から気になってたんだけど、この石像って誰なのかしら?」

 煌きの都市の入り口には、一つの石像が置いてある。誰も、何もその石像について知らない。ただひとり、瑠璃をのぞいては。
 ある日真珠が、瑠璃に問いかけた。別に真珠は瑠璃がこの石像について知っているということを存じていて、聞いたわけではない。ただ、日常会話の一端として普通に聞いたのだ。

っていう、女の像なんだ」

 祈るように手を組み、そして俯いた女性は、涙を流しているようだった。美しく、どこか神がかった石像だった。瑠璃は懐かしむように目を細め、そして悲しげに笑んだ。

「珠魅のために涙を流したやつだよ」

 これは珠魅のために涙し、石になったもう一人の女の子の物語。



最後まで、



伝えられなかったこと




 それは、サンドラとの決着をつけるべく、崩壊した煌きの都市へ向かう前の話だった。もしかしたらこれが最後の逢瀬かもしれない。そう思って、瑠璃はのもとへ訪れた。
 ドミナに住むと、瑠璃とは、ひょんなことから知り合い、そして友達以上恋人未満のような関係だった。瑠璃としては、いずれは自分の気持ちを伝えたかったが、それは宝石泥棒の一件が終わってからにしようと心に決めていた。だが、たぶん自分とは今日の逢瀬を境に永遠の別れとなってしまうと思う。
 騎士として、珠魅として、もしものときには自分の命を捧げるつもりだった。

「瑠璃……その傷どうしたの?」

 直前のサンドラとの争いで、核に傷を負った瑠璃は、それを癒す手段がないため、その傷をむき出しのままだった。それとなく隠していたのだが、会った瞬間にやはりばれてしまった。

「なんでもないさ」

 瑠璃が曖昧に笑えば、は今にも泣きだしそうな顔で眉を寄せた。

「ひどい怪我。……涙石がないから、やっぱり、治せないの?」
「ん、まぁな。でもどうってことないさ。見た目より全然痛くないんだぜ?」

 嘘だった。本当は立ってるのも辛いし、ひどい痛みが全身を奔っている。それでも弱音は吐けなかった。最後くらい彼女に笑っててほしかった。自分のせいで悲しむなんてまっぴらだし、泣いたりしたら、それこそおしまいだ。

「嘘吐き。瑠璃の嘘くらい見抜けるんだから……」

 どこまでも目ざといには思わず苦笑いをしてしまった。同時に愛おしさを感じた。こんなにも自分に注意を払ってくれて、理解してくれている。このまま二人でどこかへ逃げられたら、どれほど幸せだろうか、と思う。でもそれはできないことで。もうとはお別れをしなければいけない。

、あのな」

 永遠の別れと、そしてが好きだったことを伝えようと、話を切り出そうとしたときだった。が祈るように手を組み、目をつぶった。

「瑠璃くんとの約束……守れなくてごめんね。でも、涙の止め方を知らないの」

 じわり、彼女の目尻に涙が滲んだ。瑠璃は肝が冷えるような思いがした。

「これで瑠璃の傷が治りま……」

 最後まで言い切る前に、彼女の体は石になった。瑠璃は全身の力が抜けるのを感じた。核の傷なんてちっとも感じなくて、ただ、ひたすら悲しかった。今すぐ叫びたかった。世界を壊したかった。

「涙……石?」

 地面には、石が2、3粒の石が転がっていた。他の石とは明らかに違った形でもしかしたら涙石かもしれない、と瑠璃はぼんやりとする意識の中で思った。
 拾い上げてみようと思って触れて見れば、みるみるうちに核の傷が治っていった。

「嘘だ……」

 の強い祈りが通じたのか、彼女は涙石を作り出した。なんでもない人間が種族を超えた愛で歴史をかえたのだ。



でも、

そんなことは

望んではいなかった。


「俺なんかのために……なんで石になっちゃうんだよ……!」

  は生きていけた。これからも、でも、彼女は自分のために涙を流して、石になった。このまま生きていけば、いずれは違う男と幸せな人生を歩めたはずだったのに。

(俺が、の人生を、壊した)

 悔しくて、悔しくて、地面へこぶしを何度もつきつけた。

「まだ俺、言ってなかったじゃないか……!」



がスキだって、

愛してたって、

ありがとうって。



 それでも、いかなきゃいけなかった。
 瑠璃はの家をでて、扉を閉めると、扉へ向かって「愛してる。」と小さく呟いた。届かない、伝わらない、愛の言葉。
 そしてそのあと、いろいろあった。俺は真珠を守るためアレクサンドルへ自らの核をささげた。しかし結局宝石を呑みこみ、合成していた宝石王は千の核の力にオーバーロードし、呑みこまれた核だけが残った。そんな俺たちに、他の種族のものがその結末に涙を流し、その涙は涙石となり、俺たち珠魅は復活した。
 復活したあとにまたドミナの町のの家を訪れた。


 相変わらずは手を組んで祈っていた。核を奪われ死んでいった友は、みな生き返った。でも、だけは、まだ石のままだった。
 この物語の、誰も知らない最後の悲劇。
 瑠璃はを持ち上げて、煌きの都市へと向かった。煌きの都市の入り口に石像をそっと置いて、瑠璃はまた小さく呟くのだった。

「愛してる」