「くりふとぉー……」 「なんだですか。ノックくらいしたらどうです」 「ノック……そうでしたね。ではテイク2」 「テイク2は結構です。で、どうかしましたか?」 「結構でしたか。ちょっとお尋ねしたいことがありまして」 ベッドに座って読書中であったクリフトは本にしおりを閉じ込んで、どうぞ、と備えてあるいすをすすめた。はそれに応じ、いすに座ると本題にはいる。 「実はですね……クリフトって、誰かを好きになったことがありますか?」 「………えっ」 まさかそんなことを聞かれると思わなかったのだろう。クリフトは目を丸くした。 「アリーナさまのことですか?」 「アリーナさまでも、他の女性でも。クリフトの恋愛をお聞かせください」 は研究の一環として尋ねているのだが、クリフトからしてみればただの恋の話。恥ずかしくて語れない。まして幼馴染。いまさらこんな会話をするのには抵抗があった。 「言いません」 「ということはあるんですか? 誰かを好きになったこと」 のまるい瞳にじっと見られて、言葉に詰まる。確かに、自分の発言は、誰かを好きになったことのある人の発言であった。しかしクリフトは実は誰かを好きになったことはなかった。アリーナへの気持ちは、異性としての好きよりも高尚な、人として敬愛しているといったようなものであった。 第一、女性とかかわる機会もないため、愛だ恋だと騒ぐこともなく、こんにちまでとアリーナとゆるゆると過ごしてきた。神学校の友人などには、クリフトとは付き合っていると勘違いしている者が多く、「クリフトにはちゃんがいるもんな」と言われたりしていて、最初は躍起になって反論していたが、段々とそれも面倒くさくなり、「そうですね」と適当にあしらっていた。 因みにそれはも同じで、騎士団のメンバーに散々冷やかされ、最初は否定していたが、最終的には笑って流すと言う、クリフトと同じ道を辿っていた。それゆえ、サントハイムではクリフトとの関係はもはや黙認状態で、進んで彼らの間に割り込もうとする人もいなかったのだった。だから彼らだけ切り取られたかのように、恋愛とはあまり関係のない世界を歩んできたのだった。 「……今ゆっくり過去を振り返りましたが、ないですよ」 「うそつき。ほんとうは?」 「何を言いますか、神官たるもの恋心などと言う浮ついた気持ちは抱かないものです」 「ふうん、クリフトって神官だったんですね」 「どっからどうみても神官でしょう」 クリフトからは有力な言葉が得られなかった。なんとなくそうだろうとは予想していたが。 「突然どうしたんですか? が恋の話をするなんて……まさか好きな人でも?」 「ちっ、ちがいます! ただ、恋とか、そういったものを経験せずにきたものですから……少し、好きという気持ちが気になりまして」 思えばこんな自分のことをはなぜ好きになったのだろう。それから何をもって好きだと気付いたのだろうか。こんな魅力のない女の子よりも、アリーナのほうがよっぽどいいに決まっている。二人でしゃべっている姿はとても とても……… 「焦らずとも、いずれ誰かを好きになりますよ。とても、自然に、ああ、好きなんだと気づく瞬間がやってきます」 「ほかの女性としゃべっていて、なんとなくもやもやとなってしまって、ですか」 ミネアがいっていた。その件なら、思い当たる点が一つある。 「そんなかんじです。それを嫉妬と言うそうです」 「……ありがとうございます。そろそろ帰ります。おじゃましました」 いすから立ち上がってすたすたとクリフトの部屋を出た。の出て行った扉を見つめていると、クリフトの頭の中でぐるぐるといろいろな考えが廻った。 (恋を、したのでしょうか。消去法でいけばさんですよね) 恋の相談を持ちかけてくる時点で自分ではない。トルネコは妻子持ちだし、ブライに至っては年が離れすぎている。年の差をどうこういうつもりはないが、さすがにブライはないだろう。ライアンは、なんというか、少し恋愛対象とは外れている気がする。(男の自分が言うのもなんであるが) そうなれば必然的にになる。ただでさえとは仲がいい。それに彼の顔は整っている。が好きになるのも無理ない。 そうか、もとうとう恋をしたのか。 それはなんとなくさみしい気持ちになる。彼女は小さいころのままではない。恋だってするし、いずれは結婚だってする。 いつまでも一緒の道を歩いて行けないんだ。そんなことはわかっていたけれど、いざそのときがくるとどうしてもさみしくなってしまう。どちらが先に”大人”になるのか怖くも感じたが、とうとうそのときはきてしまったようだ。先に“大人”になったのはのほうだった。 船の旅は滞りなく終り、無事にスタンシアラにたどり着いた。水の都スタンシアラはサントハイムを北上したところにある水と共にある島国で、入り組んだ複雑な地形を進んで町へたどり着いた。 町は水の都の名にふさわしく、水上に家が建っていて、つながっていないところは船で移動するという面白い場所であった。港に船をつけて降りると、一人の男がいそいそとこちらへ向かってきた。 「やあやあ、遠路はるばるご苦労さん。お前さんたちもあのお触れに挑戦しに来たんだろ?」 