「どうでもいいけどさ、有希子さん、来すぎじゃない?」 「あら〜、そ、そんなことないわよ? ちゃんは黙ってて!」 「はいはーい」 これでよしっ! う〜ん、素敵だわ。なんて語尾にハートマークがついている有希子さんは、最近このFBI捜査官の赤井秀一に夢中なようだった。と言っても今は、有希子さん自慢の変装技術で沖矢昴になっているが。 毎度驚くけど、有希子さんのこの変装技術ってすごい。俺も何度かやってもらったことがあるけど、本当にその人みたいになるんだ。その技術を使って、コナンの正体がばれそうになった際に何度新一に化けさせられたことか。都合のいい男なのだ、おれは。 「そういうくんも、結構来てるよな」 「俺はだって家が近所ですもん。隣の隣ですもん。いいじゃん」 それに赤井さんの作るごはん美味しいんだもんなあ。と心の中で付け加える。俺が女だったら、ちょっと好きになっちゃうな。 有希子さんはロスに住んでいるにもかかわらず、週1ペースで帰国しては赤井さんに変装を施している。勿論、この有希子さんの技術がなければ沖矢昴になることはできない。最近赤井さんも自力でなんとかできるように試行錯誤しているようだが、この技術は一朝一夕では身につかない。まあ、有希子さんは赤井さんに会いたいし、赤井さんは変装をしなければならないし、そういう意味ではWIN-WINなのだろう。でも優作さん的にはどうなんだろうな。 「やだ、ちゃんてばそんなに来てるの? どれくらいきてるわけ?」 「ほぼ毎日きてる。学校帰りに用事がなければ寄って、赤井さんと夜を共にしてる」 最近、赤井さんちに行き過ぎて、親からは彼女が出来たと思われている。勿論、彼女は居ない。 「夜を共にしてるってなんかいやらしいわ〜。もう、彼女作りなさいよね」 「余計なお世話だって」 「ちゃんって、一体どんな子がタイプなの?」 「え〜〜、料理が上手でぇ〜大人っぽくてぇ〜」 「やだ、それって赤井さんじゃない!」 「はぁ? 何言ってんの有希子おば……じゃない、有希子さん?」 危ない危ない、思わずおばさんと言いそうになったが、野生の勘と言うのだろうか、不穏な空気を感じ取り即座に言い直した。 「なんだくん、俺が好きなのか」 「赤井さんもからかわないでよ!」 「仕方がない子だ」 「も〜〜〜!」 沖矢さんの顔で微笑む。ちょっとドキっとしちゃったじゃないか! おれは顔が赤くなるのを感じる。それに気づかないふりして、ねーねー。と赤井さんに声をかける。 「今日のご飯なーにー?」 「肉じゃがだよ」 「あら、私も食べてこっかな」 「有希子さん帰りの飛行機の時間やばいんじゃないの?」 「あ、そうだったわぁ……名残惜しいけど、私は帰るわね。赤井さん、ちゃんをよろしくね」 「お任せください有希子さん」 「よろしくってなんだよ……じゃあね有希子さんまた来週」 有希子さんが帰ったことで、工藤邸に静寂と平和が戻ってきた。 「全く毎度思うけど、有希子さんって嵐みたいだよね」 「ははっ、パワフルでいいことだ」 「赤井さんの好きなタイプってどんなの?」 赤井さんを見れば、うーん。と虚空を仰ぐ。 「ご飯を美味しく食べてくれる人……かな」 にっこり目元を細める。この人、絶対人たらしだ。男の俺でさえ、どきっとするんだから、女性はたまったもんじゃあないだろうなあ。 「さて、俺は肉じゃがの仕込みをするとしよう。くんはテレビでも見ててくれ」 「俺も手伝うよ! 俺、ご飯を美味しく食べるだけじゃなくて、手伝いもできるからさ」 「ほぉ、良い子だ。ではジャガイモの皮むきをお願いしようかな」 「まっかせて!」 キッチンに立ち、俺はジャガイモの皮をむき、赤井さんは玉ねぎを切る。 「……こういう生活も悪くないな」 「え? 俺との生活ってこと?」 「ああ」 「ちょっと、冗談で言ったのに、肯定されたら恥ずかしいじゃん」 「冗談で返したまでだよ」 くっくっく、と喉の奥で笑う赤井さん。いつだって赤井さんのほうが一枚上手だ。いつか赤井さんを狼狽えさせたい。 「ねー赤井さーん、剥けたよぉー、次何すればいい?」 「そうしたら、水にさらしておいてくれ」 「なあにそれ、さらすって」 「水につけておくことだよ」 「だと思った!」 「さすがワトソンくんだな。……そういえば昔、俺のことをワトソンといった子どもがいたな」 「へえ〜。じゃあ俺と一緒だね」 一昔前、まだ新一が新一だったころ、それこそあいつがブイブイ言わせていたころは、テレビだの新聞だのの取材がわんさか来ていたが、新一がコナンになってからはそれも静かになった。ワトソン君だけではフィーチャーされないのだ。 あれ、でも、なんかその話なんとなく引っかかるな。なんだっけ……。 「どうした? ジャガイモを握ったままフリーズしてるが」 「え? ああ、いや。なんでもないよ」 ジャガイモを一旦置き、ボウルに水を入れると、そこにジャガイモを放り込んだ。 「赤井さんをいつか、狼狽えさせたいなって思っただけ」 赤井さんは鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしたが、すぐにニヤっと口角を上げた。 「やれるもんならやってみろ」 「強気〜! 絶対狼狽えさせるから!!」 こういう生活、悪くないだろう? こういう生活をずっと続けたくなるのは時間の問題だからな。なんて思いつつ、俺は赤井さんに次の指示を仰ぐのだった。 「じゃあテレビを見ていてくれ」 「何それ邪魔ってこと? 意地でもキッチンから出て行かないから」 「そうじゃないさ」 そのあと赤井さんが言った言葉に、俺はまたも心臓が飛び出そうになったのだった。 (くんがテレビを見ている姿を見ながら料理の準備をするのが好きなだけさ) |