光の司祭はシャルロットを見るなりやはり怒った。シャルロットは反射的に隣にいたの手をとり、耐えるようにぎゅっと握った。シャルロットはしょんぼりと「ごめんなちゃい」と謝るが、すぐに大事なことを思い出す。

「でも!! ヒースが! ヒースがああ!!」
「!? 何があったんじゃ?」
「んとね、じゅーじんがヒースをいじめて、シャルロットがつかまって、へんなやつがまほうでうにょ〜んびろ〜んって!!」
「??? なんだかさっぱりわからん」
「じれったいでちね!! とにかく、ヒースが、そのへんなやつにつれてかれちゃったんでち!」
「なんと……! あいわかった、とにかく無事でよかった、シャルロットよ」

 シャルロットと司祭の会話が終わったところで各々が光の司祭に言葉を仰ぐ。

「光の司祭、おれにクラスチェンジの方法を教えてくれ! おれは、強くなりてえんだ!」
「……やめておけ、おぬしではまだまだ経験不足。とてもクラスチェンジなどできん」
「な、なんだと!?」

 デュランが悔しそうに眉をひそめる。

「おぬしもマナストーンという名前だけは聞いたことがあるじゃろう。十分に経験を積み、マナストーンから力を得られればクラスチェンジがかなう」
「くっそ! そんなかったりぃことやってられるかよ! おれはすぐに強くなりてえのに……! 紅蓮の魔導師を倒さなきゃいけねえってのに……!」
「光の司祭、カール、生き返らせて! 大切な、トモダチ、ちびウルフ、カール……」

 次はケヴィンだ。

「……よく聞け、命あるものは、いつかは死というものが訪れる。それを避けては通れない、生きるものの宿命。命は一つ、かけがえのないもの、だからこそ尊い。だがそれはまた新たな命の誕生にもつながっている。カールの命は戻らぬが、その魂は今もおぬしの心に生き続けているじゃろ?」
「う、う、それじゃあ、もうカールは……?」
「おぬしの心の中にカールが生き続けてさえいれば、いつかきっとおぬしの前にカールの生まれ変わりが現れる日が来るじゃろう」
「そんな……。獣人王、オイラ絶対許さない!」

 獣人王とは、ジャドを制圧し、アストリアを襲ったあの獣人の王ということだろうか。

「なあ司祭さん、あんた、死の首輪って知ってるか?」

 ホークアイが問う。

「死の首輪! あの封印されて古代呪法か! 一体何が起こったのじゃ?」
「実は……」

 ホークアイがとデュランに話したように、事情を話すと、司祭は難しい顔をする。

「そのイザベラというもの、ただものではなさそうじゃな、ホークアイ殿、残念じゃがわしでも古代呪法の呪いを解くことはできん。マナの女神さまでもない限り……」
「そんな……」

 絶望に打ちひしがれるホークアイ。

「なーんかふつーのおじいちゃんって感じ。あたしを助けてくれるかと思ってわざわざ来たのに」

 アンジェラらしい物言いに、光の司祭は言葉を失っていた。この沈黙を取り繕うように今度はリースが喋りだす。

「私はローラント王国の王女、リースです。ナバール盗賊団に襲われて、王が討たれ、弟のエリオットもさらわれて、国は滅んでしまいました。どうか、私をお導きください……」

 “ナバール盗賊団”。この言葉には思わずリースを見て、そしてホークアイを見た。この場の雰囲気が一気に変わる。ホークアイはナバール盗賊団出身で、そのナバールが、リースの国を滅ぼした。ホークアイは今までにない真剣な顔でリースの横顔を見つめていた。ホークアイが滅ぼしたわけではない、寧ろホークアイは国を追われている身だ。それはリースもわかっているだろう。けれど二人に罪の意識と、被害者の意識が少しもないかと言えばきっとウソになる。二人の間には大きな隔たりが出来てしまったのは確かだ。

