あるべきはずのものがそこにはなかった。喉から手が出るほど、心から求めたそれは、存在していたことだけを示していた。開け放たれた宝箱。それがすべてを物語っていた。われわれは、遅かったのだ。何もかもが。パデキアの種は既に何者かによって持ち去られていた。

「……クリフト」

　小さく名を呼んで、力なくその場に座りこんだ。何も考えられなかった。どくん、どくんと心臓が早鐘を打つだけで、頭には何も浮かんでこない。その代わり、涙がぽたぽたと流れ出ては地面にしみを作った。
　絶望と、悲しみと、苦しみと、罪悪感と、無力感、それらが頭の中を支配する。

「……」

　後ろでアリーナが手を伸ばしてに触れようとしたがすぐにそれを引っ込めて胸に持っていった。

「……クリフト。わたし、は………無力です。ク、クリフ……ふ…う…ううっ…………！」

　地面を何度もこぶしで悔しさを叩きつけて泣き伏せる。このままでは死んでしまう。世界で一人だけの自分の幼馴染でありライバルが死んでしまうのだ。苦しみながら、うなされながら、息を引き取るのだ。自分はそれを何も出来ずに見守るだけ。
　それがどれほど辛いことか、想像するだけでこんなに苦しいのに、実際目の当たりにしたらどれほどのショックを受けるのだろうか。自分は、きっと生きていけないんだろう。弱いニンゲンだから、彼を失ってしまっては、生きていけない。

「、戻ろう。厳しいこと言うようだけど……ここにいたって何も変わらないわ」
「で、も……！　でもクリフトが！！」
「はよく頑張ったわ。ね、かえろう？　まだ治せないって決まったわけじゃないわよ」

　そうだ。まだ、死ぬと決まったわけではない。はゆっくりと身体を起こして、涙で濡れた顔を腕で無造作にふき取って、頷いた。まだまだ、打開策はあるはず。そう信じて、はリレミトを唱えた。



運命の出会い



　ルーラを唱えてミントスに戻り、クリフトのいる宿屋へ歩いて行く。その足取りはやはり重いが、なんとかクリフトのもとへたどり着いた。意外な事にその部屋には客人がたくさんいた。部屋の中に入ると、四人ほどの見知らぬ顔がいた。
　紫色の長い髪に褐色の肌の美人が二人と、青い髪の太り気味男性に、新緑のような緑色の髪の毛の男性だ。
　その人たちは、クリフトのベッドを囲うように立っていて、たちに気づくといっせいにこちらを見た。

「姫！　！　無事で何より！！」

　ベッドの傍のいすに座っていたブライが立ち上がり、表情を緩めた。

「ブライ、このヒトたち何？」
「パデキアを持ってきてくれた人たちですぞ。姫ももこの方たちにぜひとも礼をいってくだされ」
「……あ、あの！　ということは、クリフトは助かるんですか！？」
「おそらく」

　緑の彼がを見て、小さく会釈をした。

「あの、お願いします。クリフトを……助けてあげてください」

　深く頭を下げると、緑の彼は「頭を上げてください！」と少しあせったように言った。は言われた通り顔を上げれば、人のよさそうな笑顔を浮かべて何かを差し出している。

「どうぞ、これ、パデキアの根っこをすりつぶしたものです。俺よりあなたがクリフトさんに飲ませたほうがいいと思います」
「いいん、ですか？」
「ええ」
「ありがとうございます……」

　それを受け取って、まだ苦しそうに顔をゆがめているクリフトの口元にそれを運び、小さく口を開けてそれを流し込む。すかさず水差しで水を少しばかり入れてあげると、彼はごくんとそれを飲んだ。すると、みるみるうちに彼の表情が和らいでいく。

「どうやら薬が効いているようですな」

　ブライの言葉に、は口元をきゅっと上げて頷いた。クリフトは、一命をとりとめたのだ。それが嬉しくて、はその場に座りこんで笑顔のまま泣き出した。周りが慌てふためくが、緑の彼が何か声をかけようとした紫色の髪の女性を制した。

「ん……」

　小さく声が漏れる。はすかさず立ち上がりクリフトの様子を伺うと、眉根を寄せていた。刹那、ゆっくりと瞳が開けられる。

「……？　あ、れ？？　わたし、は……」
「クリフトオオオォォオォオオ！！　うわあああああああん！！！！」
「ちょ、ちょっ！？」

　泣きながら抱き付いてきたに戸惑いを隠しきれないクリフト。二人の様子を暖かい眼差しで周りが見守る。クリフトの生きていることを身体で感じ、本当によかった、とは何度も呟いた。

