何日かかけて、サントハイム城まで戻ってきた。急ぎ足で来たため、来るときよりも引き返すときのほうが早くたどり着いた。見慣れたサントハイム城が懐かしく感じたが、懐かしむ間も無く王座まで駆け足で向かう。早く王に会って、容態を自分達の目で確かめたかった。

「お父様!」

 階段をいち早く駆け上がったアリーナが、開口一番に叫ぶと、傍に控えていた大臣が、待っていたと言わんばかり「おお!」と声をあげてアリーナたちのもとへやってきた。王は別段変わった様子はなかったが、口をぱくぱくさせているあたり、やはり声がでないのだと感じられる。

「よくきてくれました姫……。もう聞いているかと思いますが、王のお声がでなくなってしまったのです。」

 城の人が見たら先行きに不安を感じそうな表情をそのままに、大臣は言った。

「あの、原因は何なんですか?」
「それが、わからないんだ……。」
「原因が、わからない?」

  が訝しげに目を細め首をかしげる。原因不明とはたちが悪い。王を見れば、困ったような笑顔を浮かべていた。その笑顔がなんだか胸がぎゅっと締め付けられた。

「この国は王で持っているようなものです……。民には心配させないように、何も言ってありませんが…。」

 后は姫が小さいころに亡くなったし、息子もいない。唯一の娘であるアリーナは自由奔放に毎日過ごしている。実質王だけでサントハイムを統治していたのに、その王の声が出なくなってしまったのである。原因もわからず。
 そんなことが民に知れてしまえば、混乱するだろうし、政治が乱れてしまう。

「大臣殿。」

 後ろからしわがれた男の声が聞こえた。振り向けば、ゴン爺が杖をついて立っていた。ゴン爺とは、古くから裏庭に住むおじいさんのことで、もよく知っている人物で、昔はよく遊んでもらったものだった。

「おおゴン爺! 今の話、聞いておったか? 何かわかりませんかな……?」
「わしの知るところによると、その昔、詩人のマローニも喉を痛めたとか。しかし今は美しい声。何か知っているかもしれませんぞ。」
「よし!! 、クリフト、ブライ、いくわよ!」
「「はい!」」
「王……暫くの辛抱ですぞ。」

目指すはサラン。マローニが住む町へ。



にならないを伝える



 サランへは数十分でたどり着いた。相変わらずのどかな町で、数日前立ち寄ったときとなんら変わりない。宿屋のバルコニーでは、マローニが美しい声で歌を奏でている。たちはマローニのもとへ駆け寄った。

「マローニさん! あの、昔喉を痛めたってホント!?」

 挨拶もなおざりに、アリーナが吟遊詩人のマローニにたずねると、突然の事にそれほど驚いた様子もなくマローニは「おや」と穏やかに微笑んだ。

「これはこれはアリーナ姫。ご機嫌麗しゅう。」

 マイペースなのだろうか。切羽詰ったようなアリーナの空気に流されることなく、マローニは綺麗な声でのんびりと挨拶をした。仕方なくアリーナも小さくこんにちは。と呟くように挨拶をした。これには後ろに控える三人も苦笑いをした。

「喉、ですか?」

 彼とアリーナたちの間に時差があるのかは謎だが、相変わらずの笑顔のまま、小首を傾げて疑問系で返してきた。若干彼のマイペースさに苛々しながらも、アリーナは頷いた。

「ええ。昔、喉を痛めたって聞いたんだけど。なんで今はそんな美しい声で歌を歌えるのかしら?」
「ああ、それはですね、さえずりの蜜というエルフの薬を飲んだからだと思いますよ。昔、砂漠のバザーで見つけました。」

 さえずりの蜜……。とアリーナは復唱し、ありがとう! と礼を告げると、少し離れた場所で待機しているたちの元へ戻ってくる。

「さえずりの蜜っていうのが、砂漠のバザーに売ってるらしいわ。それを買いにいくわよ!」

+++

 大臣にさえずりの蜜のことを言うと、アリーナたちは再び砂漠のバザーを目指して旅を始めた。旅を始めたころよりも随分と強くなった四人にとって、道中の魔物たちは最早敵ではなかった。
 足早に砂漠のバザーまでの道のりを行く。

「王様……なぜ声が出なくなってしまったんでしょうか。」

 隣を歩くクリフトに、答えなんてわかるはずのない質問をしてみれば、案の定クリフトは苦笑いを浮かべて、さあ。と肩をすくめた。

「私には見当もつきません。ただ……私達が旅に出てからの出来事なので、少し引っかかりますね。」

 顎に手を添えて、思案を巡らせるように視線を巡らせて、んー。と唸る。だがわからないものはわからない。いくら思案を巡らせても、やはり答えはでなかった。

「王様の喉が治ったら、きっとわかりますよね。」

  の言葉に、クリフトがええ。と頷いた。前を行くアリーナに後れを取らないように、とクリフトも歩みを速めた。

+++

「ええーーー!?ないですって!?!!?」
「昔一個だけあったんだけどね。もう残ってないよ。」

 アリーナは身を乗り出して、絶望に打ちひしがれた顔で口をパクパクする。これでは王の声は戻らないし、サントハイムと砂漠のバザーと言う長い道のりの往復もすべて意味がなくなる。やクリフト、ブライも口をあんぐり開けて何も言えずに戸惑いの表情を浮かべている。
 ぱたぱた、と団扇を仰ぐ音だけが四人を支配する。

「でも、エルフがくるっていう西の塔ならあるんじゃないかな?」

 団扇を扇ぎながら、店主が暑さでだるそうな顔で言った。その言葉に、一気に希望の色が戻ってくる。

「それ! どこ!!」
「名前のとおり、ここから西にある塔だよ。ただ、そのクスリがあるかどうかはわからないけどね。あくまで可能性だよ。」

 くるりと振り返ったアリーナは、額に滲んだ汗をぬぐい、「いくわよ!」と輝きに満ちた表情で高らかに言い放った。エルフが都合よくあるとはあまり考えられないが、少しの希望にかけて、四人は西の塔へ向かった。