「なんと、ローラント王国が? うーむ、しかしこればっかりはマナの女神さまでもない限り、一度滅んだ国を再建するなどはな……」
「……そうですか」

 憂いを含んだ瞳を閉ざしたリース。順番で言えば次はだ。司祭も視線をに向ける。

「あ、の、わたし、えっと、と申します。……ニホンという国をご存知ですか?」
「ニホン? ……申し訳ないが、知らぬな」
「ですよね、ありがとうございます」

 ぺこりと頭を下げる。皆、光の司祭を頼りにここまでやってきたが、結局誰一人として問題を解決することはできなかった。

「司祭様、私はマナの聖域から参りました! 世界からマナが減少し、聖域のマナの樹が枯れ始めています!」

 ふわり、再びどこからともな現れたフェアリーが言う。フェアリーの存在をすっかり忘れていた。

「なんと! 大変じゃ! マナの樹が枯れればマナストーンに封印されし神獣たちが目覚め、世界は滅んでしまう!」
「……あら」
「何を他人事のように言っておる。、おぬしはフェアリーに選ばれたもの。おぬしが聖域に行ってマナの剣を抜かなければならぬのじゃぞ!」
「え? ちょ、ちょっとフェアリー! 聞いてないよ! どういうこと?」
「ごめんなさい、マナの減少によって私たちは聖域の外では、誰かにとりついていないと死んでしまうのよ。あの時あなたに逢ってなければ今頃……」
「そう……でももう、ここまでこれたからいいよね? 司祭様と一緒にいたほうがいいよ」

 光の司祭にでもとりついて今後の動向を考えたほうがいいだろう。

「それができれば苦労せんわい。フェアリーは、いちど宿主をえらんでしまうとその宿主が死ぬまで、一生、はなれる事ができんのじゃ」
「えええ!! 困るよフェアリー!!」 

 聖域? マナの剣を抜く? 確かにこの世界に居場所もないし、役割もない。でも、日本に帰りたい。日本こそが自分のいるべき場所なのだ。聖域に行っている暇があったら、日本に帰る方法を探す。この世界も名残惜しいし、正直ホークアイやデュランと離れるのも嫌だが、ずっとホークアイのお世話になるわけにもいかない。それに死の呪いを解く手伝いだってしたい。ホークアイの力になりたい。そうだ、ホークアイの手伝いをして、日本に帰るんだ。聖域に行っている暇はない。

「あら、でもマナの剣があればニホンに帰れるかもしれないし、死の呪いも解けてホークアイの力にもなれるよ」
「え? 本当? って、あなた、もしかしてわたしの頭の中のぞけるの?! やだ、やめてよ!」
「しょうがないわよ、そればっかりは」

 諦観を浮かべた表情でフェアリーが言う。同じような顔でもフェアリーを見返す。見られてたのね、あんな気持ちやこんな気持ち。それよりも今は、自分の役割について確認しなければならない。

「……でも、そのマナの剣って一体何なの? なんでも叶う剣なんて」
「マナの剣、それはすべての精霊を司るいにしえの力の象徴じゃ」


「マナの女神」が、世界の創造に用いし、「黄金の杖」の仮の姿

「マナの剣」を手にせし者、世界を支配しうる力、あたえられん

その剣、今なお、「マナの樹」の根元に、ひそかにねむらん。

 

「マナの樹が完全に枯れてしまう前に、マナの剣を抜く事ができれば、マナの女神様は再びお目覚めになって、世界をお救いくださり、望みも叶えてくださるじゃろう」

 この世界のキーワード、マナ。そんな大役を担うことになるとは。

「どうしよう、ホークアイ」

 困ったようにホークアイを仰ぎ見る。

「でも、そのマナの剣ってのがあれば、呪いも解けるわけだ。付き合うぜ、子分」

 と言い、いつもの陽気な顔でウィンクをした。

「おれも行くぜ! 強くなってやる!」

 と、デュラン。

「オイラも行く……! オイラも、つよくなる!」

 と、ケヴィン。

「マナの剣か、お母様もそんな事言ってた。お母様も、その剣を手にいれようとしている。あたしが先に行って、剣をうばえば、きっとあたしを見直してくれる! ってわけで一緒に行くわ!」

