夜にの部屋で会う約束をしていた。
たまには二人っきりでいたいな、というのかわいらしいお願いから、こういう経緯になった。
寝間着姿のの部屋のドアをノックした時は、既にも寝間着姿で、そわそわとを待っていた。
にやっと嬉しそうに笑みをこぼして、まるでご主人のもとへかけていく子犬のようにドアにかけ、扉をあけた。

「遅くなりました、、お待たせです。」

少し申し訳なさそうに言ったの姿には眩暈のようなものを感じる。
かわいい、かわいかった。好きな人の寝間着姿の申し訳なさそうな顔というのは、こんなにも魅力的だとは。

?」

返事がなくて今度は不安そうな顔になるははっと我に返り、ぶんぶんと頭を横に振って
「全然まってない。」とほほ笑んだ。

「さあ上がって。」
「ありがとうございます。おじゃましまーす。」

律儀に頭を下げては部屋の中に入った。

「座って座って。」

先にがベッドに座って、ぽんぽんと隣をたたいた。
場所が場所だけにやはりいろいろなことを意識してしまうが、邪念よ立ち去れ!と、理性が頑張ってくれているので
たぶん大丈夫だろう。

「へへへ。お隣、座ります。」

隣に座ったは照れたように笑っていて、はにかみ笑顔がなんともいえなかった。
ああが好きだ、と改めて思う。
だが、を好きだと思うと同時に浮かぶのはやはり村のみんなのこと。

(……まるで病気みたいだな。)

ふと、自嘲気味な表情になる。
それにも気づいて、また胸が切なくなった。



遠くへ行ってしまう前に




(最近、よく見ますね……。)

すべて話してくれればいいのに、すべて打ち明けて、一緒に答えを探せたらいいのに。
また少し、を遠くに感じた。

(こういうことが積もっていって、最後には追いかけても追いつかないほど遠くに行ってしまうのでしょうか。)

そんなことを考えていたら涙が出そうになる。
だめだ、涙よ出るな、と思ったところで意思に反して涙はまたたきとともに静かに零れ落ちていく。

「!??」

あまりに突然の出来事に素っ頓狂な声を出すが、あわてて自分の口をふさいだ。
騒ぎ立ててもいけない。

「どうしたの、。」

小さな声での問いかける。
はごしごしとだいぶ強い力で目をこすって、無理に笑顔を作って見せた。

「なんでもないです。なんでもないんです。」
「嘘だ。」
「ほんとうですよ。」
「なんでもないのに、涙なんか流れないよ。」

するとは笑顔を引っ込めて、ひどく感傷的な顔になる。

「だ………って。」
「うん。」
「だって、が、遠くへ行ってしまう気がして……。」
「俺はどこへもいかないよ。」
「いいえ。」

がかぶりを振った。

「さっき、はまた遠くへ行ってしまいました。」
「いってないよ。」
「いいえ。だって、さっきは、またあの顔をしました。いつかなんて、待ってられません。」

いつか何を考えていたのか、教えてほしいと思っていた。
けれどそれを待っていたらいつか手遅れになってしまう気がした。

「わたし、が考えていることを知りたい。が悩んでるのなら分かちあって一緒に道を探したい。
 そうやってと一緒に生きていきたいんです……!」
……。」

は気づいている。が幸せの反対で何かを感じていることを。
けれど言っていいものか悩む。言ったって答えに困るようなことだし、自身の問題だ。
と、そこまで考えてはっとする。

自分は悩みを分かち合おうと思っていなかった。
の悩みは分かち合いたいと思っていたが、自分の悩みはそうしようと思わなかった。

「……ごめん、。」

不安になるのは無理ない。
意図せずに自分はに対して壁を作っていたのだから。

「俺が間違ってたよ。」

を強く抱き寄せた。

「ごめんね。」
「い、いえ、そんな……うっ……うう……」

の身体が小刻みに揺れる。見えないが泣いているのだろう。
何も言わずに背中をゆっくりとさする。
落ち着いてきたころに口火を切った。

「俺ね、のことを好きって思うたびに、幸せを感じるたびに、俺のために死んでいった村の人たちを思い出してた。
 最期に見せたシンシアの笑顔が出てくるんだ。それを見ると俺、幸せになる資格なんかないんじゃないかって……。
 だって俺は―――」
、その先は言ってはいけません。」

から離れ、真っ直ぐとを見つめた。

「幸せになる資格のない人なんていませんよ。誰にだって資格はあります。それとも、が幸せになることを
 シンシアさんが望んでないとでも?きっとそんな人ではないはずです。村の人だってそうです。」

祈るように言葉を紡いでいく。

「犠牲の上に成り立つ幸せ、なんて考えないでください。死んでしまった人は、みんな自分の分までに幸せになって
 もらいたいって思ってるはずです。だから……だから、」

いい言葉が見つからず言いよどんでしまう。

「……ありがとう。そんな風に言ってもらえると思わなかった。そうだね、俺、幸せになっていいんだね。」

いつも心のどこかで自分を幸せから遠ざけてしまっていた。
幸せを遠ざけるということはつまり、から遠ざかっていってしまっているというのに。
目の前のがかつてのシンシアと重なる。やさしいほほ笑み。
の言っている通りだ、とまるでシンシアが言っているようではなんともいえない安心感に包まれた。