俺にはどうやら、超能力とはいえないが、人に自分の思った事を言わせることが出来る腹話術ができる。
でもやっぱりそれは、”言わせた言葉”だから。その人自身の思っている言葉じゃない。
それでも、この腹話術がもしかしたら、世界を変えられるかもしれない。そう思うと誇らしい。


「安藤、また考察?」
「…あ、。」

考え事をしていた俺の目の前にひょい、と現れたのは、俺と同じクラスの子、だった。
の凛とした声が入ってきたと思ったら、急にがやがやした教室の大合唱が聞こえてきた。
どうやら、もう授業が終わったらしい。

「考察もいいけど、折角の休み時間なんだから。」
「…休み時間なんだ。ぜんぜん気づかなかった。」
「考え込みすぎでしょ。」

くすくす笑いながら、すでにいなくなった俺の前の人の椅子には座った。

「でも、なに考えてたのか忘れちゃった。」

の笑顔を見ちゃったから。俺、やっぱりの事好きだなあ。
俺の考察がぶっ飛ぶほどの力が、には備わっている。恐ろしくも、美しい力。

「それならきっと、大したことなかったのよ。あるいは、えっちなこととか?」

試すような、それでもって茶化すような笑顔。俺は慌てて否定する。

「違うって。俺、あんまりそういうの興味ないし」
「それは、嘘よね?」
「…まあ。」

ばつの悪そうに頬を掻いて苦笑い。俺だって年頃の男なんだから、興味がないわけがない。
と…手をつないだり、キスをしたり、してみたい。なんてことは、口が裂けても言わないが。

「ねえ、安藤。」
「ん?」
「好きな人、いる?」
「うぇ!?」

突然の質問に、俺はうろたえた情けない声しか出なかった。の顔から、真意を読み取る事は出来ない。
俺をからかってるのか、純粋な疑問か、それとも……

「ああ、そのうろたえっぷり、いるんだ?」

俺に、好意を持ってくれているのかな?
いや、そんなわけないか…。どうせ、俺の事を友達、もしくは考察野郎としか思ってない。
一瞬でも期待した俺に羞恥心を抱く。でも、

「いるよ。」

君の口から聞く、好き。という二文字は、どれほど甘美なんだろう。

「だあれ?わたしの知ってる人?」
「ああ。知ってるよ。」
「佳世?由美?」
「ぜんぜん違う。」

まさか自分だなんて、夢にも思わないよな。

「誰、だろう。検討つかないなあ…」

クラスを見渡しながら、残念そうに呟く。
わかるわけないよ。見渡したところで、そこにはただのクラスメートがいるだけで。
俺は少しだけ笑った。すると、がすごい速さで俺を見た。

「え、いま、笑ったでしょ?」
「いや、笑ってないよ。」
「嘘。聞こえてきたんだから、まさか好きな人いるって嘘?わたしのことからかったわけ?」
「ほんとだよ。ただ、が見る先の人の中にはいないよ。」
「それじゃあ他のクラス?何組の人?」
「このクラスだよ。」

ここまでいったらわかっちゃうかな。でも、は鈍感なのか、対して驚いた素振りも見せずただ、「へぇ。」とだけ言った。
きっとのことだから、「今日欠席の人ね。」だとか思ってそうだ。彼女の鈍感さには目を見張るものがある。

「ねえ、は好きな人いないの?」

俺の質問に、彼女は(多分)無意識に二、三回瞬いた。

「さあ?」
「…さあ、って。俺はちゃんと教えたのに不平等じゃんよ。」
「別にいいじゃない。わたしのことなんてさ、」

そう言って、清清しい微笑みを浮かべた。ああ、彼女は笑顔でごまかそうとしている。その手には乗らない。
俺は食い下がった。

「不公平だ。ね、教えてよ。」

俺だと、その口で言ってくれれば。俺はどれだけ幸せになれることか。
好きだと、言ってはくれないか?それだけで俺は、世界を変える事だってできる気がするんだ。
俺は、手を、口元に、添えて、

「好きだよ」
「……。」
「―――あ、れ?わたし今なんて言った?」
「…、なにも、何も言ってない。」

俺はうまく笑えただろうか?
腹話術で世界を変えられたって、目の前にいる彼女の事は変えられない。
そんなこと、わかってた。わかってたのに、でも、涙が出そうで、



偽りの好き、なんて

(虚しいだけだよ)