今日もアレックスさん、かっこいい。再確認、大好き。ウェンデルの秘宝に勤め始めて、もうどれくらい経つんだろう。勤務し始めた日=アレックスさんに恋してからの日数だからずいぶん長い片思いだなぁ、って思う。この気持ちが報われる可能性、どれくらいなんだろ。

「はぁ……」

 重いため息を吐いて、ぐてっとテーブルに突っ伏す。そりゃあ、叶わないなんて理解してるし、それでいいと思ってるよ。でもさ、やっぱ結ばれたいって思うのは普通だよね? ため息だってついちゃうよ。切ないなあ、切ないよ。
 宝石店っていうところは、大繁盛! するところじゃないから、お客さんは少ない。店番してても、正直暇な時間がほとんどで、今だってお客さんはいないから、こうやってぐでーってできる。……いいことじゃないよね。現在アレックスさんは他店の視察に行ってます。うう、早く帰ってこないかな。
 そのとき、扉が開いた。お客さん? と思って身体を起こして、いらっしゃいませ。と言うと、ただいま。と声が返ってきた。

「あ、アレックスさん! おかえりなさい!」
「お客さんかと思いました?」
「はい」

 目を細めて穏やかな笑顔を浮かべる。アレックスさんのこの笑顔、だいすき。

「一人で店番ご苦労様でした。暇でしたよね」
「はい」
「お詫びにこれどうぞ、確かさんケーキ好きでしたよね?」
「わわっ! ケーキですか!? いいんですか!?」
「ええ勿論」

 さっきから気になってた、不自然に後ろに隠した手を前に持ってきて、すっとケーキの入っているであろう箱をわたしの目の前に出した。さすがアレックスさん! 気が利くし、優しいし、うわー大好きだあ!
 こういうちょっとした気遣いとか、本当にアレックスさんはすごいと思う。しかも、店番するのは当たり前なのに……。

「本当にありがとうございます……。大切に食べます!」
「そんな、ケーキなんていつでも食べれるじゃないですか」
「でも、アレックスさんからもらったケーキですから」
「おかしな子ですね」

 おかしくないですよ。だって、好きな人からもらったケーキですよ?大切、特別、大事なものです! アレックスさんは私の気持ちを知らないから、きっとわかりませんよね。

「さて、私も店番しますか」

 どうぞ、と言いテーブルに箱を置いて、私の隣に座る。ち、近い…。いや、いつもこんな距離なんだけど、慣れない……。
 ちらっと隣を見れば、メガネが似合う端整な顔のアレックスさんがすぐ近く。幸せだあ……!

「こら、なに見てるんですか」

 視線に気づいたアレックスさんがこちらを向いた。わわ、ちょ、まって! 近いし、その笑顔やばいですよ!
 胸が締め付けられるような、そんな感じ。心地よい痛み。

「えへへ」

 とりあえず笑ってごまかせ!

「……さん」
「はい……」
「好きなんですよね?」
「ええ!? な、なにがですか!?」

 まさかばれてる!? アレックスさん、わたしの気持ちに気づいてるんですか!?どうしよう、ここは正直に言ったほうがいいのかな? でも、ここでフラれたらお店で気まずいし……どうしよう、どうしよう、どうし

「ケーキですよ」

 さらりと言われた。くう……恥ずかしい。何勘違いして顔赤くしてるんだろ。ばか! ばか! 痛いよ自分!!

「……す、好きですよ」

 絶対アレックスさん、変だと思ってる。顔赤くしながらケーキを好きなんて、ありえないもん。でもだって、顔の熱が引かないんだもん。ていうかアレックスさんのせいでしょう。

「じゃ、食べてくださいよ。さもないと私、食べちゃいますよ?」
「だ、だめです! わたしが味わいます!」
「それじゃあほら、早く食べましょうね」

 そういうと、わたしの目の前に置いてある箱を開けて、なかからチーズケーキを取り出す。わあ、チーズケーキ好きなの知ってるんだ。すごい感動。フォークも箱からだして、チーズケーキを一口分きり取って、突き刺す。

