エスタークが何か気配を感じたのか、閉ざされていた瞳がゆっくりと開かれた。その瞳にじっと見据えられて、はひやっとする。この圧倒的な力を目の前にして、ひやりとしない人などいないはず。けれども少しでも物怖じすれば、背後に控えているのは“死”だ。

「エスタークはまだ完全に目覚めてはいない……! いくなら今だ。行こう、みんな!!」

 の言葉で、導かれし者たちは戦闘に入る。補助魔法をクリフト、ミネアがかけて、ブライはルカニをかけてエスタークの防御力を下げる。
 そして各々の戦い方でエスタークを倒しにかかる。けれどエスタークの大きな体は少し身をひねるだけで数メートルは吹き飛ばす威力があり、両手に携えた剣で斬りかかられたら、いくらスカラの状態で鎧を付けていても、一堪りもないだろう。
 エスタークが咆哮を上げて剣を振りかざし、そしてトルネコに向かって振り下ろした。恐怖に対面し、硬直してしまったトルネコをは間一髪で突き飛ばし、その攻撃から逃れた。

「ありがとう、。すまない! ああ、死ぬかと思った」
「いいえ! 気を引き締めていきましょう!!」

 この戦いにおいて思考が停止することはつまり死を意味する。絶対に思考を止めないようにしなければ。



蘇る地獄の帝王



 目覚めたばかりだからか、ラリホーがエスタークに効果を奏した。エスタークが眠りに就いている間に攻撃を続ける。
 それでもずっと眠っているわけもなく、エスタークは目を覚ましては巨体を大きく動かし、その大きな剣を振り下ろす。それだけで風圧に導かれし者たちは吹き飛ばされる。それをかわしながら少しずつ体力を削っていく。
 がエスタークの懐めがけて剣劇を振るったところに、エスタークの鋭く大きな剣が襲い掛かる。危ない! なんて声は出なかった。声にならない悲鳴がの喉元で大暴れし、縋るように手を伸ばすが当然届かない。一瞬で嫌な想像が広がっていく。しかし間一髪が身をかわし、斬撃をかわした。心臓がバクバクと煩い。

(よかった……、どうか無理はしないで……! 死なないでください……!)

 涙が滲みながらも、はエスタークへ怒りの気持ちをぶつけるべく、紅蓮の灼熱、メラミを唱えた。

(絶対に守る、絶対に死なせない……!)



 エスタークはその巨体から放たれるものは力だけではなく、指から放たれる、いてつく波動。少しでも触れたら凍り付くであろう、こごえる吹雪。まさに、これまで倒してきた魔物とは段違いの強さであった。
 それでも皆、長い旅路を無為に過ごしたわけではない。培ってきた力を存分に発揮し、そしてついに、がエスタークに止めを刺した。エスタークが完全に目覚めていたらもしかしたら倒せなかったかもしれない。けれども確かにエスタークを倒した。これは事実だ。
 エスタークの身体からはみるみる生気が失われ、最期には枯れ木のような姿になった。

「な、なんということだ……! エスターク帝王が、倒されてしまうとは!!!」

 振り返れば、酷く狼狽した様子のデスピサロがエスタークを見ている。どうやらデスピサロがやってくる前に倒すことが出来たようだった。彼が加勢していたらまた状況は変わっていただろう。

「しかし予言では帝王を倒せるものは天空の血を引く勇者のみ……まさか、お前たちは?」

 そう、“勇者”は倒されたはずだった、デスピサロの手によって。の脳裏には、桃色の髪のエルフの少女が浮かんでいた。
 デスピサロがたちを信じられない、と言った様子で見る中、息も絶え絶えに配下の魔物がデスピサロのもとに駆け付けた。

「デスピサロ様! ロザリー様が、人間の手に……!」
「なに!? くっ……引き上げるぞ!」

 一瞬迷ったようだが、後ろ髪をひかれつつ、デスピサロはこの場から立ち去った。

「勝った……」

 デスピサロが立ち去ったのを見て、トルネコがぽつり呟く。

「地獄の帝王の復活を、見事阻止しましたな! 殿!」

 ブライが嬉しそうに言う。

「これで地獄の帝王の復活、という最悪なシナは逃れられた。あとはデスピサロだけ。その野望を打ち砕かなければ、世界を救えたことにはならない……」

 は苦々しくそう言った。きっとデスピサロはもう、が勇者であることに気づいているのだろう。そうなれば、デスピサロとしてもこの導かれし者たちを放っておくわけにもいかないだろう。近い将来、デスピサロとの戦いは避けられないだろう。

「ひとまず、疲れたわ。一旦戻りましょう」

 ぐぐっと伸びながら言ったアリーナの言葉に一行は頷き合い、アッテムトの炭鉱を後にした。

「本当に、お疲れさまでした」

 炭鉱を出て新鮮な空気が肺を満たす。身体はくたくたに疲れているが、それでも真新しい空気は少しだけ身を軽くする。疲れた様子の導かれし者たちの後姿を見ながら、後方を歩いていたが声をかけた。彼もまた、顔に疲労が滲んでいる。はいつもように穏やかな微笑みを浮かべて、頷いた。

「ありがとう、こそお疲れ様。怪我がなくて本当によかったよ」
こそ……危険な場面がありました」
「うん、正直危なかった。けど、そのあとすぐ加勢してくれたね。ありがとう」
「当たり前です、本当に怖かったです……が、いなくなってしまうかと思って……」

 あの時のことを思い出して、段々と視線が俯いていく。大切な人が目の前でいなくなってしまうなんて、味わいたくない。

を置いて、いなくなったりしないよ」

 俯いていた頭にの手がぽん、と置かれてそのまま優しく摩ってくれる。その掌の温かさとやさしさに、じわりと涙が浮かび、そして涙の粒はぽろりと地表へと落ちていった。

……?」
「約束、ですからね」

 立ち止まり、涙が溢れて止まらないままを見る。彼も同じように立ち止まり、頭に載せていた手を除けて、の顔を見ると目を見開いた。

「ごめん、泣かせるつもりじゃなかったんだ」
「約束です!」
「う、うん分かったよ、約束だ。ごめんね」
「わかれば、いいのです……」

 先ほどまで頭を撫でていた手での目に溢れている涙をすくい上げた。

「とても不謹慎なこと言っていい?」
「は、い?」
「泣いてる顔もとても可愛い」
「!!! な、なにを!」
「だって可愛い」

 慈しむように目を細める。ドキドキと心臓が忙しなく収縮を繰り返すことにより血液を送り出し、その血液が段々と顔に集まるのを感じ、それを見られないように涙を拭きながらは顔を隠す。今日は心配したり、ドキドキしたり、感情の起伏が激しい。

「さ、帰ろう」

 今度は再び頭をぽんぽんと撫で、は歩き出した。