は甲板で風当たっていたホークアイを見つけると、隣に赴いた。ホークアイと話したいことがたくさんあった。
「ホークアイ」
「お、。デュランから聞いたぜ、魔法使えたんだって?」
「えーデュランったら言っちゃったの? 驚かせたかったのに」
「ははっ。初めての瞬間、オレが見たかったんだけどな。それに……」
ホークアイは言いながらの額をガシガシと撫で、「ん?」と眉根を寄せた。
「、おでこが熱いぜ」
「え、ほんと?」
「熱いよ、ちょっとまて」
といってホークアイは改めてのおでこに手を添えた。添えられた手は冷たくて、気持ちがいい。言われてみれば身体が熱っぽいかもしれない。身体が疲れているからだろうか。ホークアイはますます難しい顔になった。
「……、絶対に熱がある。寝なさい」
いつものホークアイらしからぬ、真面目な物言いだ。
「でも……」
「でーもーじゃーなーい。駄々こねるなら、抱っこして連れてくぞ」
有無を言わせぬホークアイの物言いに、は諦める。熱があると思った瞬間、畳み掛けるように身体がだるくなった気がする。
「……わかった。少し寝てる。バイゼルについたら起こしてね」
「勿論、寝坊助ちゃんが寝過ごさないようにするぜ。じゃあほら、客室に戻ろう」
ホークアイに肩を抱かれながら歩き、女子の客室にやってきた。部屋には誰もいなかった。そこでは、先程ホークアイが「それに」となにかを言いかけていたことを思い出す。
「そういえば、さっきなにか言いかけてなかった?」
「ん? ああ、大したことじゃないから、熱が下がったら言うぜ。今言ったらちゃんの熱が益々上がっちゃうだろうからな。それじゃあオヤスミ。なんかあったら遠慮なく言うんだぞ」
「気になるなぁ。でもわかった。バイゼルにつくまでには治すから。おやすみなさい」
ホークアイが帰った後、倒れ込むようにベッドに入り、目をつぶった。頭がガンガンと痛んで、身体がとても重い。これは完全に風邪を引いている。薬なんて言うものは勿論ないため、己の免疫力に賭けるしかない。目をつぶるとすぐに睡魔がやってきて、そのまま眠りの世界に落ちていった。
夢を見た。夢の中には見たことのない男性がいて、「どうもー」と笑っている。
「私、幽霊マニアのマタローと申します……とうとう、念願の幽霊になることができましたー。十分満喫しましたので、そろそろ帰りますうー。この感動をあなたにもーさようならー」
マタローと名乗る男は、一方的に喋ると消えていった。すると、身体が浮遊感に包まれて、天に昇っていくような不思議な感覚になる。
「……え?」
これは、本当に夢なのか? 自分の手が、身体が、透けているではないか。しかも先ほどまでの身体の熱っぽさやだるさが消えている。慌ててあたりを見渡せば、いつの間にやらリースやアンジェラ、シャルロットがベッドで眠りに就いていた。夢にしてはやけにリアルな映像だが、これは明晰夢と言うやつなのだろうか。それとも……?
「みんなー、聞こえるー??」
の声は虚しく闇に溶けていく。寝ているから聞こえないのだろうか。
「ねえってば」
と言い、アンジェラの肩に触れようとした。すると、の手はアンジェラの身体を通り抜けていった。
「……え?」
通り抜けた? そんなまさか、とはもう一度アンジェラに触れようと試みる。けれどやはり、先程と同じようにの手はアンジェラの身体を通り抜けていく。もしかして自分は……と、気づいてしまった。その瞬間、さあっと血の気が引いていくのを感じ、こみ上げてくるものを抑えきれなかった。
「ギャアアアアア!!!!」
の悲鳴に、アンジェラがびくっと肩を震わせる。
「な、なに!?」
がばっと起き上がるとアンジェラはあたりを見渡す。それからリースとシャルロットも、のただならぬ悲鳴に起き上がった。どうやら声は聞こえているようだった。
「なんだどうしたの、そんなに身体を……透かし……て……? え?」
アンジェラがを見て、段々とただならぬ状況に気づいていく。
「やっぱわたし……透けてるよね? これ、夢かなあ」
あまりに突然で理解を超越した出来事に、は現実逃避を始める。
「夢だと思いたいけど……私は現実だと思います」
リースがを見ながら呆然と言う。シャルロットも何度も頷いている。
「さっき……幽霊マニアのマタローって人に、この感動をあなたにもって言われたの……うわぁぁわたし幽霊になっちゃった……どうしよぉぉぉ」
