「親友、折り入って頼みがあるんだ」
「どうしたんだよヘンリー。改まって、ヘンリーらしくないな」

 彼の表情はいつものおどけた表情の出来損ないだった。どうしても表情の下にある真摯を隠しきれていない。

「ラインハットには王子が三人いたんだ。俺、デール。そして、
……。ヘンリーはラインハットにいたころ、まだ赤ん坊だった子?」
「そう、それがが行方不明らしいんだ。の旅ついでにを探してくれないか」
「ボクからもお願いします」

 どこからともなく現れたのはデール。デールは心細そうに眉を下げている。国王がこんなに不安そうな顔ではだめなのでは、とは考えたが、今は国政の場ではないのでいいのだろう。これがデールなのだから。弟のとやらも、こんな性格なのだろうか。

を助けてください。お願いします」
「うん、かまわないよ。でも俺はについて何も知らない。少し情報をくれないか?」
「これが写真です。性格は……なんというか少し自由で、しょっちゅう城下町に遊びに繰り出してました。今回行方不明なのも、また遊びに行っているのだろう、と思ってたので最初は行方不明とは思いませんでしたが、音沙汰がないのがもうずっと続いていて……」

 写真はデールとが二人で写っているのだが、確かにデールの控えめな笑顔に比べて100%の笑顔を浮かべたのほうはいささか自由そうだ。

「わかった。のことは俺に任せて。だから二人は、ラインハットの再興に尽力して」
「ありがとうな相棒。感謝するぜ」

 そういってヘンリーは深々と頭を下げた。親友が頭を下げる姿を見るのは、奴隷になりたてのとき以来だ。父、パパスが亡くなったことを自分のせいだといって詫びたとき。あれからもう何年たったのだろう。おそらく父よりも月日を共にした親友ともここでお別れだ。

「どうか、よろしくお願いします」

 デールの言葉に微笑みでこたえて、は旅立った。




鎮魂歌を唄うもの




「これからどうしようなあ」

 誰に言うわけでもぽつりとつぶやく。わいわいとにぎやかだった旅路も気づけば一人。ため息もつきたくなる。
唯一の仲間であるスライムのスラリンが肩に乗ってぷるぷるしている。
 この大陸は一通り旅をしたので、次なる大陸へ港から行こうと考えた。けれどその前にどうしてももう一度サンタローズに寄りたかった。ちょっと遠回りしてサンタローズに寄ってビスタ港に行こう。
 ラインハットを経って約一日半。途中野宿もしてようやくサンタローズにやってきたときにはすでに日が落ちていた。相変わらず寂れた、死が漂う街。皮肉なことにこんな風にしたのは我が親友の継母。親友を恨むのはお門違い。しかし、どうしてもやりきれない思いを誰に対してというわけでなく抱いてしまう。馬車を村の入口において、生き残ったサンタローズの住民が作った簡易な墓場までやってきた。

「ご冥福を」

 小さくつぶやいて目をつぶる。

「……あんた、この村にゆかりが?」

 目を開けて声の主を探すと、カンテラで明かりを灯した男がこちらを見ている。その男の姿を見て目を見開く。彼のその顔は、探してほしいと頼まれたにそっくりだった。けれど写真に写っていた彼とは決定的に何かが違っている気がした。

「ええ、この村で幼少を過ごしまして」
「……そうか」

 たぶんそれは、うまく言えないが”生きている”という感じ。俯いている彼からは、あの写真から感じた、はつらつとした感じがまったく感じられないのだ。生きることに対してある種のあきらめを感じている人の顔だった。そういう顔には敏感だ。神殿建設場ではそんな人ばかりだったためすぐにわかる。

