「ジャドの町にビーストキングダムの獣人たちが攻めてきて、港はもう封鎖されちまった。おかげで船は、全部欠航さ。もうどこへもいけやしねえ!」
「これから俺たちどうすればいいんだか……」

 ビーストキングダム? 獣人? 船から降りて、港を歩いているときに聞こえてきた船乗りたちの会話に、頭の上にクエスチョンマークが大量に浮かぶ。それを見かねたホークアイが説明をしてくれた。

「ビーストキングダムっていうのは、獣人が治めている王国だ。獣人ってのはオオカミと人の血が流れている種族で、昼は人の姿をしているんだけど、夜になると人狼に変身するんだ。ガオーってね」

 ウインクをして狼の真似をするホークアイに、また胸がきゅんとなった。この人、ひたすらかっこいい。
 城塞都市ジャドと言われているこの街は、堅牢な城壁にぐるりと囲われていて、街への出入りは数か所に設置されている門からのみとなっている。街並みも城壁と同じような石造りで、人々はどこか怯えた様子で街を歩いている。それもそのはず、ジャドは獣人と呼ばれる種族のものたちで溢れていた。人よりも体格の大きな、厳つい顔つきをしている。肉食獣のたてがみを思わせるような髪が、獅子を思わせた。

「その獣人たちによって、ジャドはいま支配されているんですね」
「みたいだな。最近はどこの国がどこの国に攻め入ったとかいう話をよく聞く。物騒な世の中だぜ」

 物憂げにホークアイが言うと、肩を竦めた。

「さっ、ジャドから出るぜ」
「はい!」

 ホークアイは街全体に蔓延っている陰鬱な雰囲気を振り払うように明るく言い、も同じ調子で頷いた。

「……っと、そのまえに、、着替えとかなにもないんだよな?」
「あ、そうですね」

 空の両手を見せる。着替えどころか何ももっていなかった。

「よし、じゃあジャドを出る前にちょっくら買い物と行くか。のその服、そもそも薄着すぎるしな」

 寝たときの格好そのまんまだから、Tシャツにジャージという格好である。薄着すぎるといわれても無理はない。むしろこんな格好をしているのはぐらいしかいなかった。多くの人は日本とはまた違う、民族的な格好をしていた。

「……あっでもわたしお金ないです!」
「だーいじょうぶ! 俺がもってるからさ」

 手首を持たれてぐいぐいと引っ張られていく。歩くたび彼の一つに結った長い髪が揺れてまるでしっぽのようだった。

「悪いですよ、わたし、返せる当てないし!」
「返せなんて思ってないって。親分から子分への贈り物だ」
「……ありがとうございますっ」

 着替えがなければ困るのも確かだ。申し訳ないがここは“親分”のご厚意に甘えることにした。
 店が軒を連ねている通りを、キョロキョロと店を見渡しながら歩くと、途中で足を止める。

「とりあえずここらへんで下着とかを買っちまおう」

 手首を持っていた手は離されてしまった。少しさみしいが、とホークアイは女性用の服が売っているであろう店に入った。

「うっ」

 ホークアイが急にうめき声のようなものを上げる。

「どうしたんですか?」
「……今更ながら少し恥ずかしいな」

 ああ、ともいまさらながら気付く。店の特性上、周りのお客さんも年頃の女性ばかりで、男性は一人も見当たらなかった。

「あっ、なんならお外で待っていただいても! すぐ買いますから!」
「いや! 俺も男だ、やると決めたことはやりとおすぜ」

 ここは男気を見せる場面ではないと思うが、ホークアイがいうならが反対する意味もない。とホークアイはショッピングをつづけた。その過程で気付いたのだが、この世界のお金はルクと呼ばれているらしい。安めの下着と着替えを何セットか買ってもらった。

「ありがとうございます」
「いいってことよ」

 なんだか申し訳なくて自分の身についている金目の物を探したが、生憎何も身についていなかったので少しへこむ。寝て起きたら飛ばされていたので、何もついていないに決まっているのだが、やはりへこむのだった。

+++

 防具屋への道すがら、門の近くを通ると、門扉は固く閉ざされていて、見張りのように獣人が二人立ちはだかっていた。港が封鎖されていたように、門も封じて、人の往来を完全に閉ざしているようだった。ホークアイが近づいて、見張りの獣人に声をかけた。

「あのー」
「なんだ! ここは通れないぜ、あっちいけ人間め!!」

 何かを聞く前に一蹴されてしまった。仕方なく二人は門から離れた。

「……弱ったなあ」

 ホークアイは困ったように首に手をやった。

「どうしましょう」
「んまー、こんなとこでぐだぐだしてても仕方ない! 防具屋と武器屋にいってみよう。とりあえず武器屋かな」
「はい!」

 この世界で旅をする人間は誰しも武器や防具を装備しているらしい。なぜなら人間に襲いかかる魔物がこの世界には存在しているからだ。なのでも身を護るための防具と、護身用の武器をホークアイに買ってもらうことになった。先ほどからお金を使わせてしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「すみませんほんとうに」
「いやいや、一緒に旅をするんだ。護身用の武器があったほうがこっちとしても少し安心できるってもんだ」

 なんて会話をしながら武器屋に入ると、間髪いれず人の声が聞こえてきた。

「えーー! 武器が獣人に取り上げられちまっただって!?」

 男がカウンター越しに、ものすごい声で叫んでいた。

「我々が逆らえないように、ぜーんぶだ。こっちとしても商売あがったりだ」

 カウンターの奥で、店主もため息交じりに言う。

「うおー! あったまくるぜ!!! 獣人のやつら!!!」
「その話は本当かい?」

 ホークアイが話の輪に入っていく。

「ん? ああ、そうだ。くそ、獣人のやつら、ひと泡吹かせたいぜ……!」

 男は綺麗な顔立ちをしてたが少し血の気の多いようだった。

「俺たちもこの町から出たいんだ。なあ、協力しないか」
「そいつはいい! だが、俺たち三人が組んだところで敵う相手ではないと思う……。くっそー!」
「俺の記憶が確かだと、獣人はその血のせいか、夜は人狼に変身するからじっとできないんだ。そこが狙い目かもしれない」
「なるほど……それじゃあ、夜に決行だな! 俺はデュランだ」
「俺はホークアイ、こっちはわけあって一緒に旅している
「よろしくおねがいします」

 武器も防具も買えないのでは、この場所でやれることは何もない。三人はひとまず宿をとることにした。そこの談話室にてお互いのことを話すことになった。口火を切ったのはだ。

「わたし、この世界から遠く離れた世界に住んでいて、ある日突然この世界に飛ばされてきて、何もかも全然わからないんです。なのでいろいろ詳しく教えてくださると助かります」

 にとってはこの世界を知るいい機会であったため、とても集中して話に耳を傾けることにした。

「そうだ。いい機会だから俺がこの世界のことを教えるよ」

 イケメン、ホークアイが褐色の肌によく似合う快活な笑顔を浮かべてに説明を始めた。

 この世の全ての根源は“マナ”と呼ばれるもので、近年世界中からマナが減少しているということ。それの影響からか、世界が争いを始めているということ。
 そしてこの世はマナの女神が黄金の杖を振るい創造した世界。現在マナの女神は樹に姿を変えて、杖は剣に姿を変えて樹の根元に刺さっている。

「こんなとこだな。本当かどうかはわからないが、この世界じゃ有名な話だ」

 日本でもある神話の類だろうか。この話はだいぶ勉強になった。 マナ―――この世界のキーワード。



親分と子分とデュラン