半べそをかきながらが言うと、フェアリーが現れる。
「うるさいわねえ、死んだわけじゃないんだから落ち着いて!」
「なんでフェアリーはそんなに冷静なのぉぉ」
「これはさっきの人に呪いを移されたのね。この呪いをかけられたら、別の誰かに呪いを移さないと一生この船から出られないよ」
冷静に状況を説明するフェアリーの言葉に、は近くにいるアンジェラを見る。
「アンジェラ、呪いはいかが?」
「結構よ」
にべのなく断られて、は「アンジェラーー!」と泣きつく。が、勿論すり抜けてしまう。「とにかく」とフェアリーは仕切り直す。
「この呪いのもとになるものはこの船のどこかにあるはずよ。それを残されたみんなで探しましょう。それにこの船にはかすかに精霊の気配を感じるの。でもなぜかとても弱いのよ」
「わかりました。他の皆さんにも事情を説明して、船の中を探しましょう」
リースが早速準備を始めて、続けてアンジェラとシャルロットも武器を手に取った。
「みんな、こんなことになっちゃってごめんね」
「いいんでち。ホークアイしゃんが、しゃんはたいちょーがわるいっていってまちた。ゆーっくりやすむでちよ!」
準備を終えると三人は呪いのもとを探しに部屋を出ていった。一人になってしまったは、フェアリーはいるものの、こんな幽霊船で一人という事実に急に恐怖を感じた。
「は幽霊が怖いんでしょ? 晴れて幽霊になったんだから、怖いものなんてあるの?」
フェアリーはの頭の中を覗ける。覗けると言うよりかは分かってしまう。例によっての心中を察したフェアリーがの前で呆れたように言う。確かに、幽霊が幽霊を怖がるなんて、変な話だ。
「晴れて幽霊って変な言い方やめてよね。まあ確かに、自分が幽霊なんだから、幽霊が怖いってのはおかしいけどさ……。ほんとフェアリーって可愛い見た目してスパスパ切れ味のいいこと言うよね」
と、そのとき、先程三人が出ていった扉がすごい勢いで開け放たれる。その物音には悲鳴を上げる。やはり幽霊になったといえど、怖いものは怖い。顔の前で腕をクロスして防御の姿勢を取るが、聞こえてきた声にすぐにその体制を解いた。
「!!」
「ホークアイ?」
ホークアイはのもとに駆け寄ってきて、勢いをそのままにを抱きしめようとした。が、ホークアイの腕は身体をすり抜けていく。その腕を、ホークアイは悲痛な面持ちで見る。本当に幽霊になってしまったのだと実感したようだった。
「……ほんとに幽霊になっちまったのか!?」
ホークアイの焦りを滲ませた声に、はこくんと頷いた。
「そうみたいなの。でもわたしは平気だよ」
「本当に平気なのか……!? 呪いをかけられたって。オレはそいつを絶対に許さねえ! 一刻も早くオレが呪いを解いてやるからな。、ああ、ゴメンな……。何もできない自分が腹立たしいぜ」
珍しくホークアイが取り乱したような様子で、は少し驚く。多少自分が幽霊という状況にも慣れてきたということもあり、ホークアイの様子を冷静に見ている。ニキータのときも思ったが、いつも余裕綽々のホークアイがこんなに感情のまま取り乱している様子は、とても不思議に感じた。
もしかしたら、“呪い”というものに敏感ということもあるかもしれない。無意識にジェシカの姿を重ねて、それで―――
「ダイジョブだよ。わたしのほうこそ、何もできなくてごめんね。呪いのもとを倒してくれるのを待ってるね」
触れられないけれど、ホークアイの手に自分の手を可能な限り重ねて、包み込む。ホークアイは少しずつ落ち着くを取り戻していく。
「ああ……わかった。いってくる」
「ちょっとホークアイ、が心配なのはわかるけど、のためにもちゃっちゃと呪いのもとを倒しに行くわよ」
いつの間にやら開け放たれた扉の奥にはみんながいて、アンジェラが声をかけたのだった。デュランとケヴィンが心配そうにのことを覗いている。
「そ、そうだぞホークアイ。のためにも、一刻も早く呪いのもとをぶっ倒そうぜ」
だから早く戻ってこいと言わんばかりにデュランが言った。
「、オイラ絶対にのことを助ける! 少しだけ待ってて?」
ケヴィンが太い眉毛を下げてこぶしを握っていた。みんなの温かい言葉には自然と笑顔になっていた。
「ありがとうみんな。よろしくね」
こうしては残り、他のみんなで幽霊船での探索が始まった。