結局夕空に城は見当たらず、引き返した。アリーナは本当に残念そうで、明日はずっと空を見ているわ!
と意気込んでいたが、恐らく明日には忘れているだろう。
スタンシアラへは朝一に出立しようということになり、今夜は昼間の戦いの疲れを癒すことになった。

サントハイムのすぐ近くにあるサランなので、はまさかサランに泊まることになるとは思わなかった。
それにしてもサントハイムの近くにいると思うとなんだかそわそわして眠りにつけない。
布団に入って結構経つが、一向に眠気は襲ってこなかった。仕方ないので散歩にでもいこうと考えて、
どうせならサントハイムまでいってみようかな、という考えが起こり、口角を上げた。

さすがに槍をもって行くには仰々しすぎる気がするので、槍はおいていく。魔物だって眠っているだろう。
鎧も着用をせずに、夜道を歩くには少々危険な気がする格好でサントハイムまで行くことにした。

そろそろと宿屋を抜け出してからは足取りが軽く、思わず鼻歌を唄ってしまうほどだった。
サントハイム城にいけるのと、夜中に一人で出歩くのがはじめての体験だけにやたらと浮ついてしまう。
一応用心しながらサントハイムまでの道を行くが、やはり魔物たちは殆どが寝ていて、スライムが寄り添って寝ていたり
してなんだか可愛かった。それから、恐らくバルザックが倒されたときに逃げ遅れたのであろうミニデーモンにナンパを
されたが、丁重にお断りしておいた。

サントハイム城の城門が見えてきたとき、城門前に誰かがいるのに気付いた。
近づくにつれてそれがサントハイム城の姫であるアリーナのように見えてくる。それは段々確信を帯び、
おそるおそる「アリーナさま?」と声をかけると、こちらを振り返り、「?」と確かめるように名前を呼ぶ。
やはりアリーナだった。

「こんな夜中にどうしたのよ?」
「アリーナさまこそ、こんな夜中に危ないですよ。わたしは、サントハイム城を見たくなりまして。」
「あたしも一緒よ。暫く見納めだからね。」

二人は並んでサントハイム城を見上げた。夜で、しかも明かりの一つもついていない城はなんだか自分の知っている
サントハイム城とはまるで違ってみえた。

「あたし、誓うわ。」

アリーナがサントハイム城を見据えてぽつり、言った。

「絶対に、お父様たちを取り返す。この世界に平和を取り戻す。」

最初はただの力試しだった。外を知りたかったお姫さまが外の世界を楽しみ、そして自分の力がどこまで通用するのかを
確かめるための旅だった。それが世界の視察に変わり、そして地獄の帝王の復活を阻止する旅となった。
それはおてんば姫をこんなにも変えた。
彼女はかつて、こんなに大人びた表情で誓いを立てただろうか。
はじめて見たアリーナの横顔に、は何も言葉が出てこなくてただただ見つめていた。

「さ、そろそろ帰るわ。明日は空をずっと見てるんだから。」
「わたしも帰ります。アリーナさまを護衛させていただきます。」
「護衛なんていらないわよ」
「いえ!もしなにかありましたらわたしは、死んでも死にきれません!」
「大げさね。」
「大げさなんかじゃありません!切腹します!」

日々は少しずつ何かを変えていく。やがては自分も、変わっていくのだろうか。
あるいはもう変わっているのだろうか。




『好き』




「また船路か……」

ブライが暗い顔をして船へ乗り込んだ。は結構船旅も悪くない、と思っているので何の不満もなかった。
ゆらゆらゆれる心地はなんだか楽しいし、海は素敵で眺めが綺麗だ。

「船酔いの薬を飲んでおかないと……。」

船室へ行く途中クリフトがカプセルの薬を飲み込んだ。クリフトは泳ぎだけでなく船も駄目、と心の中のクリフトメモに書き足す。
彼の駄目さ具合がもしかしたら女性に受けているのかもしれない。
まだサントハイムで暮らしていたときのこと。彼にこれを渡してほしい、いい噂をいってほしい、挙句付き合っているのか、など
いろいろな女性からお願いされ、尋ねられたことが多々あった。には何がいいのかさっぱりだが、きっと駄目なところが
いいのだろう。女性には母性本能と言うものがある。

