翌日、最終決戦へと向かう一行をルーシアが見送りにやってきてくれた。ルーシアの隣には人懐こそうな黄色いドラゴンがいる。

さんたちはこれからものすごい戦いに行くみたいですね。皆さんは翼がないから飛べないと聞いています。このお城の真下には、このドランを使って行ってください」

 ドランと呼ばれたドラゴンは、任せろと言わんばかりに鳴いた。

「少しの間ですが、あなたたちと旅をできたことを誇りに思います。どうか、ご武運を」

 ルーシアは恭しく一礼をした。

「ルーシアさんのおかげでここまでやってこれました。本当にありがとうございます」

 の言葉にルーシアが笑みを浮かべて頷いた。
 ルーシアと別れて城を出て、デスピサロへと続くとされる雲の穴までやってきた。飛ばされないようにドランの身体に紐をくくりつけて、しっかり捕まると、雲の隙間からドランは滑空した。落下感と、身体の内側が浮くような浮遊感。あっという間にドランに掴まっている手以外は空へと放り出される。耳には風を切る音とドランが翼をはためかせる音と、それから歓声や悲鳴が入り混じって聞こえてくる。誰が歓声で、誰が悲鳴かは目を開けることが怖くてできないので確認できないが、アリーナは歓声を上げて、クリフトは悲鳴を上げているのは確認せずとも瞼に浮かんだ。
 やがて音と風は止み、急に重力を感じた。目を開けて状況を確認すれば、ドランは地表に降り立ったようだった。天空城に上り詰める時間と比べると、スリリングで、ほんの一瞬の出来事のように思えた。紐を外して各々ドランから降りて状況を確認するようにあたりを見渡す。
 眼前では、地下へと続く洞窟が出迎えている。まるでたちを飲み込む怪物が、口を開けて待っているようだった。辺りには人の足で到底立ち入ることができないような険しい山々が、この洞窟を擁するように峰を連ねていた。
 この洞窟の先で闇の世界が広がっていて、そこにデスピサロがいる。ついに最終決戦の時が来た。

「ドラン、ありがとう」

 がドランの喉元を撫で上げれば、ドランは気持ちよさそうに目を閉じ、そして甘えるようにに頭を摺り寄せた。そして導かれ師者たちの顔を見渡すと、あとは任せたと言わんばかりに鳴き声をあげると、大きな翼をはためかせ、天空城へと戻っていった。

「みんな、ちょっとだけ時間いい?」

 の言葉に、導かれし者たちは自然と円になり耳を傾ける。

「俺からひとつだけ」

  言葉を待つように、導かれし者たちはの顔を見た。

「どうかみんな、絶対に死なないで」
「当たり前よ! 必ずデスピサロを倒して、サントハイムのみんなを助け出すんだから」

 アリーナがぐっと拳を握って、愚問だと言わんばかりに力強く応える。

「あたしたちがやられるわけないでしょ?」
「そうですね。占うまでもありません」

 マーニャが扇で優雅に仰ぎ、ミネアは微笑む。

「マスタードラゴン殿から与えられた力、早く試したいですな。このライアン、久々に胸が高鳴ってますぞ」
「旅路ももう終わるのかと思うと、少しさみしい気もしますな」
「なあに、旅が終われど、わしらが旅で培ってきたものがなくなるわけではあるまい」

 ライアンは楽しそうにヒゲをいじり、トルネコはしんみりとしている。ブライがそんなトルネコを励ますように言う。

「そうですね、デスピサロを倒したら、私達は役目を果たしたことになるんですよね。どうか神がお導きくださいますように」
「きっと大丈夫です。世界を救うためにがいて、そのにわたしたちは導かれたのですから」

 クリフトが祈るような動作をして、を安心させるように笑みを浮かべた。
 心強い導かれし者たちの言葉に背中を押されたは、穏やかに笑んだ。

「……そうだね。なんだかしんみりさせてしまってごめんね、行こうか。準備はいい?」

 皆が頷くと、深い闇へと歩き出した。
 洞窟は薄暗いが、内部は神殿のような装飾がなされていて、行く道を示すように燭台に燈った火が両側に一定間隔にあり、一定の光量でそれは光り続けていて、蝋燭の長さや大きさもおおよそ均等だ。蝋燭も、そこに燈る火も普通のものではなさそうだが、正体はよくわからない。ともしびこぞうの仲間だろうか? なんては考えるが、すぐに興味は消え失せて、これから待ち受けるものへ意識が向かう。
 地中の世界へと続く道を深い底まで進み、一際大きな扉を開ければ洞窟の外へと出た。そこには不思議なことに、地上と同じように世界が広がっていた。空は薄暗く、近くにある湖は禍々しい赤色だった。まるで地上の世界を反転したようなこの地下の世界で、地獄の帝王が復讐の時を待っている。険しく尖った岩山の奥ではデスピサロの心内を表すかのような禍々しく燃え上がる赤や、黒や、蒼の炎が広がっている。見たことも聞いたこともない混沌とした空間だった。
 たちが出てきた扉は塔のような作りをしている建物で、あたりを見渡せば、岩肌の目立つ険しい山々がこの島を囲っている。見える限り、中央には結界のようなものが張られていて、外部からの立ち入りを拒んでいる。そしてそれを囲うように四方に祠のようなものがあった。ひとまずは、一番怪しげな中央の結界の張り巡らされているところへと向かうも、やはり誰も立ち入ることができなかった。結界の中には城が構えられていて、いかにもデスピサロの根城のようだった。

