古ぼけた地図を頼りに




 過去の思い出がふとした瞬間に思い出されるときがある。それは他愛のない事であったり、懐かしい思い出だったり、ちょっと切ない思い出だったり。
 ヘンリーはソファに座り、小さい頃住んでいた部屋となんら変わりない扉を見て、ふと昔の出来事を思い出した。

「そういえば俺さ」
「ん?」
「どうしたの」

 隣に座る妻、と、その上に跨るようにして座っている息子コリンズが同時にヘンリーを見た。

「昔、まだ俺もやんちゃだった頃にさ、この城に隠したんだよ。将来お嫁さんになってくれる人に向けて宛てた手紙」

 懐かしむように目を細めて、腕を組んだ。
が興味をそそられたらしく、「どんなことかいたの?」と食いついてくる。それに対してあまり興味がないらしいコリンズは「へぇ」とだけ言っての髪をいじりだした。三つ編みをしたくて頑張っている。

「それが、あんま思い出せないんだよ。でも確か、その手紙の在り処を地図にしたと思うんだよなー。まだあるかな?」

 立ち上がり、机やらなにやら、昔の自分が隠していそうな場所を捜していく。小さい頃住んでいた部屋に入っていたものをそのままそっくり今の部屋に運び込んだものだが、小さい頃ゆえ記憶が曖昧でなかなか苦戦しているようだが、は何もわからないため、コリンズと会話をしながらヘンリーが見つけ出すのを待っていた。
 すると、最終的に本棚に入っている本の中に入っていた。(彼は昔、何かを隠すときにこの本の中に隠していたらしい)

「えーとなになに……。げっ、なんだこれ。全くわかんねぇ」

 ヘンリーはの隣に座って随分との古びた地図を広げると、昔の自分が――今も、だが――いかに絵心がないのかが伺えた。線だけで構成された地図は、その当時のヘンリーしかわからないほど簡易すぎた。

「天才的ね。こんなの、一流のスパイも、海賊も、きっと解けないわよ。この宝の地図」
「それ、褒めてるのか? けなしてるのか?」

 唇を尖らせて隣にいる愛妻を睨むと、彼女はあくびれた様子もなくへらりと笑っていた。

「勿論褒めてるのよ。わたしには高等すぎてその地図の解読は不可能だから、作成者本人が捜すべきよ」
「母上、あたまいい!」
「えへへ」

 コリンズは母であるの事を大好きだった。三つ編みを丁度結べたこともあってか、高揚気味にに抱きついた。それを面白くなさそうに見るのがヘンリー。彼もまた、妻であるの事を大好きだった。抱きついたままのコリンズを引き剥がして、無理やり自分の膝に座らせた。

「なにするんだオヤジ! おれは母上のところがいい!」
「このやろう! 本当だったらな、の膝は俺専用なんだぞ!」
「コリンズ、オヤジなんて口が悪いわよ。父上、でしょう?」
「はあい母上!」
「(ぐぬぬ……コリンズめ。あの態度の差はなんだ)」
「さあ、ヘンリー。きっとヘンリーだけじゃ捜せないと思うから、手伝うわ」
「じゃあオレも!」
「コリンズはこなくていい。迷子になられちゃ困るからな」

 あくまでを一瞬でも多く独り占めにしたいヘンリー。としてはコリンズも一緒にいってもいいと思うのだが、なんとなくヘンリーと二人きりの時間を過ごしたいと思う気持ちもある。どうしよう、と思っていた矢先、ドアがノックされた。
 ヘンリーは返事をすると、太った侍女がやってきて「さ、お勉強の時間ですよ。」といって、じたじたと暴れまわるコリンズを力技で抱きとめて、つれていった。コリンズの悲鳴混じりに母上、と呼ぶ声がいやに耳に残った。

「……ちょうどいいな」
「なんだか可哀相だったけど」
「いいんだいいんだ、勉強は重要だからな。さあ、俺たちも行こう」

 といってヘンリーは、地図をポケットにしまいこむとの手を取って部屋を出た。久しぶりに繋いだ手にドキドキと高鳴る胸。いつも繋いでいるコリンズの手とは格段に違う、大きな、そして骨ばった男性を思わせる手。

「久しぶりに手を繋いだな」
「えっ、あ、うん……」
「なんだよリオ、顔がまっかだぜ?」

 階段を下りつつヘンリーが笑う。リオはあいている手を頬にそえ、熱さを確認しつつ「そんなことないわ」と意地を張る。はいはい、とヘンリーが言ったところで王座にやってきた。王座ではデールがなんだか暇そうな顔で頬杖をついて床を見ている。ヘンリーたちに気付くと急に目を見開いた。