「クリフト！　し、しんじゃうと、お、お、おもいましたよ！！」

　身体を離して、涙をぬぐいながら、整わない呼吸でクリフトに怒鳴るように言った。一度は極度の絶望の深淵まで追いやられ、彼の後を追うことすら考えたが、それが嘘のように思えてくるようだった。

「まさか、を残して死にませんよ」

　困ったように微笑んで、ぽん、と頭を撫でられた。大きなてのひらがに安心感を与え、涙がすっとひいていくのを感じた。は「そうですね」とぐしゃぐしゃになった顔で微笑んだ。

「じゃあクリフト、デスピサロを捜す旅を再開ね！」
「はい！　姫様、ご迷惑をおかけしました……。姫様を護るべき私が、このありさまで……」
「いーのよ」
「ああ、そのことで姫」

　ブライが立ち上がって緑色の彼のところへ歩いていく。

「実は、彼らもデスピサロを追っているらしいのです」
「ええ、ほんとう！？」
「はい。」
「ああ、姫様を待っている間に町の噂話で聞いたのだが、以前勇者の住む村がデスピサロに滅ぼされたとか……まさか、あなたは勇者なのかのう……？」
「そうらしいです」

　緑色の彼は悲しそうに微笑んだ。冷静になった彼を見て見ると、どこか陰のある青年だと感じる。自分の住む村を滅ぼされてしまったら、嫌でもそうなってしまうか。自分たちも城の人たちが消えてしまったが、あくまでそれは消えただけで、死んだわけではない。（と、信じている。）彼の悲しみは深い深い海の底よりもっと深い深淵なのかもしれない。

「じゃあ、一緒に捜しましょうよ。旅は多いほうが楽しいわ」

　アリーナの言葉で、たちは緑色の彼と旅を共にする事に決まった。お互い自己紹介でもしようとしたそのとき、新たな客がやってきた。

「お待ちください。悪いとは思っていたのですが立ち聞きしていました。あなた様が世界を救う勇者だったとは。いぜんこの宿に泊まったライアンという戦士が勇者様を捜していました。確か彼は遥か西の国、キングレオにいくと申していました」
「俺を捜していた……。わかりました。ありがとうございます」
「いえいえ。キングレオには、西にまっすぐ舟をこげばたどり着くはずです。では」

　緑の彼は一礼をして去り行く吟遊詩人を見送った。次の旅の目的地が決まったらしかった。キングレオ、という国らしい。あまり地理に詳しくないにはキングレオがどのような国か全く見当が付かなかったが、紫色の髪の女性二人があからさまに険しい顔をしたので、いい国ではなさそうだった。

「自己紹介しましょうよ。あたしはアリーナ」
「わたしは、と申します」
「わしはブライじゃ」
「私はクリフトです」

　こちら側の紹介が済むと、今度は緑の彼のほうのメンバーが順に自己紹介をしていった。

「俺は。よろしく……

　緑色の彼は、というらしい。やっぱりどこか悲しげで、そこがに印象強く残る。

「あたしはマーニャよ」
「私はミネアと申します。マーニャの妹です」

　彼女たちは姉妹らしい。美人姉妹とは彼女たちの事を言うのだと思った。ミネアはマーニャにぼそりと何か耳打ちするとマーニャは驚いたようにたちを見た。が、そのことにたちは気づかなかった。

「わしはトルネコ。商人をやっております」

　口ひげをたっぷりと蓄えた小太りな彼は、商人らしい。なんだかとってもしっくりくるのは自分だけなのだろうか。

「あの、疲れているでしょうし、出発は明日にしようか？」
「あら、ありがとう。じゃあ今日はここに泊まりましょうか。それで、親睦を深めましょう？」
「それいいわね！　語らいましょう！！　アリーナはさっき姫って言われてたけど、もしかしてどこかの国のお姫様だったりするの？」

　マーニャの言葉に、アリーナは胸を張って「そうよ」と言う。
　こうして一同はもう一泊この宿にする事に決めた。これが、いずれ世界の誰もが祝福する恋人たちになる二人、勇者と騎士との出会い。