「スタンシアッアラ、スタンシアラーン、まってろまってろスタンシアラーノ」

アリーナが恐らく自作であろう歌を唄っている。楽しそうで何よりだ。そんなアリーナを眩しそうに、羨ましそうに見つめるクリフト。
そしてそんなクリフトを観察する。クリフトを観察しているを見ている



(やっぱり、クリフトのことが好きなのかもしれない。)

なんとなくそれは感じていた。最初会ったときは恋人かとも思っていたし、アリーナもとても仲がよくて、
結婚してもいい間柄だと聞いていた。やはりは、クリフトのことを好きで、そのことに気付いていないのかもしれない。
今だってこんなにも熱烈な視線を送っている。羨ましい、なんて羨ましいのだろう。できるならばクリフトになりたい。そう思った。

+++

部屋に荷物をおいたあと、は甲板へと向かった。一人で部屋に篭っているのは退屈だ。
甲板には女性メンバーが揃っていて、丸テーブルを囲っていた。
やはり、アリーナは天空の城を見つけることをすっかり忘れているようだった。

「あら、さん。みなさん揃いましたね。」
「ここ座りなよ。」

マーニャに促されて、マーニャとアリーナのあいだのいすに座った。

「何をお話していたのですか。」
「カジノのすばらしさよ。」
「好きなものの話でしょう。」

で、マーニャの好きなものがカジノ、というわけであったか。実にマーニャらしい答えかと思われる。

「あたしは動くことが好きなのよ、って。」
「私はお料理と裁縫です。さんは?」
「わたしですか……?うーん、なんでしょう。あ!そうだ!!」

好きなもの、で思いだす。

「みなさんは、誰か好きになったことありますか?」

まさかこんな質問がくると思わなかったので、一同は目を丸くした。

「そりゃあ、あるよ。」

一番に答えたのはマーニャ。それに反応したのはミネアだった。

「そうなの!?知らなかったわ。」
「マーニャさん、好きって言うのはいつ気付きました。」
「そうねぇ。気付いたら好きだったのよね。いつだったのかな。って、まさか。あんた好きな人でもできたの?」
「あ、違うんです。ただ、どんなものなのかなぁと思いまして。」
「……たとえば、他の女の子と喋ってて、よくわからないもやもやが生まれて、もしかして。ってなるんじゃないですか?」
「あたしわかんないなー。そういうの興味ないし。」
「わたしもわからないんですよね。」
「サントハイム組ちょっと大丈夫?生きていれば一度や二度はあるんじゃないの。」
「何せ武道一筋で育ってきたもので……。」
「クリフトはどうなのよ」
「彼とは兄弟のようなものですから。」
「それではさんは?」

の運命を知っているミネアは、興味心からそんな話題を持ち出してみた。
するとの顔が一気に赤くなった。

「えええ!?!?なによなによ、ってばが好きなの!?」
「しーっ、マーニャさんお静かに!違います、誤解です!」
「じゃあなに、どういうことよ?」

にやにやと追求してくるマーニャ。

「別に何もないですよ。」
「じゃあなんで赤くなるのさ?ほれ、言ってごらん。」
「あの……その……元からこんな色です。」
「なんつー苦しい言い訳をするのよ。じゃ、にきこー」
「だあああ!だめっっ!!!!だめええ!!!」

立ち上がったマーニャの腰に引っ付いて必死に引きとめる。

「姉さんってばいじめるのもそのへんに……」
「マーニャの気持ちもわかるわ。だってって、いじめたくなる子だもん。」
「アリーナさまそんな風にわたしのことを見ていたのですか!?」
「……なにしてるの?」

偶然甲板に出てきたが怪訝そうな顔で女性メンバーを見つめる。

「ああいいところに。あのさー」
「マーニャ!!!だめえ!!何も言っちゃだめっ!」
の敬語が抜けてるってことは相当だな。マーニャ、をいじめるのも大概にしておけよ。」

そういっては再び船室へと戻っていった。
の心優しさにほっとしつつ、じろりとマーニャを見上げた。

「マーニャの……いじめっこ!」