「兄さん。それにさん。なんだかアツアツですね」
「へへへっ。いいだろデール。お前も早く嫁さんを見つけることだな」
「……僕にはまだまだ早いかな。いまからデートですか?」
「まあ、そんなところだ。デール王、雑務頑張りくださいませ」
「ちぇー。よくいいますよ」
「頑張ってねデール君」
「あっ、は、はい! 頑張ります…!」

 デールは朗らかに笑った。ヘンリーとは王座を通り過ぎ、ゆるゆると王宮を歩いていく。

「デールはみたいな女の子が好きなんだよ。だからに話しかけられるとあんなに動揺するんだ」
「そんな、ありえないわ」
「ほんとほんと。兄貴だからわかる。俺も、みたいな女の子大好きなんだ」

 大好き、その愛の言葉に再び胸がしめつけられる。結婚をし、妻となり、一児の母になり、育児に追われ、すっかりデートだとか、手を繋ぐだとか、ハグするだとか、キスするだとか、そういった恋愛沙汰から遠ざかっていたため愛の言葉を言われたところでときめきを感じなかったが、今ヘンリーと手を繋ぎ、感覚を取り戻した。

「わたしも、ヘンリーみたいな男の子が大好きよ」

 柄にもなく愛の言葉を返してみる。いつもなら「はいはい」だとか「ありがとう」だとかいって流していた。だからだろう、ヘンリーがきょとんと目を丸くした。

「珍しい」
「たまには、一人の女の子としてヘンリーといたいわ」
「なるほど。じゃあ……うん、そうだな」

 勝手に一人で完結したと思ったら、急にヘンリーは走り出す。手が繋がれているため自動的にもついてく形になる。「どうしたの?」と走るヘンリーの背中に問いかけるが、彼は答えず城のすみまでやってきた。ヘンリーは を壁におしやり、誰にも見せまいといった風に覆いかぶさった。の視界はあっという間にヘンリーだけになった。
 何をされるのだろうと思いつつも、ヘンリーはいつになく真剣な表情で、ときめく。いつもはへらへらしている夫だけど、たまに見せる真剣な表情はをトリコにする。



 低い、艶っぽい声。そんな声を発したくちびるが、ゆっくり、ゆっくりとのくちびるへと近づいてくる。くちびるが重なる寸前、ヘンリーはうっすらと微笑を浮かべて、

「好きだよ」

 と愛を告げて、触れるキスをした。時間にしてみればほんの数秒間だったのだが、からしてみれば永遠とも思えたキスの時間は終わり、ゆっくり、ゆっくりとくちびるは離された。途端、息苦しくなり、息をずっと止めていたことに気付く。は呼吸をはじめると、ヘンリーはにっ、と少年のような笑顔を浮かべた。

「どう?」
「どう、って……?」
「お城の誰もいないところでキッスだよ。ちょっと、ドキッとくるシチュエーションだろ?」
「……ばかね」

 口にしたのは悪口であったが、のはにかみ笑顔を見て、ヘンリーは言葉のなかに潜む本意を汲み取った。ヘンリーはにおでこをくっつけた。

「恐らくなんだけど」
「うん?」

 ぐっと近づいた距離に、感じる吐息。声が近くってどきどきがとまらない。今日はなんてどきどきする日なんだろう、とぼんやり思う。

「手紙にはこう書いてあったと思うんだ」

 頬に手を添えられた。視界がヘンリーの顔のみを写すため、ヘンリーの手の動きは全く死角で。そのため、その行為にびくっと身体が驚きを示した。

「未来永劫、愛する。ってね」

 こどもが未来永劫なんて知るわけないじゃない。なんていう野暮な反論は心の中にしまいこんどいて、 は頬に添えられたヘンリーの手に自らの手も添え、きゅっと握った。

「その手紙の内容は実行できそう?」
「当たり前さ」

 古ぼけた地図はまるで頼りにならなかったけど、けれどその地図は確かに二人の愛が深くなるよう導いてくれた。一人の女の子と、一人の男の子は、そのままキスの海に溺れた。



翌日

「な……な……なんじゃこりゃー!」
「どうしたの、ヘンリー?」
「俺たちが……新聞の一面を飾ってる」

 新聞の真ん中にはでかでかと、キスをしているヘンリーとの写真が載っている。キスに夢中で写真を撮られたことにすっかり気付かなかった。はコリンズがまだ寝ているのを確認して、新聞をぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に棄てた。

「なあ。どうせならもっと撮ら―――」
「撮られません!!」



Mirageさまに提出した作品です。