夏の海は浮かれた男女で溢れかえっている。それはおれたちも違わず、おれと蘭と園子で伊豆の海にきていた。一見リア充の集まりみたいな男女三人と言う組み合わせだが、中身はただの幼馴染で、おれはただの荷物持ち。新一が新一だったころは二人で荷物を持っていたが、今はひとりでその役をこなしている訳だ。 「くん、ここにパラソル開きましょう」 「へいへい。愛しのそんちゃんのためなら、えんやこらっと」 「ぜーんぜん愛しそうな顔してないけど? じゃあよろしくね! あたしジュース買ってくるから! くんコーラでよかったっけ?」 「さっすが園子! コーラでお願いします! 愛してるよ!!」 「はいはい。じゃあ蘭、ここはくんに任せていきましょう」 「そうだね、じゃあよろしくね」 園子に投げキッスをすれば、園子はまるでハエでも払うかのように顔の前で手を払い、蘭と共に海の家へ向かった。おれは園子にふざけて彼氏ごっこをするが、蘭には絶対しない。そんなことしたら、新一に怒られるからな。 二人が戻ってくる頃にはパラソルとビーチチェアの設置は完了して、早速おれたちは浅瀬でビーチバレーに勤しむことにした。 「あら? コナンくん!」 暫くきゃっきゃやっていると、くるっと振り返った蘭が素っ頓狂な声を上げる。視線の先を見れば、同じく楽しそうにはしゃぐ少年探偵団がいた。 「あら、ナマガキじゃない!」 「偶然だな! 歩美ちゃーん!!」 「お兄さん!」 ぶんぶん大きく手を振れば、浮き輪に乗った歩美ちゃんが手を振り返してくれて、おれはもう天にも昇る思いだった。 「ちょっとくん、あたしたちと遊んでるときより眩しい笑顔するじゃない」 「そんなことないって!」 「折角だから一緒に遊びましょうか」 蘭の一声で、おれたち三人と少年探偵団たちで合流し、本格的にビーチバレーをすることにした。 「ねえ、哀ちゃん少し体調悪そうじゃない?」 蘭の言う通り、哀はいつも以上に気怠そうな様子で、砂浜で座り込んでいた。俺もずっと気になっていたから、深くうなづく。 「日射病かもな。パラソルまで運ぶか」 「そうね」 哀のもとへ二人で行くと、やはり哀は体調が悪そうだった。ずきんと胸が痛む。 「哀ちゃん、もしかして体調悪いんじゃない?」 「……」 蘭の問いに、哀は答えない。無言は肯定。おれは許可をとらずに哀ちゃんを横抱きにした。 「! ちょ、くん」 「パラソルまでいくぞ。蘭は海の家から何か冷やすものもらってきてくれないか?」 「わかった!」 蘭が海の家まで駆けて行った。腕の中にいる哀ちゃんは何か言いたげな顔をしたが、ふいっと視線を逸らした。 「俺も行くよ」 コナンもやってきて、俺たちはパラソルまで行くことにした。パラソルには博士がいて、おれたちに気づくと驚いたように手を挙げた。 パラソルに備えてあるビーチチェアに横たわらせると、コナンが気を利かせて、濡らしたバスタオルを哀の身体にかけた。 「完全な日射病だな」 「じゃったら早くホテルに戻ったほうが……」 「大丈夫だよ。この程度なら体を冷やして日陰で休んでればすぐよくなるよ」 暫くすると、蘭が氷をもってパラソルまでやってきた。 「どう? 哀ちゃんの具合」 「なんとかなりそうじゃ」 蘭が心配そうに哀ちゃんのことを見るが、博士の言葉にほっと胸をなでおろした。 「今度からは具合が悪かったら自分から言ってね、哀ちゃん」 哀ちゃんは目をつぶったまま、答えなかった。 「じゃああたし、みんなのところ行ってくるから! はどうする?」 「おれは哀ちゃんのとこいるよ」 「そっか。じゃあよろしくね」 蘭が少し寂しそうな顔をしたのは、哀ちゃんが蘭のことを避けているような様子に気づいているからだろう。そんちゃんによろしくね! と言えば、蘭は、はいはーい。と、手を振って戻っていった。 「哀くんも哀くんじゃぞ。ろくに海も入らず、浜辺でじっとしてるから」 「疲れたなら博士と一緒にパラソルの下にいればよかったのによ」 「……逃げるみたいで癪だったから」 こぼれ出た言葉に、おれたちは目を丸くした。 「逃げるってサメからか?」 博士が言う。 「バーロ。この海水浴場にサメなんかいやしないよ」 笑いながらコナンが言う。 「サメなんかじゃないわ……」 哀ちゃんは、何を伝えようとしているんだろう。おれもわからないままだった。 「相手はイルカ……そう、海の人気者。暗く冷たい海の底から逃げてきた意地の悪いサメなんかじゃ、とても歯が立たないでしょうね」 ははあ、なるほどな。と、ピンと来たのはおれだけだったようで、博士とコナンの頭にクエスチョンマークが浮かんでいるのが見えた。 「何を訳の分かんないこと言ってるんだ」 「イルカじゃったら、サメのほうが強いんじゃないか」 こいつら、頭はいいくせしてこういうことには疎いんだから、ボケボケだよね。 「あなたたち……疲れるわ。あっちいっててくれない?」 哀の言葉と同時に、あたりが騒がしくなる。園子たちが船に乗っていて、それを怒られているようだった。博士とコナンは哀に言われた通り、その場から立ち去り、喧騒のほうへと向かった。 「おれは……そんな風には思わないけどな」 「あっちいってっていったんだけど?」 「えーだっておれは哀ちゃんの言ってること理解してるもん」 つらいよなあ、苦しいよなあ。 「サメじゃなくて、ペンギンかな」 「は?」 「小さくて可愛い、水族館の人気者。イルカと同じく人気者だよ」 「くんの目は節穴なのかしら」 でもね、おれだってつらいし苦しいよ。だってこんなにもペンギンのことが好きなんだ。 「おれはそんなペンギンを世話する、イケメン飼育員ってとこかな」 「へえ」 「ぜーんぜん懐いてくれなくて苦労してるんだよね」 「……」 「おれがそばにいるから、哀ちゃんはゆっくり休んでな」 少し迷ったけど、哀ちゃんの頭をゆっくりと撫で、その手を優しく握った。振りほどかれるかなと思ったけど、握り返してくれた。 「……ほんと、変な人」 「どうもありがとう」 願わくば、ペンギンの気持ちがイケメン飼育員に向きますように。 願いの海を泳ぐペンギン 246話 「網にかかった謎(前編)」より |