翌日、目星をつけた怪しげな像の周辺を、コロボックルたちと目線を合わせるため小人になり捜索することにした。
 昨夜実験で、小人から普通のサイズに戻るための条件として、もう一度叩くことのほかに、時間の経過とともに自然に元のサイズに戻ることが分かった。前兆として、何がどうと言う表現はできないのだが、なんとなく身体が戻りそうな、ムズムズとした予感がするのだ。なので、その前兆が現れたら注意が必要だ。
 が三人をちびっこハンマーで叩いて小人化させ、最後に自分をちびっこハンマーで叩くと、ちびっこハンマーごと小さくなった。地面に茂っている草が、まるで巨大な塔のように有象無象に立ちはだかり、思わず固まってしまう。すると、の名を呼ぶ声が聞こえてきて、声を頼りに走っていくと三人が既に合流していて、無事に集合することができた。四人で固まりしばらく歩いていくと、突如踏み均されて道のようになった通りを見つけた。その道を辿っていけば、突如、視界が広がって、集落が眼前に広がった。大樹と大樹の間で守られるように集落は存在していて、いくつもの家が点在している。集落の中では今のたちと同じくらいの背の人が歩いているところが見える。
 は思わずポツリと呟く。

「これは……コロボックルの集落だよね」
「きっとそうだよな。ちびっこハンマーの効果が切れる前に、聞き込みにいくか」

 デュランも同意して、ひとまず一行はまとまって集落の中心へと歩いていく。集落の中心にはこの村の長老だろうか、見た感じ好々爺のようなコロボックルがいて、たちに気づくと「はて」と声を上げる。

「お前たち、見たことのないやつだな」

 優しそうな顔をして、核心を突くような事を言う。の心臓が超高速で動き出した。口を開いて何か言おうとするのだが、機転の利いた言葉が何も出てこない。それどころか、どんどんと頭が白んでいくのを感じる。それを一瞬で察知したホークアイが、ずいとの前に躍り出る。

「今度この村に越してきたんだ、よろしくな!」

 ホークアイが手を差し出せば、老人は表情を変えず、ホークアイの手をしげしげと見つめる。

「ふーん。なんか人間の匂いがするぞ」

 再びの心臓がどきりと跳ね上がる。もしやバレている? 変な汗が滲み、今にも泣き出しそうな心持ちでホークアイを見上げるが、ホークアイの顔は余裕綽々なままだった。この余裕な表情には少し落ち着きを取り戻す。ホークアイの頭はまだまだ冷静なままらしい。

「おう! 人間のバカにくっついてきたからな、匂いが移っちまったんだな」

 なんと頭の回転が速いのだろうとは感心する。何も言えずにいるの代わりにスラスラとそれっぽいことを言ってくれる。たちも同意するように頷いた。老人コロボックルは笑った。

「人間のバカにか! そいつは傑作だな!」
「お、おう!! ところで、賢者ドン・ペリ様がどこにいるか知ってるか」
「さあね? 自分で探してみ」

 そのままコロボックルは歩き去ってしまった。不思議なコロボックルだった。結局ホークアイの手は握られることはなかった。ホークアイは咳払いをして手を引っ込めると、「仕方ない」と振り返った。

「聞き込みをして探すっきゃないな」
「ありがとうホークアイ、とても助かった」

 が手を合わせて礼を言うと、かっかっか。と軽快にホークアイは笑う。

ちゃんの横顔見たら頭が真っ白になってるのがすっごい伝わってきたから、ここは親分の出番だと思ったさ」
「オレも終わったと思ったよ、やるなぁホークアイ」

 感心したように腕を組むデュラン。シャルロットはしかし難しい顔をする。

「あんたしゃんウソつくのうますぎましゅな。すえおそろしいオトコでち」
「おいおいシャルロット、そこは褒めてくれよ。危機を乗り越えたんだからさ」

 シャルロットの厳しい評価にホークアイは両手を広げて肩を竦めた。
 それから四人は村で出会うコロボックルにドン・ペリの場所を聞くが、皆ここにはいないと言う。デュランは眉根を寄せて唸る。

「やばいな……もうそろそろ時間が来てしまうぜ」
「ちょっと思ったんだけどさ、さっきのおじいちゃんにもう一度会ってみない? あのおじいちゃんさ、“自分で探してみ”って言ってたから、何か知ってるんじゃないかと思うんだよね」

 の提案にホークアイは「確かに」と同意する。

「よし、もっかいあのじーさんに会ってみるか」

 もう一度最初に出会った老人コロボックルを探してみると、最初に出会った場所をうろうろしていたのですぐに見つかった。一同は駆け寄るり、ホークアイは「なあ」と呼び止める。

