(よし、いくぞ、いくぞ!! わたしはできる!!)

 二度も魔法を唱えられたという高揚感をそのままに、ロッドに祈りを注ぎ込む。するとロッドが淡く光を放ち始める。そしてロッドを振りかざし、あのときの感覚を思い出しながらツェンカーに向けてロッドを振り下ろせば、攻撃を加えることに成功した。
 おそらく、ゲーム的に言えばMPをこのロッドに注ぎ込めば、魔力が貯まって、それを放出することができるのだろう。そしてMPはおそらく精神力とか集中力とかそういうものを指しているのだろう。三回目の魔法を放出したあと身体というよりかは精神的にどっと疲れた。とても集中して勉強をしたあとのような疲労感だ。なんとか精神力をかき集めて魔法攻撃を食らわせなければ……と再びが集中を始めたそのとき、

「おりゃあああ!!」

 デュランがツェンカーに止めを刺すとツェンカーは断末魔の悲鳴を上げて姿を消した。なんとか勝ったのだ。デュランが剣を鞘に仕舞っているところには駆け寄る。デュランが仕舞い終えるのを確認すると、は高揚した気持ちをそのままにデュランに抱きついた。

「んなっっ!」

 デュランは驚愕の声を上げるが、はそんなことに構わずに「勝ったね!!」と喜びを口にする。

「ねえ、デュラン、わたし、魔法使えたの!!」
「あ、お、おう! ばっちり見てたぜ!! でも、恥ずかしいから離れろ……!」

 わたわたとデュランは言うが、自ら離れようとはしなかった。いつになく積極的なに戸惑いつつも、成されるがまま、頬を赤らめる。

「たまにはいいじゃない! 魔法が使えたことも、あの魔物に勝てたことも嬉しいの!」
「ちょっと、お取り込み中申し訳ないけど、ジンの意識が戻ったわよ」

 咳払いとともにフェアリーが現れて言うと、は本来の目的を思い出し、照れ笑いを浮かべながらデュランから離れた。我ながらはしゃぎすぎてしまったようだ。それからジンのもとへと駆けつけると、ジンは丸い瞳を緩慢な動きでぱちぱちと瞬いていた。まだぼんやりとしているようだ。

「ジンさん、しっかりして」

 フェアリーがゆさゆさと揺すると、少しずつジンの意識がはっきりとしていった。

「ぷう。助かったダスー」

 ぷう? ダスー? とてつもなく可愛くて、見た目にあっている口調に、は少し胸がキュンとする。

「あの黒い騎士は一体何者なんだ?」

 デュランが問うと、ジンは首を振った。

「分からんダスー。マナストーンを調べてたかと思うといきなりワシに襲いかかってきたダスー。ワシからエネルギーを吸い取り、さっきの魔物のツェンカーを召喚したんダスー」

 ゆるっとしたジンの言葉を聞きながら、は先程のフェアリーの言葉を思い出していた。

「もしかしたらさっきの騎士も、マナストーンの封印を解こうとしているんじゃ……」
「可能性はあるわね」

 フェアリーが顔をしかめて頷いた。それからジンにこれまでの経緯を話す。

「事情は分かったダス―。あんたらはワシの命の恩人ダス―。一生お供するダスー」

 こうしてジンを仲間にすることができた。それからたちは、これから決行するローラント城奪還作戦と、それに伴うジンにお願いしたいこと伝える。ジンは頼もしい顔でぽんと胸を叩いた。

「早速ワシの出番ダス―。任せてほしいダスー」
「それじゃあ早速眠りの花畑へ行こうぜ!」



風が運ぶ



 一行は眠りの花畑へと向かった。登山、初めての魔法と、肉体的にも精神的にも疲労がかなり蓄積しているが、ここからが大事なところだ。気を引き締めて挑まねば、足手まといになってしまう。そんなを、デュランは心配そうに見つめる。

「なあ、アジトで休んでたほうが良いんじゃないか?」
「大丈夫だよ! 今が踏ん張り時だもんね」

 ここで弱音を吐けば、その言霊に囚われてしまいそうだから、カラ元気でも、ポジティブな言葉を口にする。それについてデュランも気づいているが、の意志を尊重して何も口を挟まなかった。
 なんとか眠りの花畑に辿り着くと、ジンは早速風を起こしてローラント城へと花粉を運ぶ。これでおそらくナバール兵は深い眠りへと誘われたはずだ。花粉が飛んで行くのを見届けると、デュランはの方を向く。

「俺たちもローラント城に行こう。行けるか?」
「大丈夫。行こう」

 再びローラントの山岳を歩く。上りの時はが先頭に、下りの時はデュランが先頭になり歩いているが、の疲れた身体での山岳の道はなかなか難儀だった。小石や地面のデコボコに足を取られて何度も転びかける。見かねたデュランが提案をした。

、俺の腕なり肩なりをつかみながら歩くんだ」
「え……でも……」

 デュランの身体を掴めばそれだけデュランに負担を強いることになる。は難色を示すが、デュランはそれを見越していた。

「転んで骨でも折ったら大変だろ。ほら」

 有無を言わさないデュランの物言いに、は諦め、デュランの肩を掴ませていただくことにした。デュランの肩はがっしりしていて、頼りがいがあった。先程大きな魔物を倒したばかりで疲れているだろうに、疲れを感じさせないデュランはすごい。
 漸くローラント城に辿り着くと、城門前には気を失っているナバール兵と思しき忍者の装いをした兵たちが倒れていた。城の中を進んでいくと、玉座に見慣れた仲間の姿が現れた。その中のリースは、とても清々しい顔をしていた。

、デュラン! ローラント城を……奪還できました!」

 リースだけでなかった、リースの周りを囲っているじいやアマゾネスたちも、涙を浮かべて喜びを分かち合っている。

「おめでとう、リース! 遅くなってごめんね」
「いえ、とデュランが眠りの花粉を飛ばしてくれて、私達が間髪入れずに攻め込むことができたからです。素晴らしい作戦でした」

 とデュランは視線を重ねて、微笑みあった。
 リースのもとにアマゾネスがやってくる。

「リース様、一度は炎上して失われた城の防御もナバールによってほぼ修復されているようです。これなら私達だけでも大丈夫です」
「みんな……」

 リースは考え込むように視線を落とす。そこで、じいが口を開く。

「我々にはもう眠りの花粉は効きませんからのう。もう同じようにはいきませんわい。また、エリオット様も捜索隊を結成して探しに行かせますじゃ。リース様は城に残って我々を導いてくだされ……」

 を含めて仲間たちは皆、固唾を呑んで会話の行方を見守っている。王であったリースの父は亡くなり、王子は行方不明。残るは王女であるリースだけだ。じいがそういうのも無理はない。国のトップが不在となるのは、アマゾネスたちは大丈夫だと言うものの、内心は不安だろう。
 重い沈黙の中、アマゾネス軍のライザが口を開いた。

「リース様はエリオット様のことが気になるんですよね? ここは我々に任せてお旅立ちください。リース様は我々アマゾネス軍の隊長、王子様が敵の手中にあると分かっていて、城に留まることなどできるお方ではないこと、承知しております」
「ライザ……」
「いいな、みんな!」

 ライザの掛け声に、アマゾネスたちは声を上げて応えた。

「ライザ、みんな、ありがとう……わたしは王国復活のために、行方不明のエリオット王子を見つけ、マナの剣を手に入れて戻ってくる。それまで……お願いね」

 リースは、旅を続けることを選んだ。
 これはあとから聞いた話だが、ローラント城で眠りの花粉で眠らずにリースたちを迎え撃った「ビル」と「ベン」というナバール兵たちは、リースの弟のエリオットを連れ去っていった犯人だったらしい。例によってホークアイが声をかけても、まるで反応を示さなかったので、やはり操られている可能性が高い。二人からはなんの情報を得ることもできなかった。更にはホークアイの探している、イーグルの仇でジェシカに呪いをかけた「イザベラ」も現れた。そのイザベラの正体は「美獣」といい、「黒の貴公子」に仕えているらしかった。つまり、つきつめれば美獣が、黒の貴公子が、リースの国を、父を奪い、エリオットをさらったのだ。黒の貴公子が、ツェンカー戦の前に現れたあの黒曜の騎士なのか、別人だとしてどう繋がりがあるのか、には分からなかった。
 このローラントで様々な情報が浮き彫りになった。だからこそ、リースは再び旅立つのだ。彼女の姿はローラントに吹き抜ける風のようにしなやかで、強くて、そして美しかった。