皆で息を合わせてフルメタルハガーを倒すと、ウィル・オ・ウィプスがフルメタルハガーの中から現れた。火の玉のような可愛らしい精霊だ。

「おかげさんでやっと封印が解かれました! 事情はさっきみなさんが戦っている間にフェアリーさんからテレパシーで聞いたッス! いやあ、たいへんッスね」

 フェアリーはそんなこともできるのか、とはひとり感心する。

「フェアリーさんもそうッスけど、ボクら精霊はマナがなくなっちゃうと存在できないッス。マナを救うためにも協力するッス」

 こうしてウィル・オ・ウィプスの力を借りることができた。光のマナストーンは滝の真上の古代遺跡の奥地にあるらしいが、非常に状態が不安定らしかった。いつ神獣が封印を解いてしまうかもわからないとのことなので、一刻も早くほかの精霊を見つけなければ。
 すると奥から低い笑い声が聞こえてきた。一同が声のするほうを見れば、そこにはジャドを制圧していた獣人が何人もいた。

「くっくっく……お前らのおかげで滝の洞窟の結界が消えて聖都ウェンデルへの侵攻が可能になった。ありがとうよ」

 しまった、結界が解かれたままだった、と思った時にはもう辺りは獣人に囲まれてしまった。獣のように恐ろしい顔、大きな体躯はそれだけで威圧感があり、は立ちすくんだ。目が合い、獣人がずんずんと駆けてくる。逃げられない―――そう悟ったのち、鈍い痛みが鳩尾から全身に広がり、そして意識を失った。



ここからはじまる旅立ち



 とても静かで厳かな場所だった。見たこともないような大きさの樹があり、根本には剣が刺さっていた。剣には蔓が巻き付いていて、もうどれくらいここに刺さったままなのか見当もつかない。まるで眠っているようだった。これがフェアリーの言っていた聖域なのだろうか、そしてこの剣がマナの剣? よく見ると大樹の枝葉の先は枯れ始めていて、風が吹くたびに葉が落ちていく。
 剣の周りには四人のフェアリーがふわふわと漂っていた。可愛くもあり、美しくもあるフェアリーたちは皆深刻そうな表情だ。

「ああ、マナの樹が枯れていく……」

 そうか、この大樹はマナの樹なのか。となるとここで眠るように刺さっている剣は聖剣と言うことになる。

「聖剣を抜く勇者を見つけてマナの女神さまを覚醒させなければ……」

 フェアリーたちは深刻そうだった。

「人間界の、光の司祭様にこのことを報せましょう」

 そういえばフェアリーは光の司祭に伝えていた。これは、フェアリーの記憶なのだろうか? フェアリーたちはうん、と頷き合ってふわふわと聖域を飛び立っていった。
 ――マナの減少で、フェアリーたちは聖域の外では誰かにとりついていないと死んでしまう。とフェアリーは言っていた。つまり聖域を飛び出したフェアリーたちは命がけだ。段々と苦しそうな表情になり、息も荒くなっていった。ひとり散り、ふたり散り、その度残り少ない命を残ったフェアリーたちに託していく。

「はぁ……はぁ……もう……だめだわ……」
「な、にを言うの! もう少しじゃない、頑張って!」
「残りの私の力、あなたに託すわ……、勇者を見つけて、必ずマナの樹を……救って……」
「あ…あ……、みんな」

 悲しい別れの連続だった。そうしてフェアリーはたった一人になってしまった。頑張れフェアリー、ガンバレ……。の応援もむなしく、やがてフェアリーは限界を迎え気を失い、地上へとひらひら落ちていく。


