スロウに、クリフトは何の前触れもなくその場に倒れた。いつものように隣を歩いていたが、慌てて抱き起こす。
 彼の顔は真っ赤で、汗ばんでいた。額に手を添えれば、異常なほどの熱を持っている。意識が朦朧としているようだった。

「アリーナ様! クリフトが……クリフトが!」

 前を行くアリーナとブライが足を止めて、振り返る。事の重大さを感じ取った二人がすぐさま駆けつけて、何事かと問う。は動転したままで、なんとかアリーナに状況を説明しようと勤めた。

「クリフトが、熱で、突然、クリフトで、突然が、熱くて、おでこも、倒れて、汗ばんでて!」
「とにかく、もうすぐミントスにつくから、急いでミントスに向かいましょう。」

 仁王立ちのまま、多分のこじれた話を理解したであろうアリーナは、びしっと遠方にかろうじで見えるミントスを指差した。は力なく倒れているクリフトを背負おうとするが、彼は吃驚するくらい重かった。だが、仮にもはサントハイム騎士団だ。それなりに修行も積んできている。力を入れて一気に背負い込み、立ち上がる。ミントスまでの距離は結構あるが、どうにかいけそうだ。

「急ぎましょうか!」

 うりゃああああ! と叫びながら道を走りぬけていく。クリフトのためにもいち早くミントスにつかなければ、という思いがを突き動かす原動力となっている。これにはアリーナとブライも唖然とした。

「……あの子、すごいわね。」
「クリフトもよい幼馴染を持ちましたなあ。」



パデキアを求めて



「神父様……いかがでしょうか?」

 宿屋の一室に寝かせたクリフトの容態を、町の神父に診せたのだが、彼の表情は複雑そうに眉を寄せるだけだった。その表情がを不安にさせた。もしかしたら、クリフトはこのまま……。と、よからぬ予感がよぎる。

「……神父様?」

 沈黙に耐え切れず、もういちど呼ぶ。神父は首を横に振った。それはつまり、駄目。ということを示していた。

「私にはどうすることもできません……。神に祈るしか……。」
「そ、そんな! クリフトを、クリフトを助けてください……! お願いします!!」

 すがるように神父を見る。このままではクリフトが死んでしまう。それがどれほど恐ろしいことか、想像も出来ない。幼馴染である彼を失いたくない。その気持ちが、の瞳にじわりと涙を浮かべさせる。同時に自分の無力さを痛感した。
 自分では、クリフトを助ける事が出来ない。そのことが辛かった。

「もし、旅のお方。」

 そんななか、いつのまにか新たな訪問者が扉を開けてやってきていた。アリーナが「はい?」と応えると、服装やら雰囲気から詩人であろうと思われる男は、手に持った楽器に指をすべらせながら、喋りだす。

「この大陸の東の外れに、ソレッタという小さな国があります。そこでパデキアと呼ばれる伝説の薬草が作られているはずです。その薬草は、どんな病もたちまち治ってしまうと聞きます。現状で、打開策がないのであればソレッタに行ってみては?」
「それ、本当なの?」
「ええ。」

 詩人は柔和な表情で頷いた。そういえば、ピンチのときは何かと詩人に助けてもらっている気がする。これは行ってみる価値があるだろう。(不純な決定動機だが。)アリーナはに声をかけて詩人の言っていた事を伝えると、彼女は涙をぬぐって「いきましょう。」と力強く言った。

「クリフト、少し待っていてください……。わたし、絶対パデキアを持ってきます。」

 意識を失ったままのクリフトに静かに伝え、ぎゅっと手を握り目をつぶった。このぬくもりを失わないために……少しの可能性でもかけてみよと、自分に出来る事を全力でやってみせようと誓った。

「……では、アリーナ様とブライさんはここでお待ちください。ひとっ走りしてきます。」
「何言ってるの。あたしも行くわよ。お供のピンチだもの……いかないわけないわ。」
「では、わしはクリフトの看病をすることにします。ここはわしに任せて、いってきてくだされ。」
「ありがとうございますブライさん。いってきます……。帰ってくるまで、クリフトの事お願いしますね。」

 ブライに深くお辞儀して、部屋を出て行く際に詩人に軽く会釈をし、「有力な情報をありがとうございます。」と微笑んで詩人の返事を聞く前に走り出した。彼女の頭の中には、今クリフトを助けることしかなかった。

(待っててください、クリフト。あなたのことは絶対に……私が助けます!)

 ミントスを出て、南東へひたすら歩いて行く。一刻も早くソレッタにたどり着き、パデキアをいただかなければ。もしもの場合、多少汚いマネをしてでもパデキアを手に入れようと考えている自分の思考は、はたしてまともだろうか?と考えたが人の命が、ましてクリフトの命がかかっているのだ。自分はどうなってもいいから、助けてあげたいと思うのは普通だろうと考えた。

「お父様にしても、クリフトにしても、珍しいもの使わないと治らないなんて、ちょっと贅沢よね。」
「そうですね。それを手に入れに行く私たちの気にもなってほしいところですね。」

 そして、心のそこから心配する人たちの気持ちも考えてほしいところだ。病気になってしまうのはしょうがないことだが、なんとなく腹が立った。
 ソレッタはなかなか遠くて、ついたのはちょうど一日後ぐらいだった。静かな農村のような国だった。人の数と同じくらい動物が多く存在していた。人々は畑を耕していて、やアリーナに気づくと、珍しそうな目で見た。どうやら旅人が珍しいらしい。

