「ルーベンスさん、ちゃんのこと狙ってるらしいね」

 日差しうららかな春の日。気候同様のどかだった俺の心に、稲妻が奔った。エメロード曰く、俺の好きな、のことを、ルーベンスが狙っているとの旨。どういうことだ……?
 俺は心がかき乱された。こんなことは珍しかった。自慢じゃないが、俺は比較的冷静なほうだ。その俺が冷静さをなくしてるってことは、相当な出来事だ。そう、この一件は俺にとって凄まじい出来事だった。

「!!! ……な、に。あいつ、ディアナのパートナーじゃないのか……?」

 ルーベンスはディアナの騎士を勤めていて、確か二人は恋人同士だったと記憶していた。それなのに、なぜルーベンスが? よりにもよって、とは。不都合極まりなかった。

「騎士と姫は恋人同士なわけじゃない、っていったのは瑠璃くんでしょ?」
「たったしかに言ったが、でもルーベンスはディアナの恋人じゃないのか?」

 初めて出会ったとき、石になった恋人を元に戻す薬を……と言っていたはずだ。つまり、ルーベンスとディアナは騎士と姫であり、恋人同士であるはずだ。

「どうやら今は違うみたいだよ。ねえ、確か瑠璃くんもちゃんのこと好きだったのよね?」

 アレックス――今はアレクサンドル――のもとで働いていたは、今はドミナの町の酒場でバイトをしている。そしてそこに、俺はよくいくわけだ。理由は決まってるだろ? が……好きだからだ。確かには、モテる、のだろう。彼女の笑顔や振る舞いなどは人を魅了する何かがある。もしかしたら、惚れているからそんな風に思うのかもしれないが。そして俺は、まんまとその魅力に負けた。ルーベンスも、負けたのだろう。
 と、いうか、バレてたのか、エメロに。

「誰がそんなことを言っていた?」
「誰……って、たぶんみんな知ってるよ? 知らないの、ちゃんくらいじゃない?」
「はぁ!? 一体どこの誰が広めたんだ!?」
「えええ? 瑠璃くん見てれば、気付くよ普通」

 俺ってそんなわかりやすいのか? ぞっとしつつも、どうしようかと漠然と自分に問いかける。

「珠魅を救ってくれた恩人様だから女神みたいに見えちゃう人もいるみたいだし、ちゃんとくっつきたいなら早期対策が一番だと思うよ? もう、アレクさんのことも吹っ切れてるみたいだし」

 アレックスさんのことはもういいの、と前に笑っていたのを思い出す。それから彼女はこう続けた。

『私の好きだった“アレックスさん”は存在しない人だったの。だから、アレックスさんを好きだったもアレックスさんの消滅と一緒に消えたの。ううん、死んだのかもしれない。だから、今瑠璃くんの目の前にいるは、今までのじゃないの。新生なんだから』

 本当か? と俺は聞いた。
 本当だよ。とは頷いた。

 でも俺は、信じられなかった。誰かを好きな気持ちっていうのは、そう簡単に殺せるものじゃない。それは俺がよく知っているし、実際そうだろう。だから、の言葉が偽りに思えた。

は、今必死に“好き”を遠ざけてるんだな)

 そのを、俺は変えられることができるだろうか? あんなにも深くアレックスを想っていたのだ。それくらい俺を愛してくれるのだろうか? 迷いはある。戸惑いもある。でも、を誰もにわたしたくなくて。誰よりも一番最初にへ愛を伝えたくて。

「後悔は、したくない」
「うんうん!」

 エメロードが両手で握りこぶしを作ってわいわいはしゃぐ。

「ちょっと、いってくる!」
「がんばってー!」

 走り出した俺の背中にエメロードが声援を送ってくれた。俺は、ドミナの酒場へと急いだ。




後悔はしたくない