明け方、なんだか遠くが騒がしくて皆起きる。嫌な予感がする。まだ薄暗いが朝の気配が漂う空を、武装したものたちがフォルセナ方面へ飛んでいく。

「あれは……アルテナの兵だわ!」

 アンジェラが、今まで見たことのないような真面目な顔で言うのだった。アルテナが、フォルセナへ武装して向かっている。これが何を意味しているのか、誰もが判った。

「急ぐぞ……!」

 デュランが駆け出し、皆それについていく。
 フォルセナに近づくにつれて、戦争の気配が色濃くなっている。アストリアでの惨状が思い返されて、は心臓が嫌に早鐘を打つのを感じる。どうか、デュランの家族が、フォルセナのみんなが無事でありますように。これ以上悲劇を繰り返してはいけない。





紅蓮との再会は




 案の定、フォルセナはアルテナの攻撃を受けていた。一同は二手に分かれ、デュラン、アンジェラ、はフォルセナの王である英雄王の安否を確かめるべく一直線に城を目指し、ホークアイ、リース、ケヴィン、シャルロットは街中にいるアルテナ兵を止めることになった。
 デュランの案内で迷うことなく王座に辿り着いた。そこでは赤いマントに燃える炎のような深い橙色の長い髪が特徴的な男が英雄王と対峙していた。

「くっくっく。いかに英雄王と言えど、魔法で動きを封じられていてはどうすることも出来まい」

 橙色の髪の男が英雄王に言い放つ。英雄王は見た目では何もないが、見えない力で拘束されているようだった。身じろぐが、動くことは叶わない。

「やはり、アルテナの紅蓮の魔導師か。なぜヴァルダは……いや、理の女王はフォルセナを攻める?」
「世界中のマナストーン占領の為。フォルセナが邪魔になる前につぶせとのご命令だ。いつまでも、過去にはこだわらないと申されていた」
「そうか……」

 英雄王が悲しそうに目を伏せる。

「あんた、紅蓮の魔導師……!」

 アンジェラが顔を歪めて紅蓮の魔導師を見据える。紅蓮の魔導師は振り返り、アンジェラに気付くと、驚いたように目を見開き、恭しく一礼した。

「! これはこれはアンジェラ王女様。こんなところでお目にかかれるとは思ってもみませんでした」
「おい、おれと勝負しろ! 紅蓮の魔導師!!」

 デュランが剣を抜き構える。この男が紅蓮の魔導師――デュランを旅立たせる要因となった、魔導師。

「いつかの小僧ではないか。ふふ、また会おう」

 多勢に無勢。紅蓮の魔導師は不敵な笑みを残して姿を消した。と同時に、英雄王にかけられていた魔法も解けて、英雄王は身体の自由を取り戻したようだった。

「国王陛下、御無事で……!」
「デュラン、戻っていたのか!」
「ちょっとちょっと、英雄王さん、母をご存じなの?」

 ずいずいとアンジェラが詰め寄れば、英雄王は目を見開いた。

「母……ではそちはヴァルダの娘だというのか?」
「そうよ。でも、お母様はあたしを抹殺しようと……」
「何と言うことだ……ヴァルダに娘がいたとは」

 何か訳知りのような英雄王。

「何なの? もったいぶってないで教えなさいよ!」
「こら無礼者! 国王陛下に向かって何と言うことを!!」

 デュランがわたわたとアンジェラを咎める。

「かまわん。すまんな王女、今は知らないほうが良い。それよりも、ヴァルダの様子も気になる。あの心優しかったヴァルダが娘を殺そうとするなんて……」

 アルテナの理の女王のことを名前で呼ぶとは、ただならぬ関係であることは容易に想像ができる。しかしこれ以上の追及はできなさそうだ。

「英雄王様、わたしたちはマナストーンのそばにいるという精霊たちを探しています。マナストーンの場所を教えてください!」

 当初の目的である精霊たちの手掛かりをフェアリーが問う。

「フェアリー……そうか、お前たちが……かつて竜帝との対戦の時、わしもフェアリーに選ばれし者だったのだよ」
「そうなんですか!」

 現にフェアリーが宿っているが思わず反応する。英雄王はを見る。

「君が宿主だね。……残念ながらフェアリーはわしを残して竜帝にやられてしまったが……。こうして再びフェアリーが現れたということは、世界に危機が迫っているようだな」
「ウィル・オ・ウィプスは見つけました」

 残りは7つ。このフォルセナから一番近いのは大地の裂け目の底、宝石の谷ドリアンの土のマナストーンがある。土の精霊ノームはドワーフたちの守り神だから、邪神像近くのドワーフのすみかを訪ねれば何かわかるだろう、とのこと。それから、商業都市バイゼルから船でパロにわたり、山岳地帯ローラントに風のマナストーンがある。

「それらの精霊を見つけたら、また戻ってきたまえ」

 英雄王との謁見後、ホークアイたちと合流すると、なんとか戦いは鎮火して、アルテナ軍は引き上げていったようだった。デュランの家族の安否を確認しようとアンジェラが提案するのだが、デュランは頑なにそれを拒んだ。

「俺は、旅立つときに決めたんだ。紅蓮の魔導師を倒すまでは、帰らないって……」
「ふうーん。デュランってそういうところ頑固よね。でも残念だな、ほんとはエッチな本とかがあって、見せられないとか?」
「バ、バカヤロ!」

 アンジェラがからかうように言うと、デュランは顔を赤くして否定した。逆に怪しいのだが、それはさておき、は提案する。

「でも家が無事かどうかだけは遠巻きに見ておかない? それだけでも安心できると思うんだけど」
「そうですね。私見てきますよ」
「わたしも行く」
「……申し訳ない。頼んでいいか?」

 リースとで、デュランから言われた通りに道を進み、デュランの家と思しき家を発見した。デュランの家を含め、近辺は争いがあった形跡がないため、無事そうであった。と、そこに、デュランの家と思しき家から幼い女の子が出てきた。

「……お姉さんたち、遠くから来た人? ここらへんでみたことないけど」
「ええ。たまたま来たのだけど……怪我はありませんか?」

 リースが膝に手をついて屈みこみ、少女に尋ねる。弟がいるだけあって、リースの語り掛ける言葉はとてもやさしかった。

「ないよ。ねえ、お姉ちゃんたち、わたしのお兄ちゃんに会ったことない? デュランっていうんだけど」

 やっぱり、デュランの身内だった。とリースは顔を見合わせて、どうしようかと無言で会議を開く。そしてもしゃがみこみ、女の子を見上げた。

「会ったことはないよ。でも、お姉ちゃんたちは旅をしているからいつか出会うかもしれないわ」
「ほんとうに? そしたらお兄ちゃんにこう伝えてほしいの。ウェンディは元気でやってます。早く帰ってきて、ずっと待ってるわ、って」

 とリースは戻ると、ウェンディからのことづけをデュランに伝える。するとデュランは一瞬表情を緩めたがすぐに引き締めて、さあ行こうぜ。と笑った。全く、頑固なんだから、なんては思いつつも、頷くのだった。彼の決意は、風にそよいだってその決意は折れたりしない。フォルセナで立派に生い茂る草原たちのようだ。