 と、アンジェラ。

「私も、一緒に行きます」

 リースの言葉に一瞬ずきんと胸が痛む。リースも一緒に行くということは、ホークアイとも一緒ということだ。なんだか気まずいが、は、ありがとう。と微笑む。

「シャルロットもいくでち! おじいちゃまがだめっていってもいく! ヒースをたすけるでち!!」
「……ダメと言っても、抜け出してしまうのならば、この場で認めてあげないとな……くれぐれも、気を付けるんじゃぞ」

 光の司祭の言葉に、シャルロットは「はあーーい!」といい声で返事をした。親の心子知らずならぬ、おじいちゃんの心孫知らず、だ。

「で、そのマナの聖域ってところにはどうやって行くの?」

 が尋ねると、フェアリーが顔を曇らせる。
 
「ごめんなさい……マナが減ってしまい、私にはもう、聖域へのトビラを開くだけの力は、残っていないの」

 では、どうすれば剣を抜くことが出来るのだろうか。

「世界の様々な所に『マナストーン』と呼ばれる、 神獣が封印されし8つのエネルギーポイントがある」

 光の司祭がぽつりと紡ぐ。

「これらのマナストーンから、エネルギーを解放するとマナの聖域と現世をつなぐ、『聖域へのトビラ』が現れる。このトビラにはいれば、マナの聖域へとたどり着けるのだが マナの女神が眠りについたとき、聖域を現世から封じるため、8つのマナストーンのエネルギーは、封じられてしまった」
「では、どうすればいいんでしょう?」

 は問う。

「大昔には、古代魔法と呼ばれる呪法によって、マナストーンのエネルギーを自在にコントロールする事ができたと言われている。しかし、その呪法をめぐり、利権をうばいあう国々によって戦乱がおき、世界は神獣以来の危機をむかえ、滅亡寸前にまでいった事がある。かろうじて生き残った者達は、同じ過ちをくりかえさないよう、その古代魔法を禁断の呪文として、術者の命をうばうような呪いをかけ、封印してしもうた。今では、失われた魔法として、誰も知る者はいない……」 
 
 つまりは、聖域へ行くことは不可能なのか。
 
「ひとつだけ手があるよ。マナストーンの近くには、必ずその属性の精霊達がいるはずよ。彼らの力をかりる事ができれば、残されたマナの力で、私でも聖域へのトビラを……」
「その手があったか。おぬし達が通ってきた滝の洞窟の上には、光のマナストーンがあるといわれている。滝の洞窟で光の精霊ウィル・オ・ウィスプを見たという者も多い。まず手始めに、ウィル・オ・ウィスプの力をかりに行くのじゃ。フェアリーと共に滝の洞窟へ行って、調べてみるといい」

 ウィル・オ・ウィプス。妖精がいるのだから精霊がいても可笑しくはない。なんというファンタジーの世界なのだろう、と思いつつも、わかりました。と返事をし、光の神殿を後にした。




絡み合う7




 まさか七人という大所帯で旅路を共にすることになるとは思わなかった。今日のところはウェンデルで宿をとり、親交を深めることにした。宿はシャルロットの顔パスでなんと無料で泊めてくれた。シャルロット様様である。
 女子と男子で分かれて部屋を取り、そののち女子部屋に男子がやってきて、女性陣はベッドに座り、男性陣はソファに腰かけた。

「まーさかこんなことになるとはなあ」

 デュランが感慨深げに言う。

「とんでもないことになったわね」

 と、アンジェラ。

「ごめんなさい、わたしのせいで……」
、ちがう、のおかげ」

 ケヴィンがおぼつかない言葉で言ってくれて、なんだか心が温まった。

「そうだぜがいなけりゃ俺たちあのままとんぼ返りだった。いい子分だぜ」
「そういってくれると嬉しい、ありがとうホークアイ」
「なあ、改めて自己紹介でもしないか? 短い付き合いじゃあなさそうだしさ」

