あなたのいない世界なんて、わたしにとっては意味のないものなんです。あなたのいない世界なんて、あなたのいない未来なんて、わたしはいらない。だから、ずっと一緒にいてください。

「どこにも行かないでくださいね……」

 隣ですやすやと穏やかな寝息を立てて寝ているアレクサンドル。このひとのことだけは、何に代えても守りたいと思うんだ。




『アレックスさんは……アレクサンドルなんでしょう? それともサンドラと言ったほうがいいでしょうか』

 確証はなかった、けれど躊躇いながらも彼に問いかけてみれば、彼は一瞬目を見開いたのち、暫く沈黙した。なんて答えるのが正解なのか、きっと考えていたんだと思う。自分の心臓の音だけが響き渡って、耳が痛いくらいだった。
 沈黙は肯定―――そして彼は、静かに頷いた。

『そうです、アレクサンドルです。軽蔑しました? 憎いですか? あなたの目の前でルーベンスやエメロード、ディアナを殺しました。――私のことを、殺しますか?』

 覚悟はしていた。でも、いざ本人からそういわれると、全身から力が抜けて今にも倒れそうな心地がした。アレックスさんは、アレックスさんではない。そんな人は最初から存在しない。彼は、アレクサンドルさんだ。そして一連の事件の犯人だ。彼の言うとおり、彼はわたしの目の前で何人もの珠魅を殺してきた。
 遠くなりそうな意識を何とか踏みとどまらせて、わたしはもう一度踏ん張った。あなたに伝えなければならない。一生懸命導いた結論を、聞いてほしいんだ。

『軽蔑もしました、憎しみも抱きました。色んな出来事があって、わたしはどうするべきなのかたくさん苦悩しました。でも、それでも、わたしはあなたと一緒にいたいと思いました』

 何度この気持ちで苦しんだだろう、悲しんだだろう、自分を嫌いになっただろう。けれどもたくさんの思案の末、わたしはこの気持ちを認めてあなたと生きることを願いました。あなたのそばにいることを願いました。わたしだけはあなたを赦すと誓いました。

さん、あなたは自分がなんて愚かなことを言っているのかわかっているのですか?』

 恐ろしく冷たい目だった。以前のわたしならきっと怯んだだろう。でも今のわたしは違う。何が起こったって、わたしの気持ちは変わらない。その覚悟を決めたんだ。

『わかっています。でも、どんなに愚かでもわたしはアレクサンドルさんと一緒にいたいんです。たとえ瑠璃くんに裏切り者だと叫ばれても、真珠ちゃんに最低だとなじられても、誰になんと言われようと、アレクサンドルさんの行く道を一緒に行きたいんです』
『……さん』
『だってアレクサンドルさんのいない世界なんて、生きている意味がないんです』
さん!』

 こんな大きな声で名前を呼ばれることなんて、初めてだった。

『ダメだ、さんと一緒にはいられない。おれは、そんなことを望んでいない。あなたと一緒にいたいなんて思っていない』

 わたしを突き放す言葉だった。その無表情から言葉の真意は読み取れない。

『どうか、わたしを連れて行ってください。わたしはあなたと生きたい、あなたのしあわせを願いたい』

 あなたと生きることで、たとえ業火で身を灰にするような結末が待っていようと、わたしはそれでいいんです。一緒に灰になって、混じり合いたい。あなたの傍にいられること、それが幸せなのだから。

『……なぜそこまで私に執着するんですか。あなたには関係ない事、これは珠魅の問題であり、おれが引き起こした復讐だ』
『わたしには、アレックスさんの助けてという声が聞こえた気がしたんです。助けて、おれを止めてくれ、おれを、許してく―――』

 わたしの言葉を聞き終わる前に、アレクサンドルさんはずんずんと壁際までわたしを追いやり、壁に手をついた。そしてじっと見つめられる。青みを帯びた深い緑色がわたしを捉える。

『違う。そんなわけがないだろう。ウンザリしていたんだ、離しても離しても関わろうとするあなたに』
『うそです。それだったらもっと拒絶したはずです、でもあなたはしなかった。ねえ』

 わたしは夢中であなたの身体に手を回してぎゅっと抱きしめた。

『お願い、わたしにもあなたの苦しみを半分ください。半分じゃなくてもいい、もっと少なくてもいい。ひとりで抱えないで……アレクサンドルさんが好きなんです、あなたに幸せになってほしいんです。そばにいたんです、ただそれだけなんです。苦しいならば、苦しみを取り除いてあげたい。取り除けないならばわたしも一緒に背負いたいんです』
『……』
『一緒に、この先のことを考えたいです』
『あなたは本当に愚かだ』

 ぐいっと身体を離されたと思ったら、唐突に顎を持ち上げられ、そしてキスをされた。キスを……された。そして、今度はアレクサンドルさんにぎゅっと抱きしめられた。少し強いくらいのその力がわたしを現実にとどめさせる。

『今の言葉は本当ですか』
『も、もちろんです』
『では、共に地獄に落ちよう』


 

「どこにも行かないさ」

 目を閉ざしたままアレクサンドルさんが言った。どうやら起きていたらしい。独り言を聞かれてなんだか恥ずかしい。

「わたし、アレクさんとずっと一緒にいたいです」
「嫌だといったって今更を離さない」

 なんでこんなに心臓を締め付けるような甘くて苦しいことを言うのだろう。アレクサンドルさんが手を伸ばして、わたしを安心させるようにぎゅっと抱きしめて離れた。アレクサンドルさんの胸元の核が月明かりに照らされて美しくきらめく。その様が彼の妖艶さをより引き立たせている。

「死ぬまで、死んだって、ずっと一緒ですよ」

 いつだって、あなたにはわたしがついています。あなたがいれば、わたしはそれでいいんです。決して一人にしないし、いつだって、「おかえりなさい」をあなたにあげます。



(2021.02.25)
LOMがSwitchでリマスター版発売決定!!!!!
3のリメイク出たあたりから、もしや……? なんて思ってましたが、やっぱり!
嬉しすぎてむせび泣きました。また会えるんですね。好き。
このお話は某曲をイメージしながら書いてたものを書き上げたものです。短め。
嬉しさのあまり、どしゅどしゅどしゅと書き上げました。
連載ヒロインの闇落ちエンド的なものですかね。