窓から見える外の様子は、とても気持ちよさそうだった。太陽が降り注ぎ、お昼時のジオの学生達が
楽しそうに、嬉しそうに、サイフを片手に歩いている。その様子を、はぼやーっと眺めて、私も混ざりたいなあ。と思ったが、すぐにその考えを頭から取り払った。

(わたしに魔法は……絶対無理よね)

 一気に気分が落ちる。そこに幸運にも、アレックスが奥から出てきてに声をかけた。それによって、落ちた気分は一気に高ぶった。

さん、どうしたんですか?」

 彼女にとってアレックスとは、もはやなくてはならない存在だった。まだそのことは、アレックスには伝えられずにいるが。だが、今のままの関係でもいい、と考えてもいる。へたに気持ちを伝えてぎくしゃくするよりも(フラれる前提の考え)、今の、近すぎず遠すぎずの心地よい距離を保つことのほうが幸せだと思うのだ。
 たまにキュンとくる言葉をかけてもらえたり、かわいらしい一面、カッコいい姿を間近で見れる、と言うのは幸せ以外なんでもない。

「あ…あー……えっと、たまには一緒にお昼なんてどうですか? なんて、」

 まさか、自分の無能さに絶望していました、なんて言えるわけもなく、なんとなく先ほど見たお昼を食べに行く学生が頭に浮かんだので、とっさにお昼に誘ってみのだが、言った瞬間ものすごい後悔をした。

――な、なにを言ってるのわたし! 突然!!

言葉を訂正しようと口を開いたそのとき、アレックスが先に言葉を発した。

「ええ、ぜひ」

 惚れ惚れするほど綺麗な笑顔で彼は頷いた。は開いた口をきゅっと三日月形に結んで、喜びをかみ締めた。言ってよかった、なんて先ほどとは正反対の事を思い、心の中で苦笑いをする。

「少しの間店じまいをしましょう。まあ、どうせお客さんなんてこないんですけどね」
「……否定できませんね」

 宝石店”ウェンデルの秘宝”に残念ながら客はめったにこない。また、従業員はアレックスとのふたりだけなので毎日ふたりきりという環境だ。これはにとってはとても嬉しいことなのがだ、店としてはどうなのだろうか。つぶれたやだなあ、と思いつつも、ふたりきりの環境を手放したくない、と言う思いのほうが断然強かったりもする。

「じゃあ、行きましょうか」

 はい、と今まで考えていた事をすべて取り払って、気持ち良いくらいよい返事をして、扉のところで鍵を片手に笑顔でたたずんでいるアレックスの元へ飛んでいった。

+++

 店の近くに立地する軽食屋はいり、適当に食べたいものを注文して、料理を待つ。

「久々ですね、こうしてお昼をともにするの」

 おしぼりで手を拭きながらアレックスが言った。もそれに倣いおしぼりで手を拭きつつ、はい。と頷く。目の前にはアレックスがいつ、と言う環境に少し戸惑い、緊張しつつもなるたけアレックスの顔を見るように心がけながら会話を繰り広げる。

「あの……これからも誘って良いですか?」
「勿論ですよ。ではこうしませんか? お昼の時間帯さんがいたら、一緒にお昼を食べる、ということで」

 人差し指を立ててふわりと浮かべた笑顔に見ほれつつも、彼の提起した提案に心のそこから喜ぶ。これからお昼を一緒に食べられる! そのことが自然との顔を笑顔にする。まさか彼からそんな誘いがくるとは思わなかったので、喜びもひとしおだ。

「はい! 大歓迎です! 楽しみです……!」
「私と一緒にお昼食べてもつまらないだろうと思ってたんですが……喜んでくれて嬉しいです」

 アレックスさんのこと好きなんで、嬉しいに決まってますよ! と喉まで出かかった言葉を飲み込んで、ぶんぶんと頭を振って全力で否定する。

「つまんなくなんてないです! むしろ、嬉しすぎてなんか逆に怖いです」
「ふふっ、なんで怖いんですか。―――いつまでも、一緒にお昼をとも出来たらいいんですけどね」
「えっ、なんですか?」
「いいえ、なんでもありませんよ」

 アレックスの最後の呟きはの耳に届くことなく、ただ響きを残して空に消えた。すると丁度いいタイミングで料理が運ばれてきた。

「おいしそうですね! いただきまーす!!」

 幸せそうに料理を頬張るを見て愛おしそうに目を細めて、その姿を脳裏に焼き付けようと目を少しつぶりアレックスも「いただきます」と呟き料理を食べ始めた。

+++

「おいしかったですね。あの…その……アレックスさんと食べると、その…何億倍もおいしいです!」
「私もさんと一緒にいると、食事がとっても楽しかったです」
「ほっほんとですか!? わ、なんか嬉しくて死にそうです……!」
「死んではいけませんよ。それじゃあ、そろそろ出ますか。私が持ちますね」
「ええ!? いいですよ、わたし払いま……!?」

 伝票を取ろうとしたアレックスを見て、慌てて伝票に手を伸ばすと、手と手が触れ合い、彼らはびくりと手を引っ込める。は手が触れ合った事に対して赤面していると、アレックスがその隙に伝票をすっと取り、笑顔を浮かべた。

「私が払いますよ」

 再度告げたアレックスに、は赤い顔のまま黙って頷いた。心臓がどきどきと煩くて、顔も熱くて、まともにアレックスの顔も見れない。彼が立ち上がったのを視界の端でとらえると、も立ち上がって彼の後ろをついていく。手が触れ合っただけでこんなに駄目になってしまう自分に腹が立ちつつも、ひとつの思いが頭の中にずっと浮かぶ。

(手、冷たかったな……)

+++

「あの、ありがとうございます。」
「いえいえ。男として当然ですよ。それに私、一応雇う側の人間ですからね。雇ってる人に奢ってもらうわけにいきませんよ」
「……なるほど」

 アレックスの隣を歩いていく。足取りはゆったりで、周りから見たら恋人に見えるのかな? なんてはぼんやり考えた。

「そういえばアレックスさん」
「はい」
「アレックスさんの手、冷たいですね」

 先ほど感じた事を口にする。すると、手に何か違和感を感じる。ふと見てみれば、アレックスの手が自分のそれを握っていた。つまり、所謂手をつないでいる、という状態。

さんは暖かいですね」

 爆発しそうなくらい心音を奏でている心臓。沸騰しそうなくらい熱い顔。突然の事に思考回路がショートした頭。アレックスは穏やかな笑顔で前を見ている。

彼の 手 は やはり 冷た かった。

「暖めてくれませんか? なんて」

 相変わらず何も考えられないままではあるが、は小さく頷いて、バカみたいな幸せなこの状況が夢か現か判断するために空いた手で頬をつねるが、痛いうえに熱かった。


暖かい、冷たい

(あなたの手の冷たさ、感じないくらい、私の手、熱くて、)