青ざめる奇跡




 コーミズ西の洞窟というのは不思議なつくりをしていて、階段がない変わりに円状のほんのりと光を放つタイルにのると決められた場所に運ばれるという面白い構造をしていた。一度この洞窟に来て最深部までいったというマーニャとミネアがいるためすいすいと進めているが、たぶん二人が居なければ時間がだいぶかかっただろう。魔物をけちらしながら最深部までやってきたが、少し小高い場所に空の宝箱と水が張り巡らされているだけで魔法の鍵らしきものはなかった。

「ま、まさか……もぐれと」
「いやまさか……私そんなに泳ぎは得意ではないんですよ……」
「知ってます。わたしはクリフトの哀れな平泳ぎを見たことがありますもん」
「!! 忘れてください……」
「忘れたくても忘れられないんです。いまにも死にそうなカエルが必死にもがいているようなあの姿……見たあと一週間は夢に出てきそうな……」
「わああー!」
「こらそこの二人、仲がいいのはいいけど、考えてよね?」
「「はい……」」

 マーニャに一喝されてしゅん、とうな垂れる。確かにいまは鍵について考えるべきだった。しかしもう魔法の鍵の手がかりが完全になくなってしまったのだから、残る手段は実力行使しかない。と、考えて妙な決心を固めたところにアリーナとがやってきた。

「クリフト、ちょっといらっしゃい」
「!! はい喜んで!」
「ず、ずるいです……」

 まさかのご指名をされて、嬉しそうについてくクリフトを恨めしそうに見る。残されたを見て、眉根を寄せて首をかしげた。

「クリフトどうしたんでしょうか?」
「なんか用があるみたい」

 本当のことを知っているは、なるたけ平静を装って応える。

「いーい? あたしがクリフトをひきつけとくから、そのすきにの隣をゲットよ!」
「いいの?」
「当たり前よ。任せなさい!」

 先ほどの会話が蘇り、思わず笑みをこぼしそうになるが必死にこらえる。

「むーなんでわたしじゃいけないんでしょう」
「おしゃべりの相手、俺じゃ役不足だった?」
「! いえいえ、そんな。わたしとお話しするの好きですよ」

 あわてて言うが面白くて先ほどこらえていた笑いは一気に開放される。するとはきょとんとした顔で「何を笑ってるのですか?」と疑問を口にした。

「いや、なんかあわててるなぁって」
「あわてますよ! が拗ねちゃったのかと思って」
「そんなわけないでしょ」

 そういってイタズラっぽく笑うのことを意識し始めたのはいつからだったか。たぶん、自分の弱さを受けれてくれたときからだろう。

 生きる意味、戦う意味、世界を救う意味。すべて彼女に行き着いていく。世界中の人には申し訳ないけれど、自分にとって世界なんて本当はどうでもいい。でもが世界の住民で、世界を救おうとしているのならば、喜んで救ってあげたい。そしてそれができるのは自分しか居ないのだから、絶対にデスピサロを倒してみせる。たとえ命尽きたとしても。

「そうだ、もしかしたら宝箱になにかあるかもしれませんよ? 見てみましょう!」
「なにか? たとえば?」

 すたすたと宝箱に向かっていくの背中に疑問を投げかける。

「なにかです!」
「なにかね」

 何を自信満々にいっているのやら。だがこのの変な自信は、やがて驚きの結果をもたらすのだった。

……わたしはもしかしたら今日、運を使い果たして死ぬかもしれません」
「へ?」

 青ざめた顔でとんでもないことを口走るからは、なんの意図も汲み取れない。空の宝箱をのぞきこんで、こちらを振り向いたときにはすでに真っ青だった。ということはたぶん、宝箱の中になにかあるのだろう。の隣に立ち、宝箱の中を見る。
 するとそこには、カモフラージュされていて一見わからなかったが、よくみてみるとスイッチがあった。

「これは……、すごいよ」

 頭を撫でて、ものすごい発見をしたをほめる。このスイッチを押したら、もしかしたら何かあるかもしれない。はみなを呼んでスイッチの存在を話す。

「スイッチ押すべきですな。、押してみなされ」
「い、いいのですか? でももしかしたら、押した瞬間水が一気に押し寄せてくるかも……」
「それはご勘弁を!」
「あれクリフトって泳げないの?」

 本気で慌てふためくクリフトにアリーナが素朴な疑問を投げかける。が、あくまで素朴なのはアリーナにとってだけでクリフトにとっては重大な言葉に感じられた。

(私、このままでは情けないの代名詞になってしまいます……!)

 強がりの一つを言おうとしたところを、アリーナが先に口を切った。

「泳げないならあたしから離れないでね。助けられるかもしれないから」
「ひ、姫ぇ……!」

 感涙の涙を流しかねないクリフトを見て、アリーナが苦笑いした。

(クリフトってば、涙流して嬉しがるほど泳げないのね……)

 クリフトの感涙の意味を、いまいちアリーナは理解していないようだった。

「大丈夫。何も起こらないより何か起こったほうが全然ましだよ。さ、押しちゃえ」
「で、ではいきます……! それーっ!」

 思いきってスイッチを押してみた。すると急に轟音が鳴り響いて、は目をつぶりぎゅっと縮こまる。を庇うように抱き寄せる。(何が何でもだけは守り抜かなきゃ。)強い思いを胸に次に起こる事態に備える。が、結局何も起こらずに音は鳴り止んだ。から離れ、辺りを見回すとなんと宝箱の後ろに下へつながる階段が出現していた。たぶんさっきの音はこれのせいだろう。

、大正解だ」

 階段を指差せば、も気付いて目を輝かせる。

「やりました……!」

 早速階段を下りてみると、どうやら小部屋につながっているらしい。トルネコから灯りを受け取ってが照らしだすと、どうやら研究室らしかった。ここできっとエドガンは実験を行っていたのだろう。部屋の中央に宝箱があった。先頭のがそれをあけてみると、中にはちょこんと鍵が一つあった。

「鍵があった!」
「もしかしたらこれが魔法の鍵でしょうか!?」
「かもしれない。キングレオに急ごう!」
「では、リレミト」

 脱出の呪文を唱えコーミズ西の洞窟から出る。外の世界は太陽の光が眩しい。続いてルーラを唱えてキングレオへ向かった。