「リー……。フェアリー!!!」

 がばっと飛び起きた。と同時にお腹の辺りに鈍い痛みが広がり、顔をゆがめる。

「気が付いたか、痛いよな」

 ホークアイが悲しそうに眉を下げての頭を撫でた。周りのみんなも心配そうにのことを見ていて、どうしてこうなったのかを思い出す。

「あ……獣人がきて、それで」
「そうだ、今は牢屋の中だ」

 デュランが苦々しく言った。狭い牢屋の中にぎゅうぎゅうとみんなが閉じ込められている。いや、ケヴィンがいない。

「ケヴィンは?」
「オイラ、隣にいる。、大丈夫?」

 隣からケヴィンの声が聞こえてきて、ほっとする。

「うん大丈夫! ありがとうケヴィン、でもなぜケヴィンだけ別の牢屋なの?」
「恐らくだが、ケヴィンは同じ獣人だから別で牢屋に入れたんだろう」

 デュランが説明をしてくれた。確かに、ケヴィンは獣人王の息子、つまり王子だ。

も起きたことだし、作戦を実行しましょう」

 アンジェラの言葉に、作戦? と首を傾げれば、この牢屋を脱出する作戦らしい。内容はこうだ。ケヴィンが見張りの兵を呼び、うまいことを言って牢を開けてもらい、鍵を奪うと同時に逆に見張りを閉じ込める。とのことだ。上手くいけばいいのだが、ケヴィンがうまいことを言う姿がいまいち想像つかない。

「早速獣人のお出ましだ、おれたちは演技開始!」
「えっ?」

 そんなの聞いてない、なんて言葉を言う前にみんな口々に「出せ!」だの、「どうするつもりだ!」だの、牢屋の鉄格子に捕まりながら叫ぶ。は一瞬面食らったが、すぐにみなと同じようにわーわー叫ぶ。獣人はたちを見るが、ふん、と鼻を鳴らして隣の牢へと歩いて行った。

「元気か? フレディ」

 ケヴィンが声をかける。

「ケヴィン、悪いがおとなしくしていてくれ……ルガーの命令なのでね」
「おまえ、獣人王の後継者を牢屋に入れた。このこと獣人王に伝える」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! おれはルガーに言われて仕方なく……くっ、わかったよ! ルガーもきっとどうかしてたんだな、なんかの間違いだろう!」

 かちゃかちゃと音がして、やがて錠が開く音がした。

「さあ、出ていいよ! その代り獣人王さまには―――!?」

 ぐっとフレディと呼ばれた獣人は牢に吸い込まれていき、代わりにケヴィンが現れ、素早く牢の扉を閉めて錠をした。どうやら成功らしい。

「だましたなケヴィン!!」
「すまん……フレディ」

 ケヴィンは辛そうな顔をしてたちの牢を開けて、脱出することに成功した。

「どうする!? ウェンデルに行ってあいつらのこと止める!?」
「アンジェラしゃん、大丈夫でち! ウェンデルはあんなやつらに負けましぇん!! それよりココを抜け出して残りの精霊を見つけまちょ!」
「でも……」

 そうはいってもアストリアの惨状を見ている手前、放っておけない。は食い下がるが、シャルロットの意思は強かった。

「シャルロットは信じてる……だからしゃん、心配ごむよー!」

 シャルロットが言うのなら、もう誰も何も言えなかった。

「今、ウェンデルに攻め込んでいて、街の警備が手薄だ。逃げだすなら今だ、ケヴィン」
「フレディ……」

 皆は頷き、牢屋から地上に出れる階段を駆け上がる。ケヴィンは最後にフレディを一瞥して、それから振り返ることなく駆け抜けた。
 地上に出ると、そこはジャドの街だった。フレディの言う通り、街の警備が手薄になっていた。どうやらたちはジャドの牢獄に閉じ込められていたらしい。
 獣人の支配下から逃れるには船でどこかへ向かうしかない。船着き場の方を見れば、沢山の人が走っていくのが見えた。一行も船着き場に赴けば、なんでも獣人の警備が手薄なこの隙にマイア行きの船を出すらしい。考える間もなくそれに乗り込み、漸く息をついた。船にはジャドから逃れた人々が身を寄せ合っている。これでようやく獣人の手から逃れることが出来た。船にいる間くらいはゆっくりできそうだ。
 は船べりで風を受けながら海面を見ていると、ふわりとフェアリーが現れた。

「ウェンデルも気になるけれど、急いで残りの精霊を見つけないとね……」
「そうだね……フェアリー」

 は小さなフェアリーの頭を人差し指で撫でてやれば、フェアリーは険しく眉を寄せていた表情が途端に面食らったような表情になった。

「どうしたの?」
「いいえ? 撫でたくなっただけ」
「どういうこと? まあ、いいけど」

 ここまでよく頑張ったね、とは心の中でフェアリーを褒める。頭の中が覗けるフェアリーにはきっと、伝わっているのだろうけど。