「お待たせしましたクリフト!」
「おかえりなさい。、慌てすぎですよ。たかが切り傷なんですから。絆創膏なんてよかったのに……」
「いーえ!大変なことです!!さあ、指を出してください。」

クリフトの指を取り、切ったところを見る。切り傷が一筋、人差し指にあった。
確かに、切り傷は軽微なものである。けれど、放ってはおけない。絆創膏を丁寧に指へと巻きつけた。

「ありがとうございます。わざわざすみません。」

照れくさそうにクリフトが微笑むと、も続けて微笑んだ。



さざなみの誘い



夕飯はなかなかのできばえであった。久々の調理だから不安要素は沢山あったが、作りはじめるとなかなか楽しくて
――これからのこと、これまでのこと、のこと。何もかも忘れて料理に打ち込むことができた。
やがて匂いに誘われてやってきた一同が食堂にやってきて、ミネアは「私の変わりにすみません。」と
申し訳なさそうに眉を下げた。

「何を言いますか!ミネアさんが作る、と決めたわけではないんですから。」

と、言いながらも、ちらりとの姿を確認する。目が合って、すぐにそらした。
不甲斐ない自分でごめんなさい、と心の中でに謝る。すぐに視線をそらすなんて失礼以外なんでもない。
けれどもやはり、その穏やかな目と視線が通いあうと、何か不思議な力が働いてそらしてしまう。

「どうぞ、どうぞ、お食べください。」

ニッコリ微笑みを貼り付けて、みんなを座らせる。席順は特に決まってないので、は向かい側の一番端に
座ったのを見て、から一番遠いところに座った。隣にクリフトが座ったので、なんとなくほっとした。

「どうしたんですか?」
「へ?」

急に尋ねられ、きょとんとする。

「いや、なんだか安心したような顔したので。」
「そ、そんな顔してましたか?」
「はい、こんな顔を。」

といい、クリフトがふにゃりと顔を緩めた。

「嘘つきです。わたし、そんな顔してません!」
「してたんですってば」
「もう……」

自炊をするときは基本的にオードブル方式なので、大皿に盛られたおかずをおのおの取っていく。

「いただきます」

挨拶をして、口に運ぶ。これはクリフトが作ったやつ。うん、やはりクリフトの作る料理は美味しい、と
改めて感じつつも、先ほどの似せる気全くなしの自分の物まねが気に食わないので、美味しいとは言ってあげない。
ささやかな反抗であった。

「おお、の作った野菜炒め美味しいですね!」
「え、そ、そうですか?へへへ、褒めても何も出ませんよっ!クリフトのこれもすっごく美味しいです!」

にやにやと締りのない顔で嬉しそうにクリフトの肩を叩く
機嫌はすぐに戻ったのだった。

+++

食事も終わり部屋に戻り、荷物の整理をはじめる。トルネコの話によると、明日の午前中にはサントハイム大陸の
到着する見込みらしい。荷物整理を終わったらシャワーを浴びてすぐに寝ようと決めた。
が、なんだかまた甲板に出たくなった。夜の海の情景が浮かびあがり、見ておきたいな、と感じたからだ。
は荷物整理を終えると甲板へとふらり向かった。

轟々と音を上げて船が海を切って船路を行く。夜の海は昼間や夕方の海と違って恐ろしさを感じた。
この海に呑み込まれたら最後、二度と地上へ戻ることは許されない気さえする。


「ひゃ!」

急に呼ばれて情けない声を出しつつ振り返ると、声の主はだった。
背後の船室からもれている光の逆光の為顔が見れないが、シルエットと声でわかった。
急にどきどきと、とんでもなく早くなる心臓。ひどく上ずった声で「、っど、うしたのですか!?」
と問うと(やはり自然に振舞うことは難しいみたいだ。)、隣へやってきたはいつもの穏やかな笑顔
ではなくて、ためらいを兼ねた笑顔を浮かべていた。

「さっきの話だけど……返事とか、そういうのはいいからね。ただ知ってほしかっただけなんだ。」

そういって再び笑った。デジャヴ、とでもいうのだろうか。眩しい、この笑顔はあの日の笑顔によく似ていた。
再び胸が締め付けられる。の表情が微かに変わったのをは見逃さず、

「ごめん、迷惑だったよな。……忘れてくれていいよ。」

と眉を下げて悲しげにいった。
は慌てて仰々しく手を横に振って、「ぜんっぜん!!」と思いきり否定する。

「迷惑なんかじゃないですよ!」

否定の言葉はたくさん喉元まできて、でかかるのだがなかなか言葉にならない。
あまり沢山重ねたところで嘘のように思えるし、それより前の問題で、焦りからなかなか声にならなかった。
そのかわり、自分の気持ちが伝わるようにと目をぐっと見開きの目をじっと見つめた。
するとなぜかはぷっ、と噴出してお腹を抱えて暫く笑い続けた。

「め、目力が…」

と、目尻にあふれた涙粒を拭いながら、はなんとか声をもらすようにいった。
なんだかよくわからなくて、はきょとんとする。何をそんなに笑うことがあるのだろうか。

…目、開きすぎだよ…ふふっ、の誠意は十分伝わったよ…くくっ」

未だに笑いが収まらないらしいがところどころ笑いをもらしながら言う。
の顔は一気に赤くなり、羞恥の念に駆られた。(そ、そんなにわたし、目を…!?)

「わ、わ、笑いすぎです…」
「ふふふ、ごめんごめん…だって、こんなかんじにぐっと見開いて俺を見るんだもん。不謹慎とは思いつつ笑っちゃったよ。」

クリフトとは違い、からかいを含めずに自分の真似をしながら説明をされ、
はなんとも言えなくて、「もう。」と唇を尖らせた。


―――ああ、心地よい。
こうやって二人で笑いあうこの時間、改めてとてもステキな時間なんだと思った。
こんな風に隣にいることが当たり前に思っていた。
ほんの少しの間と気まずくなっただけで、大切なことを気付かせてくれた。

「わたし、こうやってとお話してるのが好きです。それが、恋かと言われればわかりません…。
 でもわたしは、と仲良しでいたいです。……だめ、ですか?」
「だめじゃないよ。」

そういって手を差し出した。は躊躇いがちにの手と顔とを見比べた。
するとは「握手。」と口角を上げた。「これからも仲良くいこうねっていう、ね。」
合点のいったは「ああ!」と、の手をきゅっと握った。

「よろしく」
「よろしくおねがいします」

いまはわからない。
けれど、いずれわかるかもしれない。
『馬鹿だなあ。』とが笑ったときに感じた気持ちがなにであるか。すきという気持ちが、どんなものであるか。