「さあ、口を開けて」
「……え?」
「口を開けてください。私が食べさせてあげますよ。それと、オプションで目もつぶってくれると嬉しいですね」
「い、いいですよ! 自分で食べれます! ください!」
「駄目です。食べさせてみたいんです。ほら、目をつぶって」

 低い声でささやくように言われては、黙ってアレックスさんの言うとおりにする他ない。わたしの心臓が働きすぎて壊れそうなくらい動いてしまうし、もう、何がなんだかわからなくなってきた。はい、と小さく言って目をつぶり、口を少し開ける。恥ずかしい気持ちで頭がいっぱいになる。これはきっと羞恥プレイだわ。好きな人の前で目つぶって、口開けて、なんかすごい間抜けだよ。

「いきますよ」

 と、口の中に何か入ってきた。これはきっとチーズケーキ。口を閉じれば、フォークがするりと口の中から出て行く。目をあけて、もぐもぐと与えられたチーズケーキを食す。おいしい、おいしいけど……恥ずかしい。アレックスさん、そんな見ないでください。

「おいしいですか?」
「はい。ありがとうございます。ではフォークを……」
「いいえ。これ全部食べさせます」

 な、なんです…! これ全部なんて、食べ終わるまでに死んでしまいそうです。何この神イベント。

「だめです!! 絶対駄目です!!! 無理です!!!!」
「そういわずに。……あと一回だけでもいいですから。お願いします」

 しょんぼりと、まるで子犬のような瞳で見られる。卑怯な手です。そんな目で見られては、やっぱり黙ってアレックスさんの言いなりです。ずるいですって、その表情。写真に残したいですって。

「しょうがないですね……。さ、さいごですからね?」
「ええ、約束は守ります」

 アレックスさんの綺麗な笑顔を見て、わたしは再び目をつぶって口を開ける。なんだか、親鳥からの餌を待つ雛の気分。

「いきますよ?」

 唇に、何かが触れて、次の瞬間に口の中ににゅるりとした何かが侵入してきた。驚いて目を開ければ、瞳を閉ざしたアレックスさんが目の前にいて、呆然とする。え、なにこれ、わたし……もしかして、チューしてる!? にゅるりとした何か、改めアレックスさんの舌が、しっとりしたチーズケーキをわたしの舌に託す。すると、唇は離れた。

「びっくりしましたか?」
「……え、あ、…う」

 驚きの余り頭が真っ白で、何も言葉が出てこない。アレックスさんを直視出来なくて、そのまわりをキョロキョロと視線をさまよわせる。わたしは、アレックスさんとチューをした。それも、ディープなものを。しかもアレックスさんから。
 わたし達は別に付き合ってるわけじゃない。むしろわたしの片思いなのに、おかしいな。これは夢? 夢オチなの??

さんは、私の事が好きですね?」
「………は、い」
「私もさんの事が好きです。そして私は、あなたの気持ちに気づいた。ですから、してみたのですが」

 いかがですか? とたずねる彼の表情は、なんというか妖艶で、ぞくっとわたしの心の波風を立てた。メガネの奥の青みがかった深い緑の瞳に吸い込まれそうだ。

「参りました……」
「ふふふ。では、今からさんは私の恋人と言う事でよろしいですか?」
「はい……大歓迎です……」

 いまだにうまくまわらない頭だけど、アレックスさんと今から恋人同士ってことは、ちゃんと理解出来てる。でも今この瞬間が嘘みたいで、夢みたいで、なんとなく信じがたい。わたしに降り注ぐ幸せは全部全部本当なのかな? なんて考えるけど、嘘だとしたら意味がわからないし、夢にしてはリアルすぎる。



 好きな人に名前に呼ばれる。なんて甘い響き。

「好きです」

 そういって私達は再び唇を重ねた。何事も、アレックスさんには叶う気がしない。でも、それでいいや。とキスに夢中になる頭の隅で考えた。



ラバー

(あなたには、敵いません……)