ミネアとマーニャの家を出て、すぐ近くの宿屋へ歩いていった。すでに暗くなった道を照らすのは個々の家からもれる暖かい光だけだった。 「なんだかとっても暖かな村ですね」 ゆっくりと首を動かし村を眺める。閑散とした村ではあるが、家から談笑がとても温かな印象を与える。窓から見える食事の風景、そろそろ収穫時であろう野菜が立ち並ぶ畑、とても素敵な光景だった。 「そうですね。お城の暮らしもよいですが、こういうところで過ごすのもとてもよいです」 もクリフトも生まれたときからサントハイムの城で過ごしてきたので、いわゆる田舎の暮らしと言うものをこんなに間近で見たことはなかったのだが、実際にその空気を肌で感じて、本当に素敵なものなんだと感じた。 「とクリフトはお城で育ったんだもんね。」 「はい。代々サントハイムに仕えてきたので。まさかこうして城から出て旅をすることになるとは思いもしませんでしたよ。わたしの世界はずっと城と、周辺の城下町ぐらいで終えると思ってました。思えばとても狭い世界でした。ね、クリフト」 外の世界への興味なんて一つもなかった。クリフトがいて、アリーナがいて、それだけで十分だった。だが実際に外へ出てみて、今までの自分の考えが潔いほど吹っ飛んでしまった。楽しい。とにかく楽しい。外と言うのは自分が思っていた以上に楽しい。いろんな人がいて、いろんなことがあって、いろんなものがある。お城の中と言う封鎖された空間の中では経験しえなかったことだからだ。それらは心を躍らせた。 「そうですね。こうして外を旅して、世界は広いのだと常々感じますよ」 きっとクリフトもそう思っているのだろう。彼も村の風景に目を馳せながら目を細めた。改めて、アリーナについてきてよかったと感じた。 「俺も自分の生まれ育った村しか知らないから、毎日すごいなと思うよ。こんなに広い世界がすぐそこにあったんだと思うと、なんだか不思議だよ」 そう。まだ見ぬ世界はいつもすぐそばにある。 目覚める気持ち 「マーニャちゃんとミネアちゃんのお友達だね? 宿代はいいから、ゆっくりしていきな」 「え、でも……」 「いーのよ! あの子たちにも、そしてあの子のお父さんにも日ごろ世話になってたからねぇ」 「ありがとうございます……!」 「こんな辺ぴなところにめったに客なんてこないからね。好きな部屋いくつでも使いな」 深々と頭を下げて、気さくそうに笑う宿屋のおかみさんにお礼を言った。お言葉に甘えて一人一人別に部屋に寝ることになった。は部屋に入り荷物をおろすと、ふう、と息をついた。部屋にはベッドとテーブル、クローゼットのみで、全体的にシンプルなつくりだった。ベッドに腰掛けてそのまま後ろにゆっくりと倒れた。その瞬間全身の疲れがベッドへと逃げて行くような気がした。 「ベッドはいいですねぇ…」 誰に言うわけでもなくぽつり呟くと、だんだんと自分の意識とは異なる何かが頭を支配し始めた。どんどんと意識が違う世界へ向かっていく気がした。そして意識は遂に呑まれた。 次に意識を取り戻したときは、朝日が昇り始めたときだった。ああ、あのまま寝ちゃったようですね。とぼんやりながら自覚し、そしてはっとする。 「お風呂はいってません……!」 なんと汚いことだ。ぞっとしてそそくさ着替えを準備してお風呂へ向かった。廊下へ出るともう朝食のにおいが鼻を掠めて、空腹を認識した。(お腹もすきましたね……) そういえば自分は昨日夕飯も食べていなかった。昨日はベッドに座ってそのまま倒れこみ、そのまま… …だったのだが、今思えば自分はきちんと横になって布団をかぶっていた気がする。あらら? 「あ、おはようございます」 お風呂へ行く途中の道を歩いていると、がちゃ、と扉があいてクリフトが登場した。 「クリフト。早いですね。おはようございます」 「今朝は日の出を見ようと思いまして。……それにしても。昨日は疲れてたのですか?」 「……もしや、私をベッドに寝かしてくれたのクリフトですか?」 「私ではなく、さんですよ。あとでお礼を言っておくといいでしょう」 !!! なんと、自分をきちんと寝かしてくれたのはどうやららしい。幼馴染のクリフトならまだしも、となると、恥ずかしいし申し訳ないし、なんだか複雑だった。 (口は、開いてなかったでしょうか? くさくなかったでしょうか…!) 「そうでしたか……」 「それではまた朝食のときに」 ぺこり、お辞儀をしてクリフトはそろそろ日が昇るであろう外へと向かっていった。 (あああ困りました……! どんな姿を見られてしまったのでしょうか!) その場を行ったり来たりと落ち着きのない様子で立ち往生するが、ふと気付いた。このままここで悩んでいてもし方がない。とりあえずお風呂に入ろうと思いなおし、だいぶ気が重いが風呂場へのろのろと歩き出した。 お風呂にはいると、だんだんとそのことが気にならなくなってきた。どんな姿を見られたっていいじゃないか。旅を共にする仲間だ。遅かれ早かれそういう姿をきっと見せることになるのだから。それが少し早まっただけなのだ。 鏡に映る自分の姿を見つめ、ニッコリと笑顔を浮かべてみた。うん、今日もいつも通りだ。 風呂から上がり身支度をしているとノック音が聞こえてきた。返事をするとおかみさんが顔を出して朝食ができたとのことを伝えられた。支度を整えた後、食堂へ向かった。食堂にはすでにクリフトとがいて、どうやらが最後のようだった。の後姿をみた瞬間、羞恥の念が蘇った。ゆっくり、が振り返った。 「おはよう」 相も変わらず穏やかな笑顔で言うものだから、ますますは恥ずかしくなった。彼は一体、昨夜何を見たのだ。何を見た上でのその笑顔なのだ。 「おっ、おは、おはようございます!」 顔が熱くなるのを感じながら、あえてクリフトの横へ座った。 「昨日は疲れてたみたいだね」 「……あの、きちんと寝かせてくれたようで。すみません…。あの、わたしどんな顔でした? どんなにおいでした?」 「………言っていいの?」 崖から突き落とされたような気分になった。(ああ、終わりました)とんでもない顔をしていたに違いないし、とんでもないにおいだったに違いない。の受け答えで確定した。 「どうぞ……」 今にも泣き出したかった。 「あ、いや、そんな暗い顔しないで! ただちょっと口を開けて、本当に幸せそうな顔で寝ていた。それだけだよ?」 「……別にかまいませんよ。本当のことを言えばいいんです」 「本当だって。ん〜……困ったな。クリフト」 「私は見てないんで知りませんよ。私に振らないでくださいよ」 どぎまぎした様子でクリフトが一瞬で会話から逃げ出した。 「本当なんだよ。俺のこと信じられない?」 「そういうわけではないのですが……。ただは優しいので、わたしを傷つけまいと優しい嘘をついているのではないかと」 「馬鹿だなあ。ほんとうに、嘘をついてないよ」 きゅ、っと胸が締め付けられた。”馬鹿だなあ”と笑うの顔が眩しくて(朝日を受けているからでしょうか?)、愛おしくて(これはなぜだろう。)の心になんだか不思議な気持ちが宿った。 |