「それにしても、地底にこんな世界が広がっていたなんて……」

 の隣で暗い空を見上げているのは、この間、自分のことを地底人だと自嘲した地底人クリフトだ。

「クリフトは確か地底人でしたよね。だったらあの結界を破る方法はご存知ですか」

 おそらくあの結界の中にデスピサロがいるはず。の軽口は、勿論クリフトにしか聞こえないくらいの声量だ。

「あれは言葉の綾です! しかしそうですね、結界を破るにはやはり、結界を張っている術者を倒す必要がありますね」
「と、なると、怪しいのは結界を囲うようにある、祠ですね」

 クリフトとはどちらともなく祠に目を遣る。

「あたしもそう思う。あの祠から強い敵の気配を感じるもの」
「私もアリーナ殿と同意見ですな」

 アリーナの意見に、ライアンも同意する。武芸を極めると、遠くからでも禍々しい気のようなものを感じるらしい。
 は頷いた。

「よし、祠を調べに行こう」

 祠へと向かう途中も魔物が襲ってきたが、マスタードラゴンから授けられた力のおかげか、身のこなしが今まで以上に軽やかで、戦う動きがしなやかだった。言うなれば、修練度があがったような感覚だ。この槍を使って10年修行したくらい身体が完成されている。
 1つ目の祠にたどり着くと、やはり魔物――アンドレアル――が待ち構えていた。次の祠はヘルバトラー、ギガデーモンと倒し、そして最後の祠へやってきて、待ち構えていたエビルプリーストと対峙した。

「ほほう……? とうとうここまで来よったか。しかし今では遅すぎたようだな。 デスピサロは進化の秘法を使い究極の進化をとげやがて異型の者となり目覚めるだろう。 変わり果てたやつの心にはもはや人間に対する憎しみしか残っておらぬはず。 そしてデスピサロは二度と魔族の王に君臨することなく、みずから朽ち果てるのだ!! 」

 が天空のつるぎを鞘から抜き取る。

「させないために俺たちがいるんだ」
「冥土の土産にお前たちにも教えてやろう!  人間どもを利用しロザリーをさらわせ、殺すように仕向けたはこの私! このエビルプリースト様なのだ!」

 高笑いをするエビルプリーストから発されたのは衝撃的な言葉だった。ロザリーは、デスピサロの部下であるエビルプリーストによって殺されたのだ。そのことを知らず、デスピサロは人間への憎悪だけを心に燃やし、究極進化を遂げようとしているのか。そして憎しみだけを残して、人間を殺戮する。そしてエビルプリーストは魔族の頂点に君臨する、というシナリオか。
 思わぬ黒幕の登場に、は眼光を鋭くして、己に酔いしれて、もはや勝利を確信して疑わないエビルプリーストを見やる。

「お前がロザリーさんを……ふざけるな!」
「こい勇者」

 最愛の人を部下の裏切りで失い、そのことを知らずに失意のまま異形のものへと成り果てる。たちは、世界を守るためにデスピサロを倒さねばならない。しかし、これではあまりにピサロが報われないではないか。
 敵ではあるが、大事な人を思う気持ちは一緒だ。がもし、殺されるようなことがあったら……考えただけ肝が冷える。エビルプリーストの所業は許しがたいものだ。亡くなってしまったものはもう戻らないけれど、それでもこの魔物を生かしておくわけにはいかない。

「お前だけは許さない!」

 が駆け出したの皮切りに、戦いが始まった。エビルプリーストは攻撃魔法を得意としていて、魔法を得意とするものだけあって、魔法は効きづらかった。近接戦を得意とする者たちで一気に攻め入る。そしてついに、が止めを刺す。

「ぐうっっ……この私が……負けるとは……」

 エビルプリーストを倒し、祠を出る。これですべての祠の封印が解かれて、城を守っていた禍々しい結界が消えた。
 城まで向かいながら、アリーナがポツリと言う。

「例えデスピサロにこの事実を言ったところで、ロザリーさんが殺されてしまったことは変わらないものね……」
「そうだね……」

 も遠く聳える城を見つめながら、同意する。これから倒すデスピサロは、あの城で失意のまま異形のものへとなっているのだろうか。それから誰も言葉を発さなかった。

「ついにきたね」

 城は目と鼻の先というところまでやってきて、は言った。は奥にある巨大な威圧感を放つそれを見据えて、今まで自分達が歩んできた旅路を静かに思い出す。
 辛かったこともあった、泣きたくなることもあった、くじけそうになることもあった。でもそれ以上に楽しいことがたくさんあった。それもこれも、すべて導かれし者として集った仲間達のおかげであることをは強く感じる。
 思えば様々なことを知った旅でもあった。最初はアリーナのお供として旅について行き、エンドールの武術大会でデスピサロと言う強大な存在を知り、ミネアに出会い、自分が導かれし者だと言う事を知り、世界を救う使命を知り、に出会い、愛を知り、生まれて初めて将来を共にしたいと思った。
 そのと、そして仲間達と歩んできたこの旅路を、今では遠い昔の事に感じる。まだ旅路の途中なのに、もうこの旅も終わりを迎えるからか、懐かしい気持ちでいっぱいだった。
 隣にいるをそっと見上げれば、彼は優しい顔でこちらを見ていた。どちらともなく手をつなぎ、互いの存在を確かめるようにぎゅっと握り締めた。

(大丈夫、わたし達なら勝てます)

 このぬくもりが消えないように。

(大丈夫、世界は救えます)

 世界の人々が安心して笑えるように、そしてサントハイムの人々が無事に戻ってくるように。

(大丈夫、わたし達は約束を果たせます)

 最終決戦前夜、交わした約束を思い返して、そっと目をつぶる。

『デスピサロを倒して世界に平和を取り戻したら、どうかおれと結婚してほしい』

 ―――自分は自分にできることを死ぬ気でやるだけだ―――


「さあ、行こう」

 の言葉を皮切りに、導かれし者たちは歩き出した。旅路の最終地点であるデスピサロのもとへ。



深淵の棲む場所へ