しばらくの間、小さな小屋は静寂に包まれていた。 はゼンマイ仕掛けの玩具が、動けなくなってしまったように止まっている。はそんな様子をちらちらと気にしつつも、紅茶を飲んだり窓の外をうかがったりしていた。どれくらいたったのだろうか。この部屋には時を刻むものが一つもないからそれはわからないが、けれど随分と時間がたった後だ。が口を切った。

「だいぶ、整理がついてきた」

 目が少し虚ろだが、本人の言うとおり整理はついたのだろう。

「きっとデール兄さんのほうがもっと辛いか」

 自分が企てたわけではないが、自分のために母がした”間違ったこと。”その過ちの被害者となったヘンリーが生還した。デールにも、太后にも、少なからず罪の意識があるはずだ。そして、にも。

「―――帰ろう、ラインハットへ。デールにも、ヘンリーにも、君が必要だ」
「それは無理だよ」
「どうして?」
「俺はこの村に対して、一生かけて罪を償うつもりなんだ」

 ”話を聞く必要も、する必要もあるみたいだ。”のこの言葉。兄たちが君を探している。そして、太后のことについて。これがの話、つまりにとって聞く必要のある話。
 そしてここからが、彼の話だ。

さんも知っている通り、この村はラインハット王国が壊滅させた」
「――うん」

 ラインハット領であるサンタローズがなぜラインハットによって破壊させられたのか。偽太后の言う世界征服への第一歩だったのか、それともそのデモンストレーションだったのか。真偽はもうわからないが。

「俺はラインハットの王子だ。この村を壊滅させた国の、王子だ」

 だから、死ぬまでここで罪の意識とともに生きるつもりなのだろうか。

「俺には何もできないけど。けれどここで、亡くなった人たちの冥福を祈りながら墓を守り続けるつもりだ」

 そんな生きているか死んでるかわからないような瞳で、か。かつての君の瞳は、きらきらと輝いていたのに。

「それが俺にできる、罪滅ぼしだ」
「君にできることはほかにもあるんじゃないか」

 言い放てば、は不思議そうな顔をする。

「そうかな。俺にはこれが最善だと思う」
「いつまでこんなところでくすぶっているつもりだ?きみには、力があるだろう。この村をよみがえらせる、力が」
「力なんて……」

 両手を見て悩ましげにつぶやいた。差し詰め村を再興するために力仕事をしろといっていると勘違いしたのだろう。腕力のことを言っているわけでないのだが、彼は少し天然なんだろうか。

「あるさ。君はこの村を壊した王国の王子だが、王子には村を蘇らせる権力があるだろう」
「……なるほど」

 その考えはきっと、の中になかったに違いない。呆然とつぶやいたのち、再び沈黙した。

「もう少し考えたい……。一人にしてもらっても、いいかな? 少し行ったところに宿屋があるから、そこに泊まってもらってもいいかな」
「わかった。……おやすみ、王子。つらい話を立て続けにしてしまって悪かったよ」
「いや、ありがとう。何も知らないよりも全然ましだ」

 口角を少し上げて、の小屋を出て行った。昔と同じ場所に宿屋は位置していて、のことはもう忘れてしまったみたいだ。無理もないだろう。父と違って宿屋の主人と会ったことなんてほとんどないし、こちらだって顔を覚えていない。
 記帳して、ゴールドを払って、部屋に案内された。ベッドに腰掛けると、どうしてもラインハットのベッドと比べてしまう。ラインハットのベッドは、誰もいなければ童心に帰って飛び跳ねてしまうくらいふかふかだった。荷物を置いて、シャワーを浴びて、着替えてベッドに寝そべるとすぐに眠気が襲ってきて、その流れに身を任せた。

「おはよう王子」

 翌朝宿屋を出ての小屋までいくと、彼は眠そうな顔で花に水をやっていた。の存在に気付くと、は微笑を浮かべた。

さんおはよう。よく眠れた?」
「おかげさまで。――どう、決心はついた?」

 は頷いて、手に持ったゾウのジョウロを棚に置いた。

「俺……ラインハットに戻るよ。俺にしかできないこと、やろうとおもう」

 にっとまぶしい笑顔を浮かべた。彼の笑顔には昨日までにはなかった、生きる気力が宿っていた。 このまぶしく美しい笑顔を見た途端、の体に微細な電流のようなものが奔った。生きる力を取り戻した人の笑顔はなんと美しいものなのだろう。

「そっか」

 もつられて笑顔になった。

「いこう、君の帰るところへ」