「随分高い塔なのね。これなら、エルフが舞い降りてもおかしくない気がするわ。」

 天高く空まで続いている塔を見上げて、感嘆を篭めて呟くアリーナ。その横でクリフトがガタガタと震えながら俯いている。彼の異変にいち早く気づいた

「どうしたんですか?」
「な、なんでもないです……。ええ、ほんと、なんでもないんです。」
「……自己暗示しているようにしか見えませんが。」

 うわごとのように大丈夫。大丈夫。大丈夫。と呟き続けるクリフトに苦笑いを浮かべる。その様子を見て、なにか思い出したようにはあ、と呟いた。

「そういえばクリフト、高いところ苦手でしたよね。」
「あら、そうなの?」

 アリーナはにんまりと笑って、いかにも小ばかにした感じだ。

「……苦手と言うか、ただ高いところは、少し、駄目、っていうだけで……。」
「それを人は苦手と言うのです。」

 ぴしゃりとに言われて、クリフトは乾いた笑い声を上げる。

「どうします? 待ってますか?」
「……姫様の手前、かっこ悪いところを見せるわけには行きません。いきます、よ」
「どうなっても知りませんからね。 ―――姫、クリフトはいくそうなので、早く最上階目指しましょう!」

 男のちんけなプライドにあきれつつも、はさえずりの塔を見上げた。……こんなに高くて、クリフトは精神を狂わせないといいですけど。



さえずりの塔の訪問者



 クリフトの表情はずっと固く、ずっと無言でただひたすら歩いていく。その横を、いつも通りが歩くのだが、心配になって何度か「大丈夫ですか?」とたずねるのだが、クリフトは黙って頷くだけだった。
 こんなことなら最初のとき意地でも置いてくればよかった。と後悔したが、後の祭りだ。クリフトには、心苦しいがもう少し頑張ってもらうしかなさそうだ。
 それにしても、この塔は一体どこまで続くのか、全く見当もつかない。モンスターと戦い、仕掛けを解いていき、歩き……。やアリーナはまだいけるが、ブライは年も年だ。心なしか辛そうに見える。クリフトはただ単に高所が怖いだ。あまり問題はない。

「ブライさん、平気ですか?」

 聞けば、ブライは急に笑い出した。

「なあに。このブライ、年なんかに負けませんぞ。ほれ、この通りぴんぴんしておる。」

 と言い、無理やりジャンプして見せたが、とても苦しそうだ。いたたまれない気持ちで見ていたのだが、アリーナがとうとうブライにびしっと言った。

「ブライ、年なんだから無理しないほうがいいわよ。」
「な、なんですと! 姫、このブライ、年を感じた事なんぞ生まれてこの方一度もありませんぞ! むしろいまどきの……」
「はいはい。わかったわよ、もう。このまま歩き続けて死んでもしらないからね。」

 ブライのプライドにより、彼も歩き続ける事になった。は苦笑いして、ブライとクリフトとを見て、やはり男とは虚勢を張りたがる生き物なのだ。と感じた。それはどうやらアリーナも同じらしく、のほうを振り返り、肩をすくめやれやれと言った感じに笑った。
 たぶん最上階へ繋がるであろう、大きく立派な階段を目の前に、一行は休憩もかねて立ち止まった。ブライの顔は疲れきっていた。何も喋るつもりがないらしく、口を固く閉じている。クリフトはもう平気なようだった。不思議に思って、が少し前にたずねて見ると、「外を見なければ大丈夫なことに気づきました。」とのこと。
 大事なのはやはり気持ちの持ちようなのだと思った。

「もうすぐ最上階よ。」
「ブライさん、大丈夫ですか?」
「……これでエルフがいらなかったら、わしは……。」
「だ、だいじょうぶですよ!……たぶん。」

 確かに、ここまであがってきたはいいが、もしエルフがいなかったら、すべては無駄骨になるし、サントハイム王の声が出なくなった事への打開策がなくなってしまう。駄目でもともとで来たのだが、ここまでくると、エルフの薬を意地でも手に入れたくなる。
 ブライなんかは、発狂でもしそうな勢いだ。

「じゃあいくわよ。」

 アリーナが勝気に髪を揺らしながら階段を、ツカツカと足音を立てて上がっていく。それに続きが、クリフトが、そして心なしか足取りが重いブライがつづく。
 階段を上がりきると、そこには小庭のようなものが広がっていた。まるで、箱庭にでも迷い込んだようだ。緑の草や、色とりどりの花が咲き誇り、丁度一行の目の前に四角く穴が開いていて、真っ青な空が見える。
 そしてその箱庭のようなところの中央の、小さな池のほとりに、二人の人のようなものがいた。一行が気づいて何か言おうとする前に、その二人がこちらに気づいて驚きを露にした。

「きゃ! ニンゲンよ! リース、帰るわよ!!」
「あ、はいお姉さま! わわ、薬落としちゃった!」
「いいわよそんなの、さあ早く!」

 リースと呼ばれた女の子の手を引き、リースたちは四角い窓のような穴から天空へ舞っていた。彼女たちは紛れもない、本物のエルフだった。突然の展開に、呆然としていたが、やがてが口を開いた。

「……本当にいましたね、エルフ」
「はっそうだったわ!」

 アリーナがいそいそと池のほとりへ駆けつけると、差し込んでいる太陽の光にきらりと反射したガラスのビンを発見し、拾うと、その中にはとろとろの蜜が入っている。これはきっと、

「さえずりの蜜よ!!」

 くるりと振り返り、手に入れたそれを天に掲げて三人に見せると、は拍手をし、クリフトが無邪気に手を振り上げた。

「本当に、本当によかったですな……!」

 王の声が戻ることが嬉しいのか、努力が報われて嬉しいのか、はたまたどちらもか。ブライは感涙を流している。
 クリフトが慌ててハンカチを渡すと、いろいろな液でぐちゃぐちゃになった顔を無造作にふいた。

「さあ、急いでサントハイムに戻りましょ!」

 ビューン、とアリーナは三人の間を駆け抜けていった。跡を追うように風が吹き抜けていき、の髪をやわらかく揺らした。喜びをかみ締めながら、アリーナの後に続いて階段を下りていった。王の声が戻ってくる。それが純粋に嬉しかった。
 はたして、王がなぜ声を失ったのか。そして何があったのか。すべての謎を解くために、今はサントハイムに一刻も早くつかなければならない。そう思うと、自然と足取りが速くなった。ちらり階段を下りている際にブライの様子を伺うと先ほどの疲れ切った様子なんて微塵も感じさせないほどの軽やかさだった。