「あのお触れ……? なんのことだろうか。」 話しかけられたライアンが問い返す。 「おっと違ったのか。あのな、王様を大笑いさせたものにはどんな褒美もさしあげるってんだ」 「ほう……私たちは天空の武器について聞きたくてやってきたのだ。どなたか詳しい人を存じていないか」 「そうさなあ……城にいる学者さんたちが詳しいんじゃないか。スタンシアラには天空にまつわる言い伝えがいっぱい残ってる」 「では城へ案内してくれないか」 「そうこなくっちゃ! 城へは船でしかいけないんだ、きなよ。俺が案内する」 どうやら船の呼び込みだったらしい。一同は船に乗り込むと、スタンシアラ城へゆらゆらと動きだした。船は対面式につくられていて、決して大きくはないのだが、窮屈に感じるほどの狭さではなかった。 「しかし、このご時勢に大笑いさせたものに褒美を、なんて、のんきな国ねぇ」 マーニャが呆れたように言う。褐色の美女と穏やかな水の都の風景はなんだかミスマッチだと、マーニャの目の前に座るは勝手に評価した。彼女にはやはり酒場やカジノなどの華やかな世界がお似合いだ。 「こんなご時勢だからこそ、なんじゃないか」 隣に座っているが景色に目をやりながら答える。 「確かに、何もかも忘れて笑いたいと思う気持ちもわかりますな。さん、私ちょっと挑戦したいんですが……」 「トルネコさんが!?」 への言葉だったのにが大声で反応してしまった。ぎょっとしたトルネコと。 「と、いうと」 「だ、だってトルネコさんって……おやじギャグばっかじゃないですか」 「おっ、おやじギャグですと!?」 「ふふ…………ひどいこというなぁ」 笑いをかみしめている。笑うということは、肯定するようなものだ。 「でもどうせなら挑戦してみたくない? 何事も挑戦よ! ねえ、やりましょうよ」 「アリーナはなんか自信のある持ちネタがあるの?」 「もちろん、ないわ。だから今日一日天空の言い伝えを聞きこんで、夜にネタを考えて、明日王様に順番に披露するの」 「姫様。順番にってまさか……わしたちもやれと?」 「あたりまえじゃない。みんなでやるの。弾数は多いほうが良いわ」 ということはわたしもか……どうしよう、ユーモアのかけらもないのに。アリーナの隣でがひそかに悩んだ。 「ちょっとまってください、私そういうの苦手で……」 ミネアがおずおずと告白すると、続けざまにクリフトもももブライも告白する。 「なによみんな、だらしないわね。じゃあこうしましょ。じゃんけんで勝った人四人が挑戦!」 とアリーナが提案したところで船が城の中へ入った。「わあすごーい!」とアリーナが歓声を上げる。船で城の中に入るなんて初めての体験だからも気持ちが高ぶった。船着き場にたどり着いて、下船した。 が男に駄賃を払っている間にクリフトが天空の言い伝えに詳しい人のいるところを衛兵に尋ねると、案内してくれるとのことで、お言葉に甘えて案内してもらった。 城の研究室らしい部屋の前にやってきて、衛兵は「この部屋にいる学者が詳しいぞ」というと持ち場へと戻って行った。が扉を開けると、無数の本が本棚におさまっていて、そこに数人の人がいた。本を手にとって内容を確認している人、机に向かって本を読んでいる人、何かを熱心に書いている人、など静かな研究室でそれぞれの空間を作り上げていた。 たちはそれぞれに天空の言い伝えについて尋ねると、大変有力な情報を得ることができた。 天空にはお城があって、そこには竜が住んでいる。 そこへいくには天空の武器防具をすべて集めるしかない。 天空の鎧、天空の兜、天空の盾、そして天空の剣、すべてを得たものは天空へ上れる。 盾はライアンの故郷であるバドランドに、そしてスタンシアラに伝わってきたのは、兜だけなのだという。 「お父様の言っていたことと照らし合わせれば、その竜に会えば地獄の帝王を封じ込めてくれるかもしれないってことよね」 スタンシアラ城を後にして宿屋へやってきて、荷物を置くと再びロビーにて集まった。その場でアリーナが、これまでの話を総括した。 「そうだね。天空の兜か……伝説の防具をこんな見ず知らずの旅の連中に渡してくれるかな」 「確かに、さんを勇者なんだと証明することは難しいですから……。どうしましょう」 「王様を笑わせればいいのよ」 アリーナがさも当然かのように言った。先ほど途中になってしまった、代表者が王様を笑わせると言う話が頭をよぎる。 「なんでもくれるっていってたわ」 「そ、そうだけど……誰かいる? 王様の大爆笑必至のネタを持ってる人」 が尋ねると、一同は目も合わせようとせず、しーんと静まりかえった。 「でも、やってみないとわからないじゃない。そうよねクリフト!?」 「そ……そうです、ね?」 「もそう思うわよね」 「うーん、確かに?」 アリーナの言にはNOと言えない二人が、首をゆっくりと縦に振る。 「二人もこう言ってることだし、みんな、頑張ってみましょう!」 「まったく……丸めこむのがうまいな、アリーナは」 いささか強引であるが、皆を説得することに成功したアリーナはウインクをして「まあね」と微笑んだ。 水の都スタンシアラ |