次の日、キングレオへトルネコの船で向かうことにした。船旅の間も、導かれし者たちはテーブルでトランプをしながら和気藹々と身の上話や他愛ない話を繰り広げた。その光景は、昨日知り合ったばかりの者たちとは思えないほどだった。

「むむ……」
「何してるんですか、

 眉根を寄せて瞳を閉じ唸る、不可思議な行動をしているに痺れを切らして、クリフトが尋ねる。

「無の境地を目指しているのです。悟りを開いて、それで……」
「いいから、ちゃっちゃととっちゃいなさいよ」
「はいっ!」

 アリーナの言葉で、は瞬時に左側のカードを引いた。現在、ババ抜きの最中で、が手札一枚、クリフトが手札二枚というデスマッチを繰り広げていた。がカードを引く番だが、いつまで経っても御託を並べて引こうとしないにアリーナが一喝したというわけだ。結果は――

「はう……」
「よしっ!」

 の手元にはスペードの6と、嫌味たらしい笑顔を浮かべているジョーカー。これにはどっと笑いが起こった。

ってば運悪ー…」
「マーニャ、うるさいですよ」
頑張れ」
「はい。頑張りますよ、!」

 の二人の会話を聞いて、ミネアが密かに笑んだ事は、世界でただ一人、ミネア本人のみが知っていた。真剣な顔ではカードを後ろに隠して何度かシャッフルした後、目の前に持ってきて、目をつぶった。

「どうぞ」
「いきますよ」



キングレオを目指して



 緊張の一瞬。たかがババ抜きだが、みなが息を呑んで勝負の行方を見守る。クリフトが手をさまよわせて、どちらにしようか散々迷った挙句、右側を選択した。すっと抜いて、クリフトがカードを確認したそのとき、彼は無表情でカードを手札にいれた。誰もがクリフトがババを引いたと思ったそのとき、彼は静かに手札をすべてカードの山に放った。スペードの6とダイヤの6だった。

「残念ですが、あなたの負けです」
「……あ、れ? あれれれれ!?!?」

 自分の手元には、妙に腹が立つ笑顔のジョーカーが一人、そこにいた。そのジョーカーを天に放って、カードの山に泣き伏せた。その姿を見て、クリフトが困ったように「?」と笑った。

「ううう……とってもショックです」
、気分を紛らわすために一緒に散歩でもいかない?」
「え、あ、はい」

 穏やかな笑顔を浮かべて、が顔を上げたの手を取って立たせて、そのまま甲板へ手を引いていく。その様子を見て、取り残された導かれし者たちは唖然とした。

「あのを誘った」
「姉さん、冷やかしは駄目ですよ」

 マーニャの今にも冷やかしに行きそうな顔を見て、牽制を入れておくミネア。

「姫……さんはの事が好きなんでしょうか?」
「好きぃ? あたしだっての事好きよ。クリフトだって好きでしょ?」
「あ……はい。」

 アリーナにはいまいち好きの意味が伝わらなかったらしい。

「若いっていいですね」
「ですな」

 トルネコとブライの妙に年を感じる言葉には、どこか羨ましさが感じられた。
 甲板ではが太陽に照らされながら海を眺めていた。かもめが数羽、船と一緒に潮風をきって飛んでいる。船旅なんてはじめての二人は興奮した様子でいろいろなものを眺めた。

「見てください! 船のまわりに白いあぶくができてます」
「本当だ。すごい……はじめて見た」

 身を乗り出して見ているを危なっかしく感じながらもそれを見守り、やはり彼は穏やかに笑う。

「知ってますか? こういうかもめって、餌を投げると上手にくわえるんですよ。出発する前に、船長さんが言ってました」
「へえ……そうなんだ。じゃあ、ためしになんかあげてみようか?」
「そうですね。わたし、いいものもってますよ」

 ごそごそとポケットをあさって、中からアルミで包まれたバタークッキーを取り出した。宿屋のオバサンにもらったのです、と彼女は笑った。それを彼女は一口サイズにくだいて、に一欠片あげると思い切りかもめに向かって投げつけた。かもめのいるところよりも若干低めに投げてしまったそれを、かもめは器用に下降して見事にキャッチした。これにはも驚いて、口笛を吹いた。

「わわ、本当にキャッチしました!」
「すごいね。俺もやってみよ」

  の投げたバタークッキーの欠片は、かもめがいる位置よりも遠くにいってしまったが、やはりかもめはそれを容易くキャッチする。彼らはずいぶんとその道に長けているようだった。

「面白いですね。みんなに教えましょうか?」
「あ、いや……だめ」
「へ?」

 俯き加減でさりげなくみんなに教える事を拒否した。意外な返答に、間抜けな声を出すと、は複雑な表情で
を見た。

「あの、ワガママかもしれないけど……もう少し、と一緒にいたい、なんて思ってるわけで、その……」

 顔を赤くして言ったの言葉は、語尾が今にも消え入りそうなほど小さくなっていく。どうやら彼は照れているらしい。は胸が締め付けられるのを感じたが、その締め付けが何を意味するかはわからなかった。(なんで胸が痛いのでしょうか?)

「では……一緒にいることにしましょう」

  はそれから、いろいろなことをたくさん喋った。
 クリフトの高所恐怖症、ブライのアリーナに対するお小言、サントハイム城にいたころのお話、アリーナの素敵なところ。
 村での生活、修行の思い出、育ててくれた両親たちの話、それからシンシアの事。



「……あ。もうそろそろ戻らないとさすがに駄目かもね」

 既に辺りは橙色に染まっていて、水平線の向こう側、真っ赤な夕日が大海原に還っていく様子が目の前に広がった。船旅自体はじめてなのに、こんなに素敵な光景を見れて、は感動しっぱなしだった。

「わあ……。なんて綺麗なんでしょう」
「ね」

 ふとの横顔を見れば、彼女の瞳は比喩的なものではなく、本当にきらきらと輝いていた。たぶん、夕日が彼女の瞳に映っているからだろう。その姿がとてつもなく愛おしくて、の胸がぎゅ、っと締め付けられた。

「……?? 何でわたしを見てるのですか?」

がふとを見ると、彼もまたの事を見ていたので、少しどきりとしながらもたずねる。すると、は夕焼けでオレンジ色に染まった顔で「秘密」とおどけた。

「ずるいです」

 唇を尖らせて、悪態をつくが、の笑顔の前には無意味で、あえなく流されてしまった。

「おーい、、そろそろご飯だってよー?」

 いつからそこにいたのかわからないが、マーニャが扉からひょっこり顔を出して甲板に佇む二人に声をかける。二人は一瞬驚いたように顔をこわばらせたが、同じような笑顔を浮かべて頷いた。

「今日のご飯はなんでしょう」

 嬉しそうに呟きは扉に向かって歩き始めた。そのあとを、が追う。夕焼けに染まったの後姿を見つめながらふと思った。

(……。)

君を、

君を守りたい。