サントハイム城には、アリーナ姫と言うおてんばなお姫様がいました。姫は閉鎖的な城の生活にうんざりしていて、いつも外の世界へ行ってみたい、と思っていました。ですが、仮にもお姫様。王である父がそんなことは許しませんでした。
 そんなある日の事……。

「……ッ!」

 城の護衛組織であるサントハイム騎士団所属のは、目をこれでもかと言うほど見開いて口をぽかーんとあけ、呆然としている。隣にいた神官、クリフトも同じような顔で静止していた。
 砂埃が舞う中、女性の嬉々とした声が静寂を破る。

「よーし! いってきまーっす!!」

 先ほど、自室の壁をご自慢の足で蹴破り、二人を仰天させたアリーナ姫が、開けた穴から、ヒョイ、と飛び降りようと駆け出す。

「姫様! なりません!!」

 我に返ったとクリフトは、飛んでいこうとしたアリーナを追いかけ、後ろから抱きとめて寸のところで止めた。ほっと息をつくのも束の間、アリーナは腕からするりと抜けて振り返り、眉を吊り上げて怒鳴る。

「何すんのよ! 邪魔しないでちょうだい!」
「しかし、アリーナさまに何かあったら私達……じゃない、王様がどれほどお嘆きになるか!」
「お父様は過保護すぎるわ。もう……」

 不機嫌そうにため息をついて、脱出を諦めてつかつかとドアへ向かって歩き出した。とクリフトは顔を合わせて苦笑いすると、黙ってアリーナの後ろをついていった。



おてんば姫の冒険の始まり



「アリーナ、ブライから聞いたのだが、力試しの旅に出たいと申しているとか……。ならぬ、ならぬぞ! お前は女、しかもわが国の姫なのだぞ。怪物どもが住む外の世界へ出るなどこのわしが許さん!」

 ご立腹のご様子のサントハイム王の話を聞いていたアリーナはむすっと頬を膨らませて、べー! と舌を出して悪態をつくと、ぷりぷり怒りながら王座を立ち去った。傍に控えていたがハラハラと王とアリーナとを何度も見比べて、心配そうに眉を下げる。

よ、ちょっとよいかな?」
「ハッ、ハイ!」

 びくっと肩を揺らしながら、は返事をし、急いで王の前に跪いた。

「なんでしょうか」
「わかってるとは思うが、アリーナの事じゃ。アリーナはまた、近いうちに城を抜け出すであろう……。そのときはがアリーナについていってはくれぬか? やはりあやつ一人では不安じゃ。ブライやクリフトにも話しをつけてある。よろしく頼むぞ」
「はい! 姫のことは命にかけて守ります!!」

 目を輝かせてどん、と胸を叩くと、王は笑い、大きく頷いた。

「よし、心配いらんな。では下がってよい。さっそくアリーナの部屋の見張りにいってくれ」
「はい!」

 謁見を終了し、緩む頬をなんとかしようと苦戦しつつ、は階段を上がる。目指すはアリーナの部屋。

(姫と旅……王には悪いですが、楽しみです!)

 姫との旅を妄想し始めたとき、先を行く人が目にはいった。神官服を身にまとい、神官帽から見える髪は綺麗に切り揃えられている。彼はと同じアリーナ姫のファンであり、ライバルである人―――その名を呼ぶ。

「クリフト」
「ああ、。貴女もアリーナさまのところへ?」

 クリフトは振り返り、足を止め、が追いつくまで待つ。

「はい。……クリフトも王に言われたのでしょう? 旅へついていけ、と」

 追いつくと、二人は一緒の歩幅で歩き出す。

「ええ。アリーナ様のことは命に代えても守りましょう」
「ですね! わたし、クリフトに負けませんよ?」

 微笑みあっているうちに、アリーナの自室前にやってきた。しばらくここでじっとアリーナの出方を待とうとしたそのとき、すさまじい轟音が響く。

「ぎゃああああああ!!!!!」
「うわああああああ!!!!!」

 はクリフトに飛びつく。クリフトはを守るように抱きしめた。
 しばらく経って、どちらともなく離れ、ドアをノックするが返事がない。二人は顔を合わせて頷いて、部屋に入る。部屋には思ったとおり砂埃が舞っていて、今日仮ではあるが修理した壁が見事にぶち壊されていた。早速アリーナが脱出を試みた事がわかる。
 二人は急いでアリーナが蹴破ってできた穴から飛び降りる。するとそこにはやはりアリーナがいて、二人に気づくと罰の悪そうな顔をした。

「まあーたあんたたち……」
「アリーナ様、旅に出るならこのクリフトもお供します!」
「及ばずながらこのわたし、もサントハイム騎士団を代表してお供させていただきます!」
「ええー……」

 露骨に嫌そうな顔をされたが、そんなことでめげる二人ではない。満面の笑みでついていく気満々の様子に、アリーナはやれやれ、と笑った。

「しょうがないわね。いいわよ、行きましょう」
「姫! この爺めもついていきますぞ!」

 ぴょん、と二人に遅れて穴から出てきたのはブライ。彼もアリーナの冒険についていくよう言われた一人だ。小さい頃よりアリーナの面倒を見てきた、いわゆる、じいやであった。
 アリーナは、年なのに大丈夫なのかしら。なんて思ったりもしたが、彼が頑固者であることは知っていたので、言っても聞かないことは目に見えてわかっていた。なのでアリーナはしぶしぶながら了承した。

「もう……本当は一人で気ままに冒険したかったのに。まあ、は誘おうと思ってたんだけどね?」
「本当ですか!?」
「うん。だってと一緒に行けたら楽しそうだもの」
「う……嬉しいですアリーナ様! わたし、アリーナ様のためにがんばります!」
「うう……ずるいです!」

 アリーナの言葉に心の底から感動したは、武器である槍をブンブン振り回して喜んだ。
 こうして、姫と神官と魔法使いと騎士の、世界の命運のかかった冒険が始まった。導かれし九つの光のうちの四つが今、動き出したのだった。

「ああアリーナ様。ヨソの大陸へ行くのは駄目ですよ。王様の目の届く、サントハイム大陸の範囲でお願いしますぞ」
「……はいはい」

 ブライの言葉に、アリーナはうんざりしたように頷いた。