昼前にはバイゼルに辿り着いた。前回訪れたときはすぐに港に行ってしまったため、ほとんど街の様子は見ていない。たちは宿屋をとったあとに、二手に分かれてちびっこハンマーについて聞き込みを行い、昼になったら収穫のあるなしに関わらず港に面したカフェで落ち合うことになっていた。はデュランとペアになってバイゼルの喧騒へ紛れていく。
商業都市バイゼルと言うだけあって、ここではたくさんの露店が軒を連ねている。降り注ぐ眩しい日差しにも負けない賑やかな客引きは、町の明るさを現しているようだった。
「ちびっこハンマー? ここらへんじゃ見ないけど……もしかしたらブラックマーケットに出てるんじゃないかな」
「ブラックマーケットって、夜にしか開かないっていうマーケットか?」
デュランは腕を組み、問う。以前立ち寄った際にちらっと噂で聞いたことがある。
「そうさ。そこではオモテに出ないようなモノも出てる。マニアックなものからちょっと際どいものまで。バイゼルの名物だからぜひ見ていくといいよ」
「ありがとうございます。それじゃあ……これください」
は少し迷い、丸パンを指差せば、店主はいい笑顔で「まいど! 5ルクね」とパンを渡し、は5ルクを渡した。店から少し離れてパンを半分に割り、気持ち大きい方をデュランに差し出した。がパンに齧りついたので、デュランもそれに倣ってパンを頬張る。なんだかデートみたいだな、とデュランはぼんやり思う。
「食べ歩きっていいよね」
デュランを見上げながらはにっこりと目を細めた。
「だな」
半分に分けたパンはすぐに食べ終わってしまった。
「次は何食べる?」
「なんか目的が変わってきてないか?」
「あはは、そうだった。もうちょっと聞き込みを頑張らないとね。なんかデュランと一緒だといい意味で気が緩むんだよね」
ホークアイと一緒にいると、自分のいいところを見せたいと肩肘を張ってしまう時がある。いわば自分の美しいところだけをホークアイの前には差し出していたい。しかしデュランには、ホークアイには見てほしくない素のの部分も見られたってなんとも思わない、気楽さがある。だからデュランと一緒にいるときは素の自分が自然と出ていた。
「……へえ。それはよかったぜ」
デュランはの言葉をどう受け取ったらいいものか悩むも、ひとまず視線を露店へとずらして、もごもごと言うのだった。
それから二人は色んな場所でときに食べ歩きながら聞き取りをしていた。そこまで大きな町ではないので途中何度かホークアイとシャルロットとすれ違い、手を挙げて笑いあった。やがて集合時間になり、とデュランは待ち合わせ場所のカフェに入る。店内を見渡せば、テラス席にすでに二人の姿が見えた。二人―――ホークアイとシャルロット―――はたちに気づくと手招きした。
「お疲れ様でちた! 収穫はありまちた?」
着座するとシャルロットが小首を傾げて問う。彼女は子ども用のイスに座っていて、その姿がなんとも愛らしい。そのことには触れず、ピースサインを向ける。
「バッチリ。シャルロットたちは?」
「シャルちゃんたちもばっちりでち!」
「ブラックマーケットに今回のお宝があるっぽいな」
まるで獲物を狙うかのようなホークアイの言葉はまさに盗賊の物言いで、は改めてホークアイは盗賊なのだと感じた。
メニューを見て注文をし、ウェイトレスが席を離れたタイミングでホークアイが、そういえば、と声を潜めて話を切り出す。
「妙な噂を耳にしたんだが……ブラックマーケットでは奴隷商人がいて、最近、自分は王子だと言う男の子を、赤い目の不気味なヤツが買っていったらしい」
「それって……まさかリースの弟?」
が小さく言えば、「可能性はある」とホークアイは難しい顔をする。自称王子かもしれないし、他国の王子かもしれないが、エリオットである可能性は捨てきれない。この世界はどうか分からないが、のいた国ではそもそも奴隷の売買がある事自体が許しがたいことだ。
「リースには言うべきか、迷うところだな」
