「いや! わたしもいくわ!!!!」
!!」

 いつも穏やかなが声を上げた。これにはも驚き、ひるんだ。

「……よく聞いて、俺は絶対にフローラを連れて帰ってくる。約束するよ。でもね、万が一俺が帰ってこなかったとき、子どもたちのことをに守ってほしいんだ」
「………」
「大丈夫、俺は絶対に帰ってくるから。だから、待っていてほしい」

 お願いだから聞き分けてくれ。がそういっているようで、の胸はちぎれそうになった。ついていきたい、けれどがこんなにもお願いしている。これ以上、駄々をこねられない。

「……わかった。わたし、待っているから。だから、絶対帰ってきて」

 うん、とうなづくの瞳は真っ直ぐで、は不安ながらも少しだけ安心する。今までずっととともに旅をしてきただからわかる。ならきっと大丈夫。何度だってピンチを乗り越えて、ここまでやってきた。

「無事で……いてね」
「うん。いい子で待ってるんだよ。を、頼んだよ」

 フローラを助けに一人行くの背中を見守ることしかできない 。歯がゆい思いと、ついていきたい思いを胸にしまいこみ、生まれたばかりの子どもたちのもとへ走った。




「……お嬢さま」

 は帰ってこなかった。捜索隊も隈なく探しているがまだ何の報告も受けていない。彼が飛び出してから、もう二日が経ち、グランバニアの空気は重くなる一方だった。彼らが帰還しないことはすなわち死を意味するということは、誰もがわかっていた。だから死体を見たわけではないが、国民はみなあきらめムードであった。それはとて同じで、信じたい気持ちとは裏腹に悲しみが募る一方であった。

「……お嬢様」

 沈んだ様子を隠しきれないに、サンチョが気遣うように名を呼ぶ。その声が引き金となった。

「わたし、いく」
「待ってください!!」

 の腕をサンチョがつかみ取る。

「離してサンチョ! わたし、この目で確かめてきたいの……! 全部、この目で……!!!」

 振り向かず、サンチョの腕を振りほどこうと躍起になるが彼は頑なにそれを拒んだ。彼も男で、よりも力がある。そう簡単には振りほどけなかった。

「お気持ちはわかりますが落ち着いてください!!」
「いや! いくの!!」
お嬢さままでいかれては、このサンチョ……!」

 すすり泣く声が背後から聞こえては振り返る。サンチョは泣いていた。

「いかないでくださいお嬢さま、もう二度と、私の見ていないところで大切な人を亡くしたくないんです……!」
「サンチョ……」

 抵抗するのをやめた。やめざるをえなかった。彼はパパスを知らないところで失った。まで失ったかもしれない。さらにまで失ったら彼の心に二度と癒えることのない傷が出来てしまう。涙にぬれたサンチョの瞳がの心をつついた。

「………ごめん」
お嬢さま……」

 けれども、

「でもね、わたしこのままで終わりたくないの。生きてるのか死んでるのかわからないままわたしは生きていけない」
「……」
「少しの間をお願いします」

 勝手なのはわかっていた。を任されたのは自分だということもわかっていた。けれどどうしても確かめたかった。今、瀕死の状態かもしれない。今行けば助けられるかもしれない。そう思うと身体が動きだそうとするのだ。それに今いかなければ一生後悔する気がするのだ。

「わかりました……」

 力強く握られていた手が、離された。

「絶対に戻ってきてください」
「約束する。だって約束したもん」

 は駆けだした。



 噂では北に向かったらしい。しかし北の大陸とグランバニアとは、川が流れているため遮断されているので向こう岸に行くのは船がなくてはいけない。それを聞いたはオジロンに相談すると、オジロンは小さな船を貸してくれた。その船に乗って北の大陸へ移動し、歩いていくと北の大陸には教会がぽつんとあるだけで、そこを訪ねればどうやら魔物の群れが、この教会をさらに北へ向かったところにある塔へ向かっていったという。
 はチロルに跨りそこを目指した。
 塔の造りは少し複雑で試行錯誤しながらどうにか最上階へつくと、そこには王座があるのだが何も残っていなかった。不自然なほどの何もなさに少し疑問が残る。するとチロルが切なそうに鳴いた。

「! とフローラの匂いが残ってるのね?たちはどこへ消えたの?」
「がうう……」
「わからないかあ……。でも、血の匂いしないよね? 死んで、ないんだよね」
「がう!」
「……帰ろうか」

 はきっと死んでいない。きっと、恐らく。けれどこんな塔の最上階からどこへ行けるのだろうか。―――なにもわからない。

「チロル」

 頭をなでると、もっと撫でてほしいと言わんばかりにこうべを垂れた。

「帰ろう。これをみんなに伝えなきゃ」
「がうっ!」

 リレミトを唱えて塔から脱出し、ルーラでグランバニアに戻った。足取り重く謁見の間へ向かうと、オジロンがに気づくなり目を見開き駆け寄ってきた。

「よくぞ戻った! どうだったか、王は? フローラ殿は??」
「……何も残っていませんでした。チロルがかすかに二人の匂いを感じたみたいですけど、そこからどこへいったかもわかりません」
「そうか……よくやった、無事で何より。サンチョに顔を見せてあげなさい。王の部屋にいる」
「わかりました」

 部屋に入ると、サンチョがすごい勢いでこちらを見て、次の瞬間には涙が洪水のようにあふれ出て、駆け寄ってきた。

お嬢さま!!!! ご無事で!!!!!」

 サンチョはの手を握ってぶんぶんと振った。感動からか、それ以上は言葉が出てこなかった。

「ただいま、サンチョ」

 そういうと、サンチョは何度もうなづいた。

は無事?」
「はい……!」

 サンチョはから手を離して二人はベッドのすぐ横へ移動した。ベッドではが何も知らずにすやすやと寝息を立てて幸せそうに寝ていた。無垢な子どもたちは、その小さな体にすでに残酷な運命を背負っている。



「……わたしが、あなたたちを守るからね」

 とフローラの残した、希望を。






 すっと意識が戻った。どうやら夢を見ていたようだった。

「あっちゃん起きた!!」

 の顔が目の前に現れて、彼は無邪気な笑顔でいった。どうやらが中庭で遊んでいる様子を見ながら、城の壁に身を預けてうたた寝をしていたようだった。

「あれ、ちゃん、泣いてるよ?」

 の隣でが心配そうに眉を下げた。言われて目じりに指を添わすと、確かに濡れていた。

「あら、ほんとだ」
「どうしたの? 悲しい夢、みたの?」
「ちょっと、まで悲しそうだよ? 悲しい夢どころか、何の夢見てたかわすれちゃったよ」
「本当に?」
「うん、ぜーんぶわすれた! だから悲しくなんてないよ。それよりも二人とも、大きくなったねー」
「ええー! 急にどうしたの?」

 さっきまでの悲しそうな顔が打って変わって、今度は楽しそうにがころころ笑う。

「ついこの間までこーんなちっちゃかったのにね」

 指で五センチほどの大きさを作ると、が目を丸くする。

「ええー! 僕、こんなにちっちゃかったの?」
「ふふふ、どうかな」
「どっちなのー? ちゃんってばあー!」

 がごろんと寝転がっての腰らへんに抱きついた。

「ずるいよ! わたしも」

 といっての横に座って横から抱きついてきた。

「まだまだ甘えんぼさんだね」
「「えへへー」」

 二人が照れたように笑う。が慈しむように微笑む。


 も元気です。この子たちは絶対にわたしが、守るからね。