「あっ! 可愛い!!」

 黄色のもふもふとした、しいていえばうさぎに似たような動物が一匹、月明かりに照らされた大地ですやすや寝ていた。が駆け寄ろうとしたその時、デュランに手を取られた。

「おっおい、あれも人を襲うんだぞ!」
「え!? そうなんですか?」
「可愛い外見してるが、こっちに気づいた瞬間、可愛いまま襲い掛かってくる。ラビ、っていうんだ。この地方に多く生息しているモンスターだ」

 これが噂のモンスター!!! はそのモンスターに自ら駆けて行こうとした行動よりも、ゲームでしか見たことのないモンスターという存在にわくわくしていた。デュランやホークアイには申し訳なくてとても言えないが。

「お前ってなんか危なっかしいな。放っておけないぜ」
「あはは、デュラン、ごめんなさい」
、見た目にだまされるなよ? お前に何かあったら俺はいやだからな」

 ホークアイの言葉には何度もうなづいた。


+++


 アストリアはジャドからそう遠くないところに位置していたのですぐにたどり着いた。幸いモンスターも殆ど寝ていたのでを守りながらの道中はさほど厳しくはなかった。
 湖畔の位置するアストリアは、美しい湖とともに低い街並みが広がっていた。ジャドとは違う、美しい田舎の街、と言った景観だ。無事に辿り着いたことに、改めては二人に礼を言う。

「守ってくださりありがとうございました」
「いいってことよ! それより、お前なんで敬語なんだ? 俺たち仲間だろ? 砕けた喋り方でいいんじゃないか?」

 デュランが腕を組んで首を傾げた。それに同調するようにホークアイも頷く。

「そうだぜ。俺も壁を感じてた。さあ、もう一度言い直してごらん? ホークアイ、守ってくれてありがとう、ってさ。あっ語尾にハートをつけるのを忘れるんじゃないぜ?」
「おいホークアイ! 俺もいるだろ、俺も!」
「え……っと、ホークアイ、守ってくれて、ありが、と」
「よーし! よくできました」
「おい俺も! 俺もだってば!!」

 わしゃわしゃと頭を撫でられて、の頭はホークアイの言葉いっぱいになった。

「まだ宿はやってますかね。……じゃない、まだ宿はやってるかな?」
「オウケイ。まあ、夜が更けてそう経ってない。やってるだろうぜ、いってみよう」

 予想通り宿はまだやっていたのでそこに泊まることになった。デュラン、ホークアイは相部屋で、は一人の部屋を使わせてもらうことになった。

(……これからどうなるんだろう)

 一人になるとやっぱり考えてしまう、突然おかれた自分の境遇と未来。モンスターのうようよするこの世界に飛ばされたわけだが、その意味もいまいちわからない。いまのところは楽しいが、知り合いが一人もいないのはやはり心細くもある。ホークアイとデュランがいなければどうなっていたことだろう。

(それにしても……、本当にこの世界の男の人ってかっこいいひとばっかり。ああ、なんか眠くなってきた……な……)

 気付いたら眠りの世界へ旅立っていた。



終焉のアストリア



、起きてるか」

 ドアをノックする音と、呼ぶ声が聞こえてる。の意識がぼんやりと戻ってきた。目が覚めたら元の世界に戻っていた、というわけにもいかず、アストリアの宿だった。ぼんやりとする頭で扉まで駆け寄って、慌てて開ける。

「お、起きてます」
「今すぐ出てきてくれ。もみたろ? あのまばゆい光……ラビの森の方へ行ったらしいんだ。追いかけようぜ!」

 は、爆睡してたので見てません。とはいえなかった。だが親分がいうのだから、子分はどこまでもついていく。寝癖もそのままに、少ない荷物をすべて持ち部屋から出た。

「改めて。おはよう、

 ニッコリ微笑まれて、の胸は寝起き早々どきゅんとなった。

、俺もいるからな」

 デュランがふてくされたような顔で言うので、なんだかおかしくなっては力が抜けてふ、と笑ってしまった。

「お待たせしました行きましょう。……じゃないや、いこ!」

 三人はまばゆい光を追いかけてラビの森へ向かった。走って森へ入ると、すぐに光の正体を見つけて追いつく。随分とのろのろと進んでいる。今にも力尽きてしまいそうな、そんなか弱さを感じた。まるで線香花火のようだった。

「あれだ……虫か何かか?」

 ある程度の距離を光と取りつつ、ホークアイが目を細めて光っているものを見定めようとする。

「しかし、さっきの光り方はこれの比じゃなかった。同じものなのか?」

 デュランが首をひねる。

「確かに。目を開けられなかったからな」

 ホークアイも賛同するように頷いた。

「あ、光が消えたぞ!」

 光が消えた場所へ駆け寄ると、手のひらに載せられるくらい小さな女の子が草むらに横たわっていて、その子の背中には羽根が付いていた。天使か妖精か、辛そうな表情で眉根を寄せるその子に、胸が痛む。。

「大丈夫かい?」

 ホークアイが尋ねる。

「う……はぁはぁ……もう大丈夫。私はフェアリー。あなたは?」

 フェアリー……。妖精のほうか。

「俺はホークアイ、こっちがデュランで、こっちが
……あなたって……まあいいわ、あなたに決めた!」
「え??」
「ううん、こっちの話。……ねえ、お願い! 私をウェンデルの光の司祭様のところに連れて行って! 私にはもうこれ以上飛ぶ力が残ってないの」
「わたしたちもウェンデルへ行くところだよ、一緒に行こう」
「そうと決まったら、急いで! マナの聖域に異変が起こっているの……」

 と、そのとき、アストリア方面からすさまじい轟音が聞こえてきた。緊迫した空気に様変わりする。音からしてただごとではないのは確かだ。

「急いで戻ろうぜ!」

 真剣な顔のデュラン。たちは頷いた。

「少しあなたの中で休ませてもらうわね。しばらく姿が見えなくなるけど、心配しないで」
「え? はい」
『ほら、早く!』
「ぎゃあ! なに、この感じ!!」
「ん? どーした

 どうやらにしか聞こえないみたいだ。説明するのはあとでもいいだろう、は首を振ってなんでもない、と微笑んだ。
 アストリアに近づくたびに濃くなっていく煙の臭い。それから町の燃える様子。少ししてアストリアたどり着くと、燃えるものがなくなった火はだんだんと静まっていっているようだが、そのかわり町は壊滅状態だった。

「……」

 誰も何も声が出なかった。

「獣人たちが攻めてきたのね……」

 フェアリーが出てきて、ぽつりとつぶやいた。獣人はジャドを制圧し、そして湖畔アストリアを壊滅させた。先ほどまで広がっていた湖と共にある美しい景観は、蹂躙された焼け跡と化した。
 しかし、ここまでやることはなかったのではないか。ジャドと同じように実効支配でよかったのではないだろうか。誰か生存者はいるのだろうか。皆、無事に逃げていればいいのだが、あるいは捕虜として獣人に捕まっているのだろうか。疑問は次々に浮かび上がってくるが、確かめる術はない。

「恐らく次は、ウェンデルだろうよ」
「許せねえぜ……ビーストキングダム!!」

 淡々と述べるホークアイ、それに対してデュランが悔しそうこぶしを握り締めた。も憤りを感じる。罪のない人たちが、野望のため蹂躙されている。
 つい先ほどお世話になった宿屋の主人だとかの顔が思い返されて、自然と涙が流れてきた。

「……ウェンデルへ急いだ方がいいね」