念のため手分けしてアストリア中で生存者を確認したが、誰ひとりいなかった。死人も見当たらなかったということは、きっとどこかで生きてはいるはずだ。そう信じるほかない。様々な気持ちを押し殺して、滝の洞窟まで急いだ。道中は非常に重苦しく、ジャドの街を抜けたときのあの揚々とした気分が嘘のようだった。滝の洞窟に着く頃には太陽が昇りはじめていた。

「あ、れ……人がいる」

 小さな女の子と、すらっとした女性、セクシーな女性、荒々しい雰囲気の男性の四人が洞窟の前で立ち往生している。

「ほんとだ、よし、俺が声をかけるよ」
「頼む、デュラン」
「どうかしたんすか?」
「結界が張ってあって、入れないのよ! もう、どうすればいいのかしら」

 セクシーな女性が悩ましげに言う。

「結界なら私が解くわ」

 フェアリーがのそばから、どこからともなくふわりと現れてそう告げる。最初に出会った時のよりも少し体力を取り戻してきたような印象を受けた。皆フェアリーの登場に吃驚するが、間もなく解かれた結界に気が行った。見た目には分からないが、セクシーな女性が試しに入口に腕を伸ばすも、抵抗するものは何もない。

「とけたわ……ありがとう」

 あっけにとられたまま、セクシーな女性がお礼を言った。

「ねえ、どうせみんな光の司祭に会いに行くんでしょう? ならみんなで行きましょうよ、そのほうが安全だし、楽しいわ。あたしはアンジェラよ」

 セクシーな女性はアンジェラと言うらしい。彼女にとても似合う名前だ。

「そうだな、いいよな、ホークアイ、
「もっちろん! 大歓迎だぜ、俺はホークアイだ」
「じゃあ決まりだな、俺はデュラン」
「わたしはです」

 トントンとこちらの自己紹介をする。

「私はリースと申します、よろしくお願いします」
「あたちはシャルロットでち!!」
「おいらケヴィン、よろしくな」

 リースがすらっとした女性。少し影があるのが特徴的だ。金色の髪に翡翠色の瞳がとても合っていて、その瞳と合わせたような新緑色の服が目を引く。
 シャルロットはおさない子供。ふわふわとした外国の子供のような髪の毛が、なんだかキャンディーの妖精のようだった。キャンディーの妖精というのは、完全にの想像だが。
 ケヴィンは荒々しい雰囲気の男性だ。だがケヴィンはその容貌とは裏腹に、とても温厚そうな物腰であった。人は見かけによらない、と思った。それにしたって一気に仲間が四人も増えたものだから、名前を覚えるのが大変そうだ。間違えないようにしなくては……とひそかに気合を入れる。それにしても誰もかれも見目が麗しくて、この世界の遺伝子はどうなっているんだと恐怖すら覚える。

「ちなみにいうと、この子、15よ」
「ちなみにってなんでちか! しつれーな」

 アンジェラがシャルロットの頭に手をぽん、と載せて言う。

「えええええ!!!」

 ホークアイ、デュラン、は一様に叫び声をあげた。どう見たって5歳くらいだ。それに15歳は、でちでち言ったりしない。




聖都へ




 滝の洞窟はその名の通り大きな滝があり、空気はひんやりとしながらも、湿度が高くじっとりとしていた。岩肌に囲われた道のりを、知り合って間もない男女七人はぎこちない会話を繰り返して行く。ホークアイとデュランだけであったら込み入った話もしたが、四人も増えればそれぞれ抱えた過去を打ち明けることもなく、当たり障りのない会話になる。どうせ短い旅路だ、それぐらいの距離がちょうどいいのかもしれない。なんだかさみしいが仕方がない。デュランだって、ウェンデルに行くことが出来たらそこでお別れだ。
 親分は仲間に美人が増えて大変ご満悦であった。そんな様子を見てなんだか心が曇る。彼は持ち前の社交性を存分に発揮しているだけで、なにも可笑しいことはないのに。それに自分の恋人というわけでもないのにひどく身勝手である。そんな自分の思い上がりに、恥じ入る。

、見ろよ、でっかい滝だな!」

 しかし、隣で朗らかにいうデュランに、なんだか心が緩んだ。
 滝の洞窟を暫く行くと、段々と外気の匂いがしてくる。聖都ウェンデルが近づいている。するとシャルロットの様子が変わる。顔を強張らせて、足取りもなんだか重い。シャルロットがどんどんと列の後尾に行くのを見かねて、はシャルロットに近寄る。

「どうしたの、シャルロット?」

 声をかけると、一瞬渋り顔になったが、あのでち……と、語りはじめる。

「じつは……まごなんでち、しさいの」
「しさい……司祭? え、光の司祭の?」
「そうでち、おじいちゃまにおこられるかちら……だまってでてきちゃったでち」

 不安そうに眉を寄せるシャルロット。

「……そうね、怒られるかもね」

 ぽつりというと、世界の終わりのような顔をする。

「でも怒ったとしてもきっと一瞬だよ、シャルロットが無事なのが一番なんだから。でもどうして黙って出て行っちゃったの?」
「じつは……ヒースがあすとりあにいくっていってて、しんぱいでしんぱいでみんなにないしょででてきちゃったんでち」

 アストリア―――昨夜壊滅した小さな町。まさか戦渦に巻き込まれて? 嫌な予感がよぎる。

「結局ヒースはどうしたの……?」
「ヒースは……シャルロットをかばって……へんなおじしゃんにつれてかれちゃったんでち」

 いまにも泣きそうな顔なシャルロット。細かなことはわからないが、シャルロットは大切な人を目の前で連れてかれてしまったのだ。はシャルロットの手を取り、手をつなぐ。

「大丈夫。とにかくおじいちゃんにシャルロットが無事な姿を見せないと」
「そうでちね!」

 聖都ウェンデルは目と鼻の先だ。

「やーっとついた!!」

 デュランが大きく伸びをして言った。滝の洞窟を抜けて、聖都ウェンデルへやってきた。滝の洞窟の中はジメジメとしていたので、久々にからっとした空気を大きく吸い込む。聖都ウェンデルは緩やかな丘陵の上に家々があり、どこか懐かしい雰囲気を漂わせている。丘の一番上が光の神殿で、そこに光の司祭がいるという。さっそく一同は丘を登り、光の神殿へ向かう。神殿前では衛兵たちが二人、門の両端に立っていたのだが、の隣にいる小さな15歳を見るなり血相を変えて寄ってくる。

「シャルロットちゃん!! どこへ行ってたんですか!! 司祭様が心配されていますよ、すぐにいってください!」

 ここで一同が不思議な顔をする。以外はまだシャルロットの正体を知らないのだ無理もない。

「シャルロットは、光の司祭のお孫さんなんだって」

 見かねてが言うと、一様に悲鳴を上げる。するとシャルロットが「しつれーでちよ!!」とぴょんぴょん飛び跳ねた。