取り残されたはひどく動揺していた。勿論、のことは好きだった。
それはたぶん、恋愛がどうこうではなくよき仲間としての感情。
誰かに好きだと言われたのは生まれてこの方初めてでどうすればいいのかわからない。
一度、視線を海へと移してみた。船は海原を突ききって、ゆらゆらと不規則な動きをする白い泡。

?」
「あ、アリーナさま!」

今度はアリーナがやってきた。姿勢を正してお辞儀をすると、アリーナは笑いながら「暇かしら?」と聞いたので
「暇です!」とやたら大きな声で応える。隣にやってきたアリーナはしげしげと泡を見つめ、やがて飽きたらしく
大きく伸びをした。

「お疲れですか?」
「んー疲れてるといえば疲れてるけど、これからサントハイムに行くんだと思うとそわそわしちゃって」

バルザックがサントハイムにいる。そこで何をしているかはわからないが、デスピサロの手下を倒すと言うことは
またキングレオ同様、激しい戦いになるということ。誰一人傷つくことなく戦いを終えられればよいのだが。
に傷を負わせてしまった。今度は、絶対にそんなことはさせない。

―――

「……そうですね。しかし、きちんと休まなくてはなりませんよ。」
までブライみたいなこと言っちゃって。」
「アリーナさまを思っての言葉なんです!」
「じゃああたしもを思って一言言わせてちょうだい」

改まったようにを見て、アリーナはうっすらと微笑みを浮かべた。
この微笑みを受け、たぶんアリーナは今から言う言葉を言うためにここへきたのだと思った。

「迷いなさい。」

放たれた言葉は至極単純で、たったの一言。
何を意図しているのかさっぱりわからなかった。だがアリーナの生き生きとした笑顔を見ては
その先を追求するのも憚れる。どうしよう、なんて答えればいいのだろう。

「つまりね、」

の心配は露と消え、アリーナは詳しく説明をはじめた。

が納得のできる答えが導き出せるまで悩みなさいってこと!」
「納得のできる、答え…。」

もしかしたら、アリーナは先ほど自分ととの間であったことを知っているのだろうか。
アリーナの顔を見れば、どっちともつかぬ笑顔でいた。そしてアリーナは「じゃあ、ちょっと休んでくるわね」と
言って戻っていってしまった。再び取り残されたは、アリーナの言葉を再び反芻した。

「納得のできる答え、ですか。」

それを出すにはもっと心と、向き合わなければ。
――に対して、少し不思議な気持ちを抱いたことは確かだった。
コーミズの村で朝日に照らされたを見たとき、はじめて抱いた気持ちがあった。
なんとも形容しがたい、愛おしくて、どことなく苦しい気持ち。この気持ちの正体を、知らない。

(好きって、どんな気持ちなんですか?)

目の前に広がる広くて、果てなんて見えない大海原に問いかける。けれども答えなんて聞こえてこない。
もしかしたら答えてくれているのかもしれないけれど、自分には海の言葉はわからないから、聞こえないだけかもしれない。

たとえばクリフトに抱く感情は家族へのそれと似ていて、好きなのかもしれないと思ったことは一度もない。
兄のような、弟のような、そんな存在としか思えない。

への気持ちはどうだろう。
自分を保とうと必死に笑顔を取り繕いムリをする脆い勇者の、深く、暗い心の闇を見たときに支えてあげたいと思った。
それは、恋しいと思う気持ちなのだろうか。

――― 一緒に居たくて、一緒に居るだけで幸せで、誰よりも近くにいたくて、その人を想うと胸が苦しくて…

……わからない。
一緒に居たいとは思う。それに幸せを感じる。けれども誰よりも近くにいたいとまでは思わないし、胸が苦しくはない。
けれども、支えてあげたいと思うのは事実で。考えれば考えるほど、好きと言う気持ちは難しかった。
アリーナに言われたとおり、納得の行くまで悩むしかないようだ。
自然に振舞えればいいのだが、どうも器用ではない自分はぎこちなく振舞ってしまいそうだ。
しかしこのことは、なるたけ気付かれないようにしなければ。

はトルネコに割り振られた自室へと戻った。

部屋でうとうとしつつも槍を磨いていたら、こんこん、と扉が鳴らされたので慌てて「はい。」と返事をする。
「クリフトです。」と、(当然だが)クリフトの声がしたので、招き入れた。