「あの、すみません。パデキアをいただきたいのですが……。」
「パデキア?」

 おばさんは畑を耕す手をとめて、怪訝そうにの事を見た。

「パデキアなら、ないよ。」
「え。ですが、ソレッタでパデキアがとれる、と聞いたのですが……。」
「干ばつしちまったよ。ひとつ残らず、ね。パデキアが枯れてからこの国は国王までが働かなけりゃやっていけない国になっちまったよ。」

 それだけ言うと、おばさんは再び畑仕事に戻った。

「どういうことかしら?」
「わかりません……。この国の王様に聞いてみましょうか。」

 ソレッタの奥にある、一番大きな建物へ向かう。すると、途中で何者からか声がかかる。声のするほうを向くと、ひげを生やした中年の男が鍬を地面に突き刺してこちらを向いている。

「旅のものかね?」
「あ、はい。あの、私たちパデキアをいただきにきたのですが……。」
「……。そういうことですか。残念ですが、パデキアはもうないのだ。詳しい話はどうぞ、こちらへきてくれるか。」

 男に案内されて、目的地であった大きな建物へ入った。男はどうやらソレッタ王だったらしく、土ぼこりを無造作にはたいて王座に座った。土で汚れた顔が印象的な、明朗な男性だった。

「申し遅れたが、わしはソレッタ王。パデキアを求めてやってきたと言っておったが……、あれは五年前の干ばつで全滅してしまったのですよ。よろしければ、パデキアを必要な理由を教えてくれませんかな?」
「仲間が、原因不明の病に臥せってしまい、神父様でも治せないのです。そこで、どんな病も治ると言うパデキアを求めてミントスからソレッタまでやってきたのです。」

 それを聞くと、ソレッタ王は少し俯いてうーむ。と唸った。やがて顔を上げてひとつ頷いた。

「はるばるミントスから女二人でここまでやってきたところ、女だてら腕っ節がよいとお見受けする。実は、わしの前の王がもしものときに備えて南の洞窟にパデキアの種を保管しておいたらしいのです。ですが、いつのころからか、魔物たちが洞窟に住みついてしまい、取りに行けないぬのだ。あなたがた、可能であれば南の洞窟からパデキアの種をとってきてはくれまいか? そうすればパデキアをさしあげることができる。」
「勿論です! わたしたちに任せてください。早速そこへいってきます。」

 言うが否やは王座からあっという間に姿を消した。アリーナも慌てて後を追った。ソレッタをそそくさ出て、まっすぐ南下する。それにしても、今まで四人で戦ってきただけあって、二人となった今、魔物を倒す時間もだいぶかかるようになっていた。だが、基本オールマイティなと、武術大会優勝と言う遍歴を持つアリーナの前には無力も同然だった。

「クリフトとブライの不在も結構な穴なのね。」
「回復魔法担当と攻撃魔法担当がいなくなりましたからね。その穴は、大きいですよ。」

 魔物と戦いを繰り広げながらも、半日後には南の洞窟へやってきた。南の洞窟に入る際、どことなく寒さを感じたのだが、奥に行くにつれてそれはただの気のせいではなく、本当に体感温度が寒いのだと気づいた。

「姫さま……なんかここ、寒いですね。」
「氷がはびこってるわ。滑らないように、それから凍えないように注意しないとね。」

 ここで氷に滑って頭を打って死んでしまって、クリフトも死んでしまったなんて事になったら最悪だ。どうやら慎重に進まなければならないらしい。

「ああ、姫、たいまつを灯しましょう。」
「そうね。じゃあ、いくわよ!」

 薄暗い洞窟の中を、頼りない灯りひとつで慎重に一歩一歩進めていく。暫く道なりに進んでいくと階段があったので、下っていき、再び歩いていく。すると、矢印がついたタイルのようなものが地面に幾枚もはめ込まれていた。
 アリーナが好奇心からそれに乗ってみたところ、アリーナは矢印に沿ってすう、っと綺麗に移動していった。

「ええええええ!??!?!?!?」
「わ、ま、まってくださいアリーナ様!!」

 慌ててタイルにも乗り込んでなんとかアリーナと同じ道をゆく。

「すごい仕掛けね、これ。先代のソレッタ王もこじゃれたことしてくれるじゃない。」
「ええ……。それほど重要なんですよね、きっと。パデキアというものが。」
「それにしても、いつ終わるのかしら。」
「さあ…。どうしましょう、このままとまらなかったら。」
「みんな死ぬわね。」
「ひ、姫ぇ……。」
「冗談よ、冗談!」

 時々アリーナの言葉が本気か冗談かわからないときがある。そのことを言おうとしたそのとき、急に目の前のアリーナがストップした。あまりに突然で、はアリーナの事を回避できずそのままアリーナにつっこんでしまった。たいまつがアリーナに触れないように必死に腕を突き上げて。

「はわわわ!」
「むぎゃ!」

 慌ててアリーナから立ち退くと、は前のめりに倒れているアリーナにあいている手を差し出す。

「大丈夫ですか? すみません…・…避けられませんでした。」
「あたたた……。平気よ。大体、あんなの避けられっこないわよ。」

 差し出した手を掴んで、アリーナは立ち上がった。どうやらタイルの道は終わったらしい。

「ここはどこかしら? っていうか、パデキアの種って一体どこにあるのかしらね……。」
「そういった宝物は最深部にあるのが相場ですけどね。階段を見つけてもっと下の階におりてみましょうか。」
「そうね。」

 の意見で最深部を目指すことにした。

(クリフト……無事でいてくださいね。お願いです。そうじゃなかったらわたし……。)

 あなたを追って死んでしまうかもしれません。