「なんだか素敵なお店ですね。お店の窓から水面が見えます。きれいです……」

きらきらと太陽の光を受けて楽しそうに揺らめく水面に吸い込まれるようにの視線は窓から見える景色に
釘づけだった。そんな横顔がなんだかきれいで、は返事をするのも忘れてその横顔に夢中になる。

「……何見てるんですか、恥ずかしいですよ」
「あ、いや、なんでもない。」

曖昧に笑うと、そうですか、といっては微笑む。
やがて運ばれてきた飲み物と、いただきます、といっていただきはじめた。

「わあーおいしいです。」
「うん、二人でまったりと飲み物を飲むなんて初めてだね。」
「確かに。」

言われて、またあの日の夜のことを思い出す。自分を好きだと告げてくれた
胸がぎゅっと縮こまる。

「旅はどう、なにかつらいことはない?」
「とくにありませんよ。どうしたんですか急に。」
「いいや、特に何もないけどさ、まあつらいことがないならよかった。
 はつらいことをため込んでいそうだからつらいことがあったらちゃんと言ってね。俺が全部聞くから。」
「ありがとうございます。」

確かにはつらいことをつらいと言えない性分であった。たまに堪え切れなくてクリフトにこぼすことは
あるが、基本的に言わなかった。それを見抜かれて少し動揺するが、感心もした。この人はよく見ている。

も、いってくださいね。わたしにできることは何もないかもしれませんが、聞くことはできますから。」
「うん。ありがとうね。」

も自分と同じでつらいことを人に打ち明けられない性質であるとは思った。
自分がそうであるだけに、なんとなくわかる。

「はじめて会った日、俺の心の奥底にあった闇を、包みこんでくれたね。」

世界を救う意味が、生きる意味がわからないとふさぎこんでいたが、決してそれを人に告げることなく
旅してきた孤独な勇者の悲しそうな笑顔が脳裏によみがえる。

『すごい悲しそうな笑顔をしますね。』
『そう、かな?』

最近ではあの笑顔も見なくなった。

「そんな、包みこんだなんて。ただ、頼ってくださいと言っただけですよ。」
「一度ね、ミネアにも言われたことがあったんだ。」

まだやアリーナたちと出会う前のこと。ミネアとマーニャと三人で旅していた時のことだった。

「『なんでも話してください。力になれるかもしれませんから。』って。でもそのとき俺は、ありがとう。っていって終わった。
 三人で旅をしてから少したったころだった。でも、には会ったその日にすべてをはきだした。自分でも驚いた。」
「そうだったんですか……。」
「なんでだかわからないけど、でも情けない姿まで見せてしまったね。の真摯な顔を見てたら、ぜんぶ出てきちゃった。」

あのときすでに俺はに心を持っていかれていたのだろうか、と今更ながら考える。
でもそれもありえなくもない。

「それってすごい、うれしいです。」

彼の心の氷を融かすことができた。自分のいいように言いかえれば、自分が特別に。
それがなんだか、すごくうれしかった。



希望をのせて



「これがパノンさん。」

姉妹がつれてきたパノンは、どうやらモンバーバラにいたようだった。
パノンは一礼をして、人懐こそうな笑顔を浮かべてよろしくお願いします、といった。
この人がとんでもなく面白い芸人。どんなものを秘めているのだろうか、楽しみだ。

「さっそく行こうか。」

一同は再びスタンシアラ城へ向かった。
船に乗り、城内へと入り込み、階段を上り王座へ。すでに何人も王様を笑わせようとして順番を待っていた。
最後尾に並び、順番を待っていると、一人、また一人、がっかりした顔で階段を下りていく。

「頼みますよ、パノンさん。」

ミネアがまじめな表情で頼むと、パノンは「任せてください。」とまた人のよさそうな笑顔を浮かべた。
順番が回ってきて、二度目の挑戦。相変わらず景気の悪そうな無表情で王様が王座で待っている。
パノンが王様の目の前に出て、導かれし者たちはその後ろで一列になって彼の後姿を見守る。

「よくぞきた。名はなんと申す。」
「パノンと申します。しがない芸人です。」
「ほほうパノン、さあ、わしを笑わせてもらおうか。」

パノンはしばし黙り込んだ。妙な緊張感がこの空間に漂う。

「どうした?」
「おことばですが王様。私には王様を笑わせることなどできません。」
「……?」
「ですが、私を連れてきたこの人たちならきっと笑わせることができるはず。」

まさかの無茶振りか、と一同の心臓がドキリとした。
と同時に、大敗を喫したあの時が蘇る。くすりとも笑わなかったあのときの空気。できればもう二度と味わいたくはない。

「どうか、このものたちに天空の兜をお与えください。
 この方々は世界を救い、人々が心から笑える日を取り戻してくれるでしょう。」
「ううむ……パノンとやら。よくぞわしの心を見抜いた。わしがこのお触れを出したのもこの国を明るくするが為。」

世界はいま、危機に面しているというのは誰もが薄々気づいている。

「お触れを出し、芸人たちを呼ぶことで少しでもこの国を明るくしようと思ったのだが……希望を失った人々の明るさを
 取り戻すことはできぬ。あいわかった。その希望、そなたたちに託そう。しばし待たれよ。」

少しすると王様の使用人に宝物庫から天空の兜を持ってきた。
とても重そうで、使用人は必死な顔で王様の前に天空の兜を置いた。は王様の前にやってきて、跪いた。

「旅人よ、名はなんと申す。」
です。」
「そうか。よ、人々が笑いあえる日を心から待っておるぞ。
 その日が訪れるまでわしは、今しばらくお触れを出し続けることにしよう。」

そういって王様は小さく微笑んだ。