残されたものたちは、顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「誰が悪いわけじゃないんだけどなあ」
「うん。でもリースの気持ち、わからなくもないけどね」
デュランが気まずそうに頭をかき、も頷きつつ言った。今頃二人は何を話しているんだろう。そう考えると、もやもやとしたものが込み上げてくる。こんな時にも、やきもちにも似た感情を抱いている自分が嫌だった。
「……?」
「ん?」
デュランがに歩み寄り、しゃがみ込んだ。
「大丈夫か? お前が落ち込むことじゃあないぜ」
窺うようにデュランが言う。リースとホークアイの問題に対して落ち込んでいると思ったのだろう。本心が見透かされなかったことに少し安堵した反面、そんなきれいな女の子じゃないんだよ、と自己嫌悪もした。その結果、あいまいな笑顔を浮かべた。
「そうだね」
「何よ何よ、あんたたちってそういう関係なの〜?」
この場の雰囲気を和やかに取り持とうと、アンジェラが二人を茶化す。が笑って、まさか、と否定しようとするが、それより前にデュランがすっくと立ち上がり、「ば、バカ!!! 違うわ!!」と、思い切り否定をした。そこまで否定されると少し傷つく。
「デュランしゃん、あんがい、まんざらでもないかんじでちな」
「がきんちょは黙ってろっつーの!」
「シャルロットは! 15さいのぴちぴちギャルでち!!」
「まあまあ」
の隣に座っていたシャルロットがデュランに応戦しようとベッドの上に立ったが、デュランのほうが断然大きい。それに怒った顔も全然怖くないシャルロットはやっぱりにも15歳には到底思えない。笑いたいのをこらえつつ、仲裁をした。
「にぎやか、楽しい」
ケヴィンが朗らかにいう。見た目によらず癒し系な彼が、ジャドにいた獣人たちと同じ種族だなんて思えない。いや、そもそもそういう風に種族で考えること自体がいけないことなのだろうけれど。
世界はいつだって残酷で、
二人はしばらく戻ってこなかった。は二人のことが気になって終始上の空だった。戻ってこないということはつまり、二人の話はまだ終わってないと言うこと。自分が出る幕ではないと言うのは分かっている。二人の国の事情に精通しているわけでもなく、どちらかの国で生きていた訳でもない。何ならこの世界の人間ではない。
「?」
アンジェラの綺麗な顔が目の前にあって、思わず小さな悲鳴を上げた。
「何よ、人の顔見て悲鳴上げるなんて失礼しちゃう」
むくれるアンジェラの顔も美しい。なんて思いながらも、ごめん、と謝罪する。
「ちょっとぼーっとしてたよ」
「ホークアイのこと考えてたんでしょ」
「えっ!? いや、ちが」
「ち、違うだろ!」
なぜかデュランも否定する。
「の否定は分かるけど、なんでデュランまで否定するのよ。ていうかあんたたち、男女三人で旅ってどういうことよ」
ニヤリ、楽しそうに笑んだアンジェラ。たしかに、なんてシャルロットも頷く。
「どっちかと付き合ってる訳?」
「つ、付き合ってないって! ていうか二人と出会ったのも、最近だし……」
「全く違う世界からきたんだもんね。本当にあるのね、そんなこと」
「うん、そうなんだ。だからこの世界のことよくわからなくて。マナっていう概念は教えてもらったんだけど、もしよかったらこの機会に色々教えてくれないかな? リースとホークアイじゃないけど、国同士のそういう情勢とか知っておいたほうがいいかなって」
みんないろんな国から集まってきているみたいだから、きちんと知っておいたほうが自分の為でもあるし、みんなの為である。今、このタイミングで聞いたのは果たしていいのか悪いのかはわからないが、みんなの表情から察するに、地雷は踏んでないようだ。
「今、いつ世界大戦が起きてもおかしくないくらいには不穏だからね」
「そうでちね。シャルロットたちはなが〜いつきあいになるでしょうからな!! シャルロットがいろいろおしえてあげまち」
シャルロットは宿屋に置いてあった世界地図を持ってきて、丁寧に説明をしてくれた。
まず、今まさにいる聖都ウェンデルは現在、ケヴィンの祖国であるビーストキングダムから狙われているとのこと。ウェンデルを侵略するために、城塞都市ジャド、湖畔の町アストリアと制圧し、もう目と鼻の先まで来ている。ジャドの有様、アストリアの惨状はこの目でしっかり見てきたので、身をもってビーストキングダムの脅威を感じた。こんな平和そうに見えるウェンデルも、実はいつ獣人たちが攻め入ってきてもおかしくない。結界を張って侵略を阻止しているようだけど、仮に結界が解けて獣人が攻めてきたらこの国は一体どうなってしまうのだろうか、と考えて頭を振る。滅多なことを考えるのをやめよう。
「獣人王……ゆるせない、ごめん、シャルロット」
「なーにをいいまちか! ケヴィンしゃんがワルいわけじゃないんでちから。くにどーしのたたかいはしかたないでちからな〜」
シャルロットは強い。だって今の言葉はケヴィンに気を使って言った言葉ではなく、心の底からそう思っている。
そして今度は、アンジェラの祖国の魔法王国アルテナだ。零下の雪原と言う、極寒の大地に位置しているのだが、強大な魔力を誇る理の女王、アンジェラの母の力で領地内は住みやすい温度に保たれている。
魔法王国というだけあって、この国は魔法がとても盛んらしい。あたしは全然できないんだけどね、なんてさらっとアンジェラは言ったが、きっと彼女はそのことを本当は誰よりも気にしているはずだ。じゃなかったらあんな辛そうな顔で言ったりしない。それが分かるからは何も触れず、何も言わずにアンジェラの言葉に耳を傾け続けた。
アルテナは今、世界征服をもくろんでいて、手始めに草原の王国フォルセナを侵略しようとしているところであった。フォルセナはデュランの祖国で、高い山々に囲まれた国である。この国に行くには山を貫く大地の裂け目のみが唯一のルートだ。
「アルテナのやつにフォルセナの侵略のことを言われると、いよいよなんだって感じるな。さっきもいったけど、アルテナの魔導師にぼろっぼろに負けたんだ。だから強くなるためにここまできたんだが……早く強くならないと、フォルセナを守れないぜ」
デュランとアンジェラ。この二人もまた、世界大戦の渦中にいる二人だ。
「そういう訳で、今どこの国がいつ仕掛けても可笑しくない状況なのよ。嫌になっちゃうわよね、だってあたしたちが喧嘩しているわけじゃないのにさ」
アンジェラの言葉がずんと胸をついた。本当にその通りだ、戦争をしたい、他国の利権を奪いたいと思っているのはその国の一部の人たちで、国の事情に振り回されるのはいつだって国民だ。
デュランとアンジェラ、ケヴィンとシャルロット、そしてホークアイとリース。面白いくらい、この世界の縮図のようだった。