春も夏も秋も冬も、




 春風がグランバニア城を、そして俺も、優しく包んでいく。目の前に広がる景色は、緑と桜色。風に身を躍らせる木々に、舞い散る葉や花弁。本当に美しい景色だと思う。こんな景色を護るために、俺はいるんだな。そう思うと、少し自分がカッコよく思える。……そうはいっても、実際に護るのは”天空の勇者”なんだけどね。

。こんなところにいたの?」

 後ろを振り返ると、愛しき妻が、大きなお腹に手を添えつつ、微笑みを湛えてこちらへ向かってきていた。俺も思わず笑顔になる。もうすぐ新しい命が誕生する。俺も、父親になるんだ。この景色だけでなく、俺は妻も、そして子供たちも護らなくてならない。

。出歩いてちゃだめじゃないか」
「あら、いいでしょうよ。歩いたほうが、きっと活発な子になるもの」
「どういう理屈だよ」

 隣にやってきたの髪に桜の花弁がくっつた。俺は一瞬それをとろうと手を動かしたけど、やめた。彼女と花弁はマッチしていて、それをとるのは何だか忍びなかった。可愛いもの同士は合うんだよね。そういえば、冬にも何処かの宿屋で一緒に景色を眺めたことがあった。あのときは確か初雪が降って、身を寄せ合って寒さを凌いでたっけ。触れ合っていた部分がやけに熱くて、しかも心臓がバクバク煩くて、やけに緊張していたと覚えている。何を話したかなんてちっとも覚えてないけど。

「春だね〜。なんだか平和……。ずっとこんな日が続けばいいのにね」

 誰もが望んでやまない”平和”。俺たちはその平和を守るために戦っているんだ。
 時々、何で俺たちがやらなきゃいけないんだ。って思うこともある。きっと俺たちじゃない誰かが、俺たちの役割を担っていたならば、多分もっと幸せになれたんだろうね。でも、こんな状況だからこそささやかな事さえも幸せに思えるんだ。たとえば、一緒にいられるだけで、目が合うだけで、手が触れるだけで、幸せなんだよ。これって――――幸せなことだよね。

「こんな日が続くためには、俺たちが頑張るしかないんだよね」
「うん。きっと、お腹の子たちには過酷な運命に晒されるわね……。それでも、私たちの子ならやっていけるわよね」

 屈託ない笑みを浮かべるの頭を、俺は優しく撫でた。桜の花弁はいつの間にか風に攫われていて、既にの髪に花弁はいなくなっていた。

「大丈夫。なんてったっての子だからね、強く逞しく育つよ」
「何それ、褒めてるの??」
「勿論。それに、可愛い子なんだろうね。沢山可愛がってあげなきゃ」

 わざと微笑むと、は眉根を寄せて俺を睨んだ。

「そして私のことはほったらかしなのね」
「そんなことないさ。こら、やきもちはだめだよ?」
「いいわよ。息子ができたら息子に付きっ切りで、の相手なんてしてやんないんだから」
「酷いなあ……俺は相手にしてくれないんだ?」

 俺はの言葉を待たずに、の唇に口付けをした。一回、二回と触れるだけのキス。

、愛してるよ。世界で一番」
「二番がいるのね?」
「二番は子供だよ」
「なるほどね……。私も、のことを世界で一番愛しているよ」

 俺はの言葉を聴きながらも、背後に回り、後ろから抱きしめた。の髪の匂いが俺の鼻をくすぐる。とてもいい匂い。同じシャンプーを使っているはずなのに、俺は彼女のこの匂いが大好きだった。

「こうしてと寄り添ってるとさ、安心できるんだ」
「私も……に抱きしめられてるときとか、とっても安心するの。私の居場所なんだって……思うの」

 いつからなんだろう。互いが互いを必要とし、居場所と思い始めたのは。一緒に居ることの嬉しさを知ったのは。

「俺はといられるだけで幸せなんだ。こうしていられることが、何よりも幸せ」

 春も夏も秋も冬も、ずっとずっと死ぬまで君といれたらって思うんだ。それはきっと難しいこと。叶わないことかもしれない。それでも、俺は君といたいって思う。だって、愛する人と一緒にいれることって、この世界で一番素敵なことじゃないかな?

「ずっと一緒に居てね」
「当たり前だろう? 俺が君を護る。他の誰にも、これだけは譲れないよ」
「ふふ、心強いわね」

 多分、俺たちには壁が沢山立ちはだかると思う。それでも、きっと乗り越えられると思うんだ。だって、愛し合っているから。 は俺を愛していて、俺はを愛している。単純で、美しい、事実。
 今だけ、世界のことなんて忘れて、こうして二人で四季の美しさを感じていたい。風に身を揺らす木々も、春の到来を喜ぶ鳥たちも、全部が全部、君と僕で共有できる景色だなんて素敵なことだね。たとえ今だけの幸せでも、俺はそのことが単純に嬉しいよ。ねえ、愛してるよ。