デュランが悩ましげに腕を組む。情報として不確かな分、かえってリースを困惑させるかもしれない。
「シャルロットだったら……ヒースにつながるかもしれないじょーほーだったら、どんなものでもほしいでち」
確かに、とは思うも、しかし、奴隷として買われたというのが少し気がかりだ。どんな扱いを受けているのか、想像するだけで胸が痛む。
「たとえ、酷い扱いを受けていたとしても……か?」
デュランが絞り出すように言って、はっとする。言った後にシャルロットには過酷な話だったかもしれないと瞬時に思うも、口をついて出た言葉はもとに戻らない。シャルロットは顔を強張らせるも、深く頷いた。
「しりたいでち……すこしでもかのうせーがあるなら」
も自分だったらどうするか考える。確かに、どんな情報だってほしい。それが例え胸を引き裂くような情報でも、知らないでいるよりもよっぽど良い。
「そうだな……リースには伝えるか。赤い目の不気味なやつって言うヒントもあるしな」
デュランが言いながら頷く。
「とりあえず、その奴隷商人っていうのは義賊の名にかけてどうにかせにゃいかんな」
ニヤリ、怪しく笑んだホークアイが一体何を企んでいるのか。丁度ウェイトレスが注文したものを運んできたので、は聞くのをやめた。
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水平線の向こうに、真っ赤に燃える太陽がゆっくりと沈んでいくのを港で眺める。振り返れば、ブラックマーケットの会場へ続く門が丁度開かれたところだった。ぞろぞろとブラックマーケットに入っていく客の流れに沿って、たちもブラックマーケットへと入った。
中に入ってすぐに広がるのはステージでの艶やかな踊り子たちのショーだった。それを囲うように様々な露店が並んでいる。既にたくさんのお客さんが入っていて、賑わいを見せている。たちは端からぐるりと店を見て回ると、本当に様々なものが店先に並んでいた。旅路で役立ちそうなアイテムなどを買いつつ、ついにちびっこハンマーらしきものを見つける。その露店にはハンマーしか並んでおらず、他のお客さんの興味は全く引いていなかった。誰もが一瞥だけして通り過ぎていく中、たちが店先で立ち止まると、「いらっしゃい」と老婆が声をかけてくる。
「ワシャ、一度こうしてモノを売ってみたかったんじゃ。でも、意外とつまらんモンだねえ……これなら帰って寝てた方がマシじゃ。ホレ、死んだじいさんのガラクタはお前さん達にやるよ」
「いいんですか?」
戸惑うをよそに、の手にハンマーを渡すと、老婆は「眠い眠い」と言いながら立ち去っていった。
「ちょっと試してみようぜ」
デュランの言葉に、一行はブラックマーケットを出て、人目を忍ぶように建物の影へとやってくる。
「よし、こい」
自ら被験体を買って出たデュランが、緊張の面持ちでぎゅっと拳を握る。も同じような面持ちで頷いてハンマーを構えると、「行きます!」と気合を入れて、デュランの肩辺りに控えめに打つ。すると、みるみるうちにデュランの身体が縮んでいき、最終的に手のひらサイズになった。はハンマーをホークアイに預けると、小人となったデュランを踏んづけてしまわぬように、手のひらに乗せた。手のひらの上でデュランは、呆然と言った様子でたちを眺めている。
「半信半疑だったが、まさかほんとにちっちゃくなっちまうとは」
ホークアイがしげしげと見つめる。
「どうしよう……元に戻るのかな」
不安げにがホークアイを見上げると、ホークアイは安心させるように微笑む。
「ダーイジョウブ。時間が経ったらもとに戻るか、もしくはもう一度叩けばきっと元に戻るぜ」
「たたくときにつぶさないようにきをつけるでちよ」
シャルロットがぼそっと言う。
「おっかねーこと言うな!!」
小さなデュランがの手のひらの上で顔を青くする。はデュランをそっと地面に下ろすと、ホークアイもしゃがみ込み、所謂ヤンキー座りをすると、ハンマーを片手にニヤリとイタズラっぽい笑みを浮かべる。
「オイ、なんだよその笑顔!」
