「よくやってくれた、アリーナ姫よ」

 嬉しそうな笑顔でひとつ頷いた王に、アリーナは「いえ」とにこり、微笑んだ。王の隣に座るモニカ姫も嬉しそうだ。、は三人の様子を眺める。それにしてもお腹がすいた。動き回っていたのはアリーナだが、生きているだけで
お腹というものはすくのだ。今にもなりそうなお腹をこっそり摩り、早く宿屋にいきたい、と心のそこから願う。

「今夜は我が城で晩餐にご招待しよう。わしの頼みを聞いてくれた礼じゃ。それから、部屋も用意したから今夜はゆっくりしていきなさい。モニカもアリーナ姫とお話をしたいそうじゃからの。」

 言われて、モニカ姫は少し頬を赤らめて頷いた。彼女は、”お姫様の鏡”とでも言えようか。しぐさや、立ち振る舞いなどアリーナとはかけ離れていることが、短時間でもわかる。彼女はアリーナと違って姫としての自覚を持って日々勉強しているのだろう。アリーナとは正反対のお姫様だ。

「ありがとうございます。ご厚意ありがたくうけとります。」



サントハイム城の異変



「エンドール王、昨夜はありがとうございました。私たちはこれから一度、サントハイム城へ戻って報告に参る事にしました。」
「おお。それはよい。旅路の幸福を祈るぞ。」
「アリーナ様、それにお供のみなさま、ぜひまたエンドールにいらしてくださいね。」

 こうして、アリーナ一行はエンドールをあとにした。昨夜からサントハイム王に報告したくてたまらなかったアリーナなので、足取りが軽やかだ。エンドール城下町を通り抜ける際、街中の会話が聞こえてきた。

「なんでも、武術大会を優勝したのは女の子らしいわよ…。」
「このご時勢、やっぱり女も強くなきゃいけないわよね。」

 というマダムの会話もあれば、

「どんな怪力女なんだかな。きっと、筋肉もりもりの女だぜ」
「想像するだけでぞっとするな」

 という若いものたちの会話もあった。(これにアリーナが暴走しかけたが、とクリフトが全力で止めた。)一夜にしてここまで有名になるとは、武術大会と言うもののすごさが伺える。そしてそれに優勝したアリーナのすごさも。

(それにしても……デスピサロと言う人、いったいなぜ勝負を放棄したのでしょうか?)

 聞くところによると、デスピサロがいなくなった途端、エンドール周辺から魔物がすっと消えたとか。謎だらけのデスピサロという存在。彼について思案を巡らそうとしたそのとき、アリーナから声がかかる。

「ねえ、、」
「……あ、はい。」

 すっかり自分の世界に入っていたは、はっとして顔を上げた。

「お父様、喜ぶかしら?」
「はい。それは勿論、娘のご活躍なのですから、喜びますよ。」

 肯定すれば、アリーナは顔をほころばせて「そうかしら?」とオレンジ色の長い髪をふわりと揺らして首をかしげた。「そうですよ。」とはうなづいた。「ね、クリフト?」話を振れば、待っていました!と言わんばかり首を上下に振る。

「ええ! ええ! 少なくともこのクリフト……すさまじい感動していますよ!」
「……別に、クリフトに感動してもらっても、なんてことないけどね。」

 アリーナの言葉に、クリフトがあからさまにショックを受けたような顔をした。はその顔に思わず噴出す。

「う、嘘よクリフト! そんな落ち込まないでよ。ね? ウソよ!」

 慌ててアリーナが否定するが、クリフトの心の傷はなかなか癒えない。彼は生来、落ち込みやすいのだ。それを知っているは、「クリフト。」と名を呼ぶ。彼は涙を目尻に浮かべた瞳でを見た。

「男の子は、泣いちゃいけませんよ。」

 クリフトはごしごし瞳から溢れ出そうな雫をこすって、はい! と元気よくこたえた。
 来たときのように祠へ行き、旅の扉に飛びこんで、あの妙な感覚に襲われながらもサントハイム領へやってきた。
 祠を出ると、まずはじめに傷だらけのサントハイム兵が倒れているのが視界に飛び込んできた。慌てて駆け寄り、抱き起こすが、一目で彼はどんな魔法を施しても死んでしまうとわかってしまった。

……さん。急いで、急いでサントハイム城へ、お戻り、くださ、………。」

 がく、と急に彼から力が抜けて、そのままかえらぬ人となった。はゆっくりと彼を地面に寝かせ、すぐ後ろにいるアリーナたちのほうを向く。

「サントハイム城で……何かが起こっています。急いで戻りましょう、姫。」
「……わかった。」

 はもう一度彼を抱き上げて、すぐそばの茂みにそっと横たわらせる。今は時間がない。彼には本当に申し訳ないがあとで土に埋める事にする。彼の最期の言葉”急いでサントハイム城に戻れ。”が頭の中を何度となく流れる。
 アリーナたちと祠の前で合流し、サントハイムへ向かって歩き出そうとしたときに、アリーナが、あ。と声を漏らす。