 デュランが言う。

「それじゃあ、まずあたしから話そうかしら。神殿でも話してないし。あたしね、魔法王国アルテナの王女なの」
「ええ!? アンジェラが?」
「あんた失礼ね、デュラン。……まあ、言いたいことはわかるわ。でもね、あたしぜーんぜん魔法出来なくてさ。そしたらある日、お母様に、マナストーンの力を開放するための生贄になれっていわれてさ、ねえ、実の娘よ? もう、悲しいやら、むかつくやら、いろんな感情が暴走しちゃって、気付いたらお城の外にいて。お母様に認められるために、旅に出たのよ」

 そんな事情があるとはまったく感じさせないアンジェラはやはりすごい。心根が強い女性だとは思った。

「紅蓮の魔導師がどうとかいってたわよね、あいつ、うちの人間よ。昔は全然魔法が使えなかったくせに、急に使えるようになってて、どうなってるのかしら」
「そうなのか!? どうなってるんだ……?」

 デュランが打倒を掲げている紅蓮の魔導師がアンジェラの知り合いだったとは。なんだかこの仲間たちはずいぶんと狭い世界で生きているような関係性だ。

「あたちは、ひかりのしさいのおまごでち! いじょう!」
「まったく、びっくりよね。光の司祭の孫が滝の洞窟の結界で立ち往生なんて」
「それはしかたないでち! ふーんだ!」

 アンジェラがあきれたように言うのに対し、シャルロットは不服そうに鼻を鳴らした。

「オイラ、半獣人。ビーストキングダムの王子」
「ケヴィンも王族? ひえー」

 が素っ頓狂な声をあげる。アンジェラと言い、リースと言い、ケヴィンと言い、シャルロットと言い、身分が豪華すぎて驚きを隠せない。それなのに、なんと気さくな人たちなのだろう。
 
「カール、だいじな親友、でも突然、襲ってきた。オイラ、ガマンできなくて、カールを……。でもカール襲ってきたの、父さんの獣人王のせい……オイラ獣人王たおそうとした、でも、返り討ち。カール生き返らせるため、旅でた」

 自分の大切な友達を、自分で手にかけてしまったら、その罪悪感は相当なものだろう。

「次、

 湿っぽくなった空気を振り払うように、にかっと笑顔を見せてケヴィンが言った。

「あ、わたしはね、ニホンっていう、この世界じゃないところからきたの。気付いたら砂漠にいて……そこをホークアイに助けてもらって、ホークアイの子分になったの。ホークアイの力になるのと、元の世界に帰る方法を捜して光の司祭を尋ねに来たのだけど、その前にマナの聖域行くことになりました。じゃあ次、デュラン」
「おれは草原の国フォルセナに住んでる雇われ傭兵で、フォルセナで年に一度開催される武術大会にて優勝したんだけど、その夜現れた紅蓮の魔導師に負けちまったんだ。それで、あいつを倒すためクラスチェンジの方法を聞きに来た。じゃあ次、ホークアイだ」

 なんとなくドキリとする。ちらりとリースの様子をうかがうと、彼女は相変わらずどこか悲しそうな表情で自分の足元を見つめていた。ホークアイはみんなと同じように軽い口ぶりでしゃべろうと試みているのだが、真摯を隠しきれていない。

「んで、逃げてる途中の砂漠でを見つけて、今に至る、と。次、リースだな」
「……私も、司祭様の前で話した通りです。弟のエリオットを探して旅をしていました」

 ホークアイがやったわけではない。寧ろホークアイはナバールから追われる身である。けれどもやはり、リースからすれば敵国のもの。それぞれの事情を改めて知る以上、このような雰囲気になることは避けては通れないことなのだが、やはり気まずい。

「……悪いことを、したな」

 ぽつりとホークアイが謝罪を口にする。

「そんなこと……ごめんなさい、少し失礼します」

 誰が見ても作り笑いとわかるような笑顔を浮かべて、リースは立ち上がり部屋を後にした。

「おれ、行ってくる」
「でも……」
「いま、おれが行かなきゃ」

 デュランの制止を振り切り、ホークアイがリースを追いかけた。