「食事のことなのですが、私たちで作りませんか?」

クリフトの提案はとてもよかった。
のことで思い悩み、気分転換に槍を磨いていたら眠くなってしまう始末。
食事をクリフトと作るのはなかなかよいことだった。

「いいですね、そうしましょう!」

槍を置いて足取り軽やかに簡易キッチンへと向かう。その際窓からみた外は橙に染まりはじめていた。
食材は船に乗る前に買ったものと、乗る前から積んである長期保存できる食材とがあった。
それらをつかってクリフトとは手際よく食事をつくっていく。

「ひさびさですねえ、わたしたちで食事を作るなんて。」
「まださんたちと合流する前のことですからね。」

合流してからはミネアがしてくれていた。

「アリーナさまの手料理と言うのは、……本当に言い難いのですが、食べれたものではないですし、
 ブライ殿の料理は究極に味付けが薄いですからね。結果わたしたちが作るのが妥当なんですよね。」

そう。昔、アリーナが好意で手料理を振舞ってくれたことがあったのだが、見た目はぐちゃぐちゃ、味もぐちゃぐちゃ
という本当にひどい料理だった。いくらアリーナに首ったけのとクリフトでも、これには笑顔が引きつった。
料理は見た目じゃない!そう思い、クリフトは勇気を出して控えめに一口食べてみると、急に苦しそうに喉元を
引っかきながら出ていった。次にが食べてみると、そのまま卒倒したという事件があった。
それ以来、アリーナの手料理は見たことがない。あの料理があのあとどうなったのか、たちは知らない。

更にブライは、四人で旅をはじめて間もない頃、「今日はこのブライが食事をつくろう!」と突然言い出して、
その日の夕飯をブライが作ったのだが、とにかく薄いのだ。「やっぱりさっぱりしたものがいいですな。」と
笑いながらブライは美味しそうに食べていた。ブライのさっぱりは、さっぱりの次元を超えている。

―――アリーナも、クリフトも、ブライも、”一緒にいたい人”。
一番近くにいたいと願う人、ではないとおもう。

「ねえ、クリフト。」
「なんでしょう?」
「クリフトは、”すき”という気持ちをご存知ですか?」

手を止めて、クリフトのことを仰ぎ見ると、クリフトが「ひっ!!」と悲鳴を上げて人差し指を掴んで妙な動きをしている。
どうやら指を包丁で切ってしまったようだ。

「だ、大丈夫ですか!?」

慌ててクリフトにたずねると、クリフトは「大丈夫です。」と苦笑い気味に言った。

「ちょっとまっててください!絆創膏をとってきます!!」
「あ、だ、大丈夫ですよ!……って、聞いていませんか。」

一瞬の間にキッチンを抜けていったの耳には、やはりクリフトの声は届いていなかった。
は自室に大急ぎで戻っていった。自分がへんな質問をしてしまったのでこんなことになってしまったため
責任を感じていたのだった。
走りながら角を曲がったときだった。がちゃ、と扉が開いて、誰かが出てきた。と思ったときには遅かった。
悲鳴を上げる間もなくそのままそのひとにぶつかってしまった。全力疾走だったため、ぶつかったというより
寧ろ突っ込んだと言ったほうが表現としては正しいかもしれない。そのひとは、を抱きとめて、「?」と名を呼んだ。
その声にの心臓が深く脈打った。

!す、すみません!」

慌てての胸から出て、勢い良くお辞儀をした。
は「大丈夫。それよりそんなに慌ててどうしたの?」と、の肩を掴んで顔を上げつつ問うた。

「え、と…クリフトが指を切ってしまったので、絆創膏をとりに…」

言いながらの穏やかな笑顔が目に入り、思わず視線をそらした。意識しないようにと努めれば努めるほど、
意地悪にも頭が意識してしまうようだった。
心臓は、走ったからこんなに早く動いているのだろうか。それとも、と接しているから?

「ああ、なら俺のをあげるよ。ちょっとまっててくれる?」
「あ、え、いいのですか?」

すでに自室に入りカバンの中を探すに問うと、「うん。」と返事をした。
そんなの後姿に、先ほどの告白の言葉が蘇り複雑な思いになる。

「あったあった。はい、どうぞ。」

絆創膏を取り出してに差し出した。

「ありがとうございます。」

深々とお辞儀をして、絆創膏をぎゅっと大切そうに持った。

「いってらっしゃい。」

再び穏やかな笑顔を浮かべて手を振ったは「はい。」と頷いてきびすを返した。
は、自分と違っていつもどおりに振舞っている。すごい、と単純に感心した。
告白に動揺し、意識しているのはもしかしたら自分だけで、にとってはなんてことないのかもしれない。
それがなんだか、にとってはいやだった。
(わたしは、それっぽっちの存在なのでしょうか…?)
考えて、はっとした。なぜそんなに愛情をほしがるのか、自分が不思議だった。





戸惑いの