「あなたは?」

 カンテラによって浮かびあがっている彼の双眸と視線がかち合う。

「俺は、ここで一生かけて罪償いをするつもりだ」
「罪償い……というと」
「旅の人、人には語りたくない過去の一つや二つあるものだよ」

 そういって彼は口の端を釣り上げて笑顔みたいなものを作り上げた。

「夜道には気を付けて」

 くるり、背を向けて彼は去って行った。残された沈黙のなか、は一つの考えが浮かんだ。



「あの」

 カンテラの灯りを追って声をかければ、振り返った彼は不思議そうな顔をしていた。

「旅人か。どうかしたか?」
「君は、サンタローズに対して負い目を感じているのでは」
「……だったらなんだ」

 瞳が鋭く細められた。

「話が聞きたい。―――王子」
「!!!」

 細められた瞳がかっと見開かれて、驚愕を湛えている。思った通りだ、彼こそがラインハットの王さまと、親友の探し人。

「俺はあなたの兄たちに頼まれてあなたを探していたんだ。ここにいるとは思ってもなかったけど」
「兄さんが……。ん、兄たち?」
「うん。君の兄、ヘンリーとデールだよ」
「ヘンリー兄さんが!? 兄さんは、死んだと聞いたが……」
「話せば長いが、ヘンリーはずっと俺と一緒にいた」
「……そうだな、話を聞く必要も、する必要もあるみたいだ」

 彼は先ほどのように、口の端を釣り上げた。案内されたのは戦火を逃れたらしい小さな小屋。ここでは生活しているようだ。椅子に座るとは紅茶を出して、「うまいぜ。」といって小さくほほ笑んだ。

「ありがとう。 ―――ほんとだ、おいしい」
「俺が畑で育てた茶葉なんだ」

 といっても向かいの椅子に座った。

「さて……まず俺は、あんたの話が聞きたい。とりあえず、名前からいいか?」
「俺は。この村で小さいころを過ごした。もっとも、殆ど旅してたから、そこまではいなかったけども」

 父と二人、ずっと旅をしていた。あのころの自分はなぜ父が旅をしていたのかなんて疑問も持たなかった。

「まだ君が赤ん坊のころ俺は父に連れられてラインハットへ行った。そこでヘンリーと会い、遊び相手を務めていたら、俺たちは誘拐された。それから今まで、ずっと奴隷生活を送っていた」
「誘拐されていたなんて……」

 彼はまだ知らないのだろう。自分の母が企てた陰謀によって、兄がさらわれてしまったことを。

「そうしたら今度は君がいなくなってしまったそうじゃないか」
「ああ。母によって、ラインハットから遠い場所へ連れられた。 ――いつからか、母は人が変わってしまった。昔から俺は、王子ではあったが王になれない存在だったから、デール兄さんに比べれば自由に育てられたが”邪魔だ。”といわれるとはね……」

 自嘲気味に微笑を浮かべた王子。

「おそらくその時すでに、君の母は、魔物が成りすました偽りの姿になっていたんだと思う」
「!!! 嘘だろう、まさか、そんな……では母様は?」
「生きているよ。城の地下に閉じ込められていたんだ」
「そんな……魔物め、許せない!!!」

 母は潔白であると信じきっているの顔には怒りが浮かび上がっている。いうべきか、いわざるべきか。しかし彼は遅かれ早かれ真実を知ることになる。それを肉親が言うのは少しつらい話になってしまう。ならばいっそ、今すべてを打ち明けたほうがいいだろう。

「ヘンリーの誘拐を計画したのは……君の母だ。君の母が魔族と手を組んで、計画を実行した」

 淡々と、事実を告げる。

「……え?」

 ショックでその一言しか出てこなかったようだった。そりゃあそうだろう。自分の母が、非道なことをするなんて信じたくないに決まっている。

の兄、デールに王位を継がせるためにしたんだ」
「嘘だ……」
「残念だけど、こんなところで嘘をつくほど俺はひどくない」
「……なんてことだ」

 唇を震わせて、絶望に打ちひしがれているようだった。かける言葉が見つからなくて、代わりには事実を告げ続けた。ひどいことをしている自覚は、ある。

「その魔族が、太后を地下に幽閉し、国の実権を握ったんだ。それで君の存在が疎ましくなったのだろう」
「………なぜだ?」
「さあ……あくまで俺の推測だけど、入れ替わったのを感付かれるのを防ぐためじゃないかな。些細なことで偽物だと気づかれては大変だからね。デールは何も疑わなそうだが、君はいつしか母に疑問を持つときが来ると思ったんじゃないか」
「なる、ほど……」

 再びティーカップに口を付けると、冷め切った紅茶が、自分を冷静にさせる。衝撃の事実をぽんぽんと突きつけて、本当によかったのだろうか。

「……くそ、頭んなかごちゃごちゃだ」

 ティーカップをおいて、は一言「ごめん」と独り言のようにつぶやいた。