その日はローラント城でささやかな祝杯があげられた。ローラントではまだまだやることが山積みだが、今日くらいはすべて忘れて国を取り戻した喜びに酔いしれたいということで、皆でどんちゃん騒ぎを起こして、泥のように眠った。
 翌日、じいやアマゾネスたちに見守られながら、一同はローラント山岳を下山して漁港パロへと向かった。その道中、たちはリースに対し、バイゼルの奴隷商人から手に入れた情報を伝えた。赤い目の、不気味な男。リースは頭に刻み込むように復唱し、ありがとうございます。と微笑んだ。
 は全然疲れが抜けきらず、寧ろ昨日よりも疲れているような気さえした。これが魔法の反動だとしたら、毎回こんなふうになるのはきつい。魔法を使うごとに強くなれれば良いのだが。
 ナバールは撤退したため、パロも解放されているはずだ。パロに到着すると、ちょっとした騒ぎが起きていた。騒ぎのもとに駆けつければ、なんと尻餅をついたニキータが囲われているではないか。囲っているものは皆殺気立って、今にも襲いかからん勢いだった。

「お前のせいで町はめちゃくちゃだ!」

 男が一人が声を上げた。それに呼応するように他の者達も騒ぎ立てている。リースとホークアイがほとんど同時に走り出していた。

「ニキータ!」

 ホークアイが座り込み、ニキータを庇うように抱きしめる。

「ホークアイのアニキ! 助けてえ!」

 ニキータは叫ぶ。そのことでホークアイは、美獣がかけたニキータの術が解けていることに気づく。

「みなさん、やめてください!」

 リースがニキータとホークアイを守るように前に出て叫ぶ。するとリースの顔を見た町人たちは、まさか王女が出てくるとは思わず、困惑を顕にする。

「リ、リース様! でもこいつ、ナバールのやつですぜ! ローラントをめちゃくちゃにした……!」

 王女が登場したとはいえ、まだ腹の虫がおさまらないらしい。

「皆さん」

 ホークアイが立ち上がり、リースの横に並んだ。

「こいつもナバールのものですが、心を操られていて、どうすることもできなかったんです。許してやってください、このとおりだ!」

 ホークアイは座り込み、頭を地面に擦り付けた。土下座をしているのだ。これには殺気立っていた町の人達も面食らう。リースが庇っているということもあるだろう。
 いつも飄々としているホークアイが仲間のためになりふり構わず頭を下げている。の胸は様々な思いでいっぱいになった。何より、何もできない自分に不甲斐なさを感じる。けれど何よりも、仲間のためにここまでできるホークアイを、世界で一番かっこいいと思った。
 その様子を見て、一番前で今にも殴りかからんとしていた男は、ポツリと呟いた。

「……まあ、そうやって頭を下げられちゃあ許さないワケにもいかねえ……行こうぜ」

 その一言を皮切りに、ニキータを囲っていた者たちは散っていった。
 漸く落ち着きを取り戻すと、ニキータは「うおおお!」と雄たけびのような泣き声をあげながらホークアイに駆け寄り、抱きついた。

「アニキー! 助かったなぉう!!」
「落ち着けって、ニキータ」

 ぽんぽんとニキータの肩を叩けば、ニキータはホークアイから離れて、改めてホークアイが旅立ってからのナバールの様子を話してくれた。

「アニキが旅立ってからすぐにナバールは、アイツが大っぴらに呪術で全員の心を操り始めたんにゃ。事前にそれに気づいた逆らおうとしたやつは、美獣が召喚した悪魔によって皆殺しに……すでに呪いをかけられていたジェシカさんは、新たな呪術がかからないせいか、心が操られずに済んだにょですが、地下牢に入れられてしまい……あの地下牢、アニキが脱走してから壁が何重にも強化されてしまい、もうオイラにはどうすることもできにゃくなってしまったんにゃ。やがてオイラも操られ……」

 ホークアイは辛そうな面持ちでニキータの話に耳を傾けていた。話が終わると、「そうか……」と視線を落とした。

「ニキータ、お前はもうナバールには戻るな。危険すぎる」
「うっうっ……ジェシカさんを守れにゃかった……」

 大きな瞳に涙を溜めて、ニキータが悔しそうに言った。そんなニキータに、ホークアイはニッと笑みを浮かべた。

「気にするな。ジェシカだけ心を操られずに牢屋に入れられているということは、美獣もすぐにはジェシカを殺すつもりはなさそうだ。オレたちは一刻も早く精霊たちを見つけてマナの剣を手に入れて、ジェシカの呪いを解く。ニキータはローラント城に事情を説明して、匿ってもらえ」
「わかったにゃ。……アニキたちもお気をつけて」

 ニキータをローラント山岳の入り口まで見送ると、ホークアイは「騒がせたな!」と朗らかに笑み、「さあ、フォルセナに戻ろうぜ」と言った。英雄王には、土の精霊ノームと風の精霊ジンを見つけたら戻ってくるように言われていた。港には丁度船が一隻停泊していて、一同は滑り込むように船に乗り込んだ。
 船に乗ってからは各々好きなように時間を過ごしていた。一つ気になったのは、乗客が他に誰もいないということと、船がやたらと傷んでいるということ。船の痛みは経年劣化によるもので、乗客が少ないのはナバールから解放されてまだ時間が経っていないからだろう、とは思ったが、それは正常性バイアスの仕業であったことを後程思い知る。このあと、普通は体験できないようなクルージングツアーが待っているとは、このとき誰も思わなかった。