「哀ちゃん、相談したいことあるんだけど……」 昨夜、から電話があり、そのような申し出があった。哀は小学校のあと阿笠邸で紅茶を飲みながら彼の来訪を待った。数時間後、制服のままのが阿笠邸にやってきた。出迎えれば、主人に会えた犬さながらの喜び方をする。 「お待たせ哀ちゃん、お菓子食べる?」 「あら、くん。子ども扱い?」 ずい、とはコンビニの袋を愛の目の前に持ってく。哀は口元を釣り上げ、奥へと誘った。 「おおくん、新一くんは今日は来ておらんぞ」 「いいのいいの、今日は哀ちゃんに用があるから」 途中家主の博士とすれ違う。は首を振り、そのまま地下への階段を下りて行った。彼女の研究室で、哀はパソコンの前の椅子に座り込んだ。はテーブルの上にコンビニの袋を置いて近くの椅子に座りこんだ。 「で、どうしたっていうの」 哀が催促すれば、は少しだけ顔を赤らめて、いやー。と、頬をかく。なんとなく、嫌な予感がした。女の勘とやらなのか、それともこれまで生きてきた人生の経験上の直感なのか、相談、と言ってこう言いよどむのは傾向的に、あれしかないのだ。 「それがさ……、蘭から最近相談を受けるんだ。その、新一とのことをさ。いや、昔から受けてたけどさ。最近多くて。で、この間言われたんだ。新一が、だったらよかったな、何てさ。それで………」 彼の声がだんだんと遠のいていくのを感じた。聞こえない、否。脳が聞くことを拒絶しているのか。彼がこんな相談を持ち掛けてきたということは、きっと彼も満更でもないわけで、そんな彼の表情が、哀を苛々させた。とんだ茶番だ、お互いがその気ならくっついてしまえばいい、くだらない。 自分でも驚くほど苛々して、そんな自分に気づいて、さらに苛々する。どうしたというのだ、彼が誰と付き合おうと、また彼女が誰を好きになろうが、勝手ではないか。 「で、あなたはどうしたいの」 彼の言葉を遮って、哀がきっぱりと言い放った。 「どうって……」 「あの子がくんを好きで、くんがあの子を好きなら、だれが何と言おうと問題ないんじゃない?」 それとも、と哀は続ける。 「工藤くんに申し訳ない? でも人の気持ちなんてそんなもんよ、時の流れとともに変わりゆくもの。永遠に変わらないものなんてないの。彼だって時間はかかっても理解してくれるわ」 「蘭に対しておれはそんな感情は抱いてない。おれ、哀ちゃんが好きなんだ」 「はぁ!?」 哀が素っ頓狂な声を上げる。 「だから、おれがどうしたいのかと言うと、哀ちゃんと付き合いんだ」 「じゃあなに、今の相談は」 「ごめん、相談と見せかけて、哀ちゃんに告白しようとしてた」 「……意味が分からないわ」 「ごめんごめん」 頭を抱える哀に、は近寄り彼女の前に跪く。 「哀ちゃん、おれ哀ちゃんがすごい好きだよ」 「あなた何を言っているの、わたしは小学生で、くんは高校生」 「本当はおれより年上だ」 「おまけに組織から追われる身……」 「おれが守る」 「ワトソンくんが?」 「組織からは新一と二人、手を合わせて守る。で、哀ちゃんの脆い心、おれが壊れないように守るから」 お願いします。彼は跪いたまま頭を下げる。突然の告白に、哀の心臓が忙しなく動き回る。彼と付き合ってはダメだ、と頭が信号を送り続ける。彼が不幸になってしまう、だめ、だめだめ。 「無理よ、わたしはあなたのことなんて好きじゃないわ」 自分でもびっくりするくらい冷徹な声で言い放つ。顔を上げたはひどく感傷的な顔をしていた。 「そう……か」 「わかったなら帰ってちょうだい」 「おれ諦めないよ」 すっと立ち上がり、は決意を露わにする。 「何度来たって無駄よ」 「三顧の礼ってあるだろ? おれはあきらめないから!」 あ、お菓子はあげる! そう言って彼は地下室を飛び出していった。一人に取り残された哀は、ふう、と息をつき、口元を釣り上げる。 (あの子のことが好きなわけじゃなかったのね……ふうん、へえ。くんねえ) 三顧の礼だなんて、そこらへんに蔓延ってるラブコメ野郎なんかより全然いいかもしれないわね、なんて考えながら、はっと我に返る。何を前向きに検討しているのだろう。 『あの子がくんを好きで、くんがあの子を好きなら、だれが何と言おうと問題ないんじゃない?』 自分で言った言葉を思い出して、ううん、とまた頭を悩ませる。二人の気持ちが通っているのなら、何も問題ない。確かにさっきは思ったのに、自分のこととなるとさてどうだろう。自分を囲っている問題がありすぎる。彼に危険が及ぶなんて、そんなことはあってはならない。万一彼と付き合って、自分の正体がばれたら真っ先に消されるのは彼になる。 最も、そんなことがあれば、彼だけでなくいろんな人間が消されてしまうが。 (私だって……あなたのこと守りたいんだから) この感情の名前なんてわかっている。けれども、けれども、その名前を呼ぶにはまだ勇気が、決意が足りない。彼が三回目、やってくるときには決意ができているだろうか。そんなことを思いながら、頬を緩めた。 |