声を張り上げてホークアイを指差すデュラン。小さなデュランの声は、大声を出さないとたちには届かない。
「いんやぁ〜?? よし、いくぞ」
ちびっこハンマーを振りかぶり、ゆっくりとおろしてデュランの頭に当てる。するとにょきにょきとデュランの体長が伸びていき、やがて元の大きさに戻った。とホークアイは立ち上がり、デュランは自分の手のひらを呆然と見つめて、そしてそのままの顔でとホークアイを見た。
「すげえ……」
デュランが込み上げてくる感激を押し殺して呟く。
「これはホンモノでち!! これでコビトになれまちな!」
「さて、次はシャルロットとゴマ粒、どっちが大きいかどうか確かめるか」
ホークアイがニヤリ、今度はシャルロットを見る。
「、ゴマ粒探してきてくれるか?」
神妙な面持ちで指示するホークアイ。
「ラジャ!」
同じく神妙な面持ちで、キビキビと敬礼した。
「おれも手伝うぜ!」
楽しげに敬礼したデュラン。
「こら〜〜! あんたしゃんたち、オニでちな!!」
三人は吹き出すと、腹を抱えて笑った。
翌日、船に乗って城塞都市ジャドに辿り着く。光の司祭の決死の結界で、獣人たちの姿はなく、住人の顔には笑顔が戻っている。
「シャルロット、光の司祭様のご容態を見に行く?」
の言葉に、シャルロットは一瞬目を見開くも、首を横に振る。
「いま、シャルロットがいっても、なにもできないでち。それよりもいまは、コロボックルにあいにいくでちよ!」
何度も感じているが、シャルロットは本当に心根が強い。は、分かった。と頷くと、早速ラビの森へと繰り出す。初めてジャドを飛び出したときのことが、昨日のことのように思い返される。夜のラビの森をホークアイとデュランに守られながら、駆けてゆく。
「なんか懐かしいな、」
「おい、おれもいただろうが!」
このホークアイとデュランのやりとりも、なんだか懐かしさを助長した。
ラビの森ではラビたちが悠々自適に飛び跳ねているが、たちに気づくとさーっと逃げていく。前来たときは、それまでラブリーだったラビが、急に牙を露わにして襲ってきたのだが、なぜ今日は逃げていくのか、と言うの疑問に対して、モンスターたちは本能的に相手の力を推し量ることができて、敵わないと判断すると逃げていくのだ。とデュランが答える。つまりたちは、あの頃から成長したため、ラビたちはたちに敵わないと判断したということだ。自身、成長した気は全くしないため、恐らく以外が強いからだろうが、それでも全体としての成長が目に見えて分かって嬉しかった。
そういうわけで、ラビの森ではモンスターが近寄ってこなかったため、その点については楽だったが、コロボックルたちの住処の捜索は難航を極めた。勿論簡単に行くとは思っていなかったが、日が暮れても尚見つからず、焦燥感が募る。今日のところはジャドに引き上げて、休むことにした。
お風呂に入り、部屋でシャルロットとストレッチをしながら「ねえフェアリー」と声をかける。
「コロボックルの気を感じたりしないの?」
からふわりと出てきたフェアリーは、難しい顔をする。
「精霊たちは分かるけど、さすがにコロボックルはわからないよ」
「でもサイズ的にはフェアリーと同じくらいでしょ?」
「まあね……」
「こびとになってさがすわけにもいかんでちからなぁ」
足を開いて前屈をしながらシャルロットが言う。同じ目線のほうが入り口が探しやすいが、効率で言えば非効率的だ。小さな公園ほどの大きさならばいいかもしれないが、ラビの森は中々広い上に入り組んでいる。
「そうねえ……きっと何か目印があるんじゃないかしら? ちゃんと帰ってこれるような」
フェアリーの言葉に、なるほど、とは感心する。
「それでちたら、なんかアクシュミなぞうがなかったでちか?」
シャルロットに言われてひとつ頭に思い浮かぶ像があった。悪魔のようなものを象ったものだ。ちょうど力尽きたフェアリーと出会ったところの近くだ。
「明日はその周辺を探してみようか」
明日の捜索範囲も決まったところで、たちは早めに眠りに就いた。