、ブライ。確かルーラ使えるようになったのよね?」

ええ。だの、いかにも。だの、それぞれの返事をする。

「今まであたしはあえてルーラを使わなかったわ。なぜなら、たくさんの魔物と戦って、強くなりたかったから。でも、いまはそんなこと言ってる場合じゃないわ。一刻も早くサントハイム城にたどり着くのが最重要ミッションだわ。」
「では、わしがやりましょう。」

 ブライがルーラを唱えた。がルーラ特有の、どこか旅の扉と似通ったあの感覚は訪れず、一向に祠の前にいる。
 妙な沈黙が流れる。その沈黙をなんとかしようとがルーラを唱えるが、やはり駄目だ。

「……なぜでしょう。」
「なにか不思議な力が働いているとしか、考えられませんな。」

 歩いていくより他はないみたいだ。仕方なく、アリーナ一行はもう何度通ったかもわからない道を通ってサントハイム城へ向かう。

(サントハイム城にて何が起こっているのでしょうか……。)

 あの兵士の雰囲気からすると、悪いことであるのは間違いないであろう。いろいろと悪い予想が浮かんでは消えて気が気でなかった。いちはやくこの目でサントハイムの現状を見たい。その一心だった。
 サントハイム王国と不穏な国は確かなかったはずだから、戦争をふっかけられたというのはないだろう。だとしたら、エンドール城にも一報が届くはずだ。協力要請の。だがそんな様子はエンドール王からは感じ取れなかった。むしろ、娘の結婚が避けられた事への安堵しか感じれなかった。他にあげられるのは、また王の身に何かが起こった、ということ。だが、さまざまな理由からそれはないと考えられる。
 思案を巡らせまくりの旅路が数日後ようやく終わった。目的地であるサントハイム城までやってきたのだ。サントハイム城の門をくぐると、ある異変を感じ取った。

「ねえ……なんか静か過ぎない?」

 アリーナの言う通り、サントハイム城から人のいる気配が感じ取れなかった。むしろ、アリーナたち以外誰もいないのではないかと錯覚してしまうほどだった。城内に入ると、いつもの門番がいない。人々の喧騒も聞こえない。何も、聞こえない。

「……あの、誰かいませんか!?」

  の叫び声が響き渡るが、返事はこなかった。

「や、やだ……冗談よしてよね。みんなして隠れちゃって、あたしたちを驚かそうとしてるんでしょ!? その手にはのらないわよ!」

 不安を隠しきれないまま、アリーナが叫ぶ。だがやはり、返事はかえってこない。ひたすらしん、と静まり返っている。そのまま一行は階段を登り、王座まで向かう。するとやはり、予想した通り王座には誰一人いなかった。サントハイム王も、大臣も、見張りの兵も。

「……どういうこと?」

 王座にて暫く沈黙していたアリーナがやっとこさ声を絞り出す。

「あたし……武術大会で優勝したって、報告しに来たのに。お父様、どこにいるのよ……ッ!」

 がく、と力が抜けたように膝立ちになり、肩を奮わせる。アリーナの瞳から涙が零れ落ちる。が駆け寄り背中をさする。無理もない。お城から人っ子一人消えてしまったのだ。どこへ行ったかもわからず、生きているかもわからない状況。救いなのは城に血が流れている様子なく、争ったわけではないと言うことだ。

「ブライ殿、私たちは城内を隈なく捜して、誰かいないか捜しましょう。」
「そうですな。」

 クリフトとブライは王座を立ち去り、捜索に向かった。


「姫……。」

 泣き続けるアリーナにかける言葉が見つからず、ただ背中をさすることしかできない自分に腹が立った。

「……、ありがとう。」

 そういうとアリーナはすくっと立ち上がって涙を無造作にふき取る。どうやら少し立ち直ったらしい。すると丁度クリフトとブライが帰ってきた。二人の様子から、サントハイム城には誰もいなかったらしいことが読み取れる。

、クリフト、ブライ、よく聞きなさい。どうやら父上やサントハイムの人々は、どこかへ消えてしまったらしいわ。そこで、残されたあたしたちはなにをすればいいか。勿論、消えちゃった人たちの捜索よ。」

 三人は頷く。

「あたしの力試しの旅は、今よりサントハイムの人々が消えた謎を解く旅とします!それから、同じく消えたデスピサロのことも捜してみたいわ。ちゃんとデスピサロに勝ってからじゃないと、優勝者としてなんとなく後味悪いもの。」
「そうですね。」
「だから……いくわよ。いつまでもここに留まってないで、ね。少しでも手がかりを見つけるために。まずは旅の扉らへんで亡くなった兵士を埋めてあげましょう。」

 消えたサントハイムの人々。デスピサロ。謎は尽きないが、今は先に進むしかない。アリーナ、、クリフト、ブライの旅が新たに幕をあけた。導かれしものたちの光が勇者のもとへ集うのも、そう遠い話ではない。