なぜだろう。起きたら見渡す限り砂漠にいた。昨日は確かに、おうちで寝たはずのに。時間は分からないが、太陽の昇っている場所から察するに、朝方だろうか。朝でも砂漠は照りつける太陽の暑さと熱を含んだ砂粒のせいで、かなりの暑さだった。

「……どうしよう」

 ――これは神様がわたしに与えた罰なのだろうか。そんなことを考えながら、ひと先ず木陰を求めて彷徨う。それにしても暑い、暑い、暑い、暑い。暑過ぎて意識が朦朧とする。じりじりと太陽が照りつけて、皮膚を焼き付けているのがわかる。しかし見渡す限り木陰などと言うものはなく、この太陽から逃れる術はなさそうだった。にとって、この太陽の下の野ざらしは相当きついもので、ましてや砂漠だ。寝起きでそもそも水分が枯渇していたことに追い打ちをかけるように暑さで滝のような汗をかき、身体中の水分がほとんど汗となって体外へ出ていった。
 このまま死ぬのかもしれない。
 ぼんやりとそんなことを考えると同時に、身体から力が抜けて膝をつき、砂漠に倒れこんだ。熱い砂粒が顔に張り付いて、上からも下から容赦なくも熱さが降り注ぎ、体力を奪っていく。なんでこんなところで死ぬしかないのだろうか。たった一人で、しかも熱中症かなんかで。

「おい、大丈夫か?」

 飛びかけていた意識が誰かの声によって戻ってくる。ぼやぼやと焦点が合わない目が、かろうじで人の存在を認める。

「ひと、だ。助けて、ください……」
「……ちっ!」

 男は舌打ちをした。そりゃあもうたいそう面倒くさそうに舌打ちをした。けれど男はを見捨てることなく、背負い込むと、駆けだした。そしては安心感からか、彼の背中の上で意識を手放した。




 次目覚めたときはベッドの上だった。けれど自分の部屋のベッドではなかった。それに変に身体が揺れている。ここは、どこなのだ。ベッドから起き上がり、部屋を見渡すと扉が一つと、ベッドの横にテーブルが備えてあって、その上に水の入ったコップが置いてあった。それを見た瞬間、喉が渇きを訴える。水が飲用の水であるかどうかなんて考えず、一気に飲