「ドン・ペリ様なんてどこにもいなかったぞ」
「いるさ、ワシじゃよ」
「ええー!」

 思わずたちは叫んでしまう。怪しいとは思ったが、まさかこの方が賢者ドン・ペリだったなんて。代表してホークアイが文句を言う。

「さっきはどこにいるか聞いても教えてくれなかったじゃないか!」
「あの時ワシは歩き回っとったからな。どこにいるかは、その瞬間瞬間で違うから答えられんよ」

 カカカ、と笑ったドン・ペリに、は心中で(偏屈なおじいさんめ……)と毒づく。ホークアイはなんとか笑顔を作り上げて笑い返した。

「さ、さすがはドン・ペリ様だ、奥ガ深イゼ……!」
「どうした、声が震えておるぞ」

 ガンバレホークアイ、と心の中で応援を送る。ホークアイはぐっと堪えて、「ところで」と話を本題へと持っていく。

「ドン・ペリさんよ。うわさじゃ、ローラントのコロボックル村でネズミが大発生して、ネズミ達にコロボックル村が占領されてしまったらしいぜ。おなじコロボックルとして放っておけないと思うんだ。村を取り戻してやる、いい知恵はないもんかねえ?」

 ローラントの状況をうまいことコロボックルに置き換えてホークアイが知恵を授かろうとする。本当にホークアイは頭の回転が早い。ホークアイがこちらのチームにいて本当によかった。他の誰も、ここまで上手に立ち回りが出来る人がほかに思い浮かばない。

「ほほう、それはお困りじゃろう。ローラント……ローラント……」

 ドン・ペリは深く考えるように目をつむり、やがて何かが頭に舞い降りたかのように「ひらめいたぞ!」と目を見開いた。

「まず風の精霊ジンを見つけなされ。ローラントの山の中腹は「風の回廊」と呼ばれる難所じゃ。そこにある風神像の向きを変えれば、風の向きが変わって道が開けるハズ。後はおぬし達で考えい……通路の奥に風のマナストーンがある。風の回廊のどこかにジンはおるじゃろう」

 はまたあの険しいローラントの山を登らなければならないことを思い出して一瞬げんなりする。

「後は、眠りの花畑でジンの力を使えば、眠り花粉をローラント城に送り込み、寝込んだナバール兵を一網打尽じゃよ。かっかっか!」

 “ナバール兵”と言う言葉に、皆弾かれたようにドン・ペリを見た。どうやら賢者ドン・ペリには最初からすべてお見通しだったらしい。ホークアイは苦い顔で言う。

「おれたちが人間だって気づいてたのか?」
「カカカ、あたりまえじゃ。世界中でコロボックルが住んでるのは、もはやこの森だけだから、よそものなど存在せんのじゃよ」

 それは知らなかった。どうやら出だしからウソがばれていたらしい。ウソだと知っていて泳がせるとは、ヒトが悪いと言うか、この場合はコロボックルが悪いと言うべきなのか、とにかく、さすが賢者ドン・ペリといったところか。

「それに、ホレ、そこのおぬし」

 ドン・ペリの視線がへと向かう。天から引っ張られたみたいに自然と背筋がピンと伸びる。

「フェアリーにとりつかれとるじゃろ? ワシらコロボックルにはフェアリーが宿主に選んだ人間は一目でわかるからね」
「もう……さすがとしか言えません」

 出だしどころか、出会った瞬間から彼にはすべてがお見通しだったのだ。はこの賢者ドン・ペリの頭の中はどのようになっているのか、見てみたいと思った。

「からかって悪かったが、コレばっかりはやめられん。ぷぷぷ……いや、スマンスマン」

 通りすがるコロボックルから、気のせいか、同情的な眼差しが送られる。シャルロットは渋い顔をして、

「とんでもないおじいちゃんでち」

 と言った。ドン・ペリは「カカカ」と笑い飛ばす。

「人間はきらいじゃが、フェアリーが出てきた以上は世界の危機。ワシらも安全ではすまぬからな。幸運を祈るよ!」
「ありがとうございます、頑張ります」

 は頭を下げて、コロボックルの村を後にした。何はともあれ、策を授けてもらうことが出来た。目指すは風の回廊だ。確かにあの眠りの花粉の力は絶大だったから、ナバール兵たちも一たまりもないだろう。
村を出て暫く歩くと示し合わせたように身体がムズムズとして、そして小さくなった順に元の大きさへと戻っていった。果てしない高さだった草は、膝くらいの高さになり、見渡すものすべてがいつものサイズに戻って、ほっとする。は皆の顔を見渡せば、一様に疲れた顔をしていた。恐らく自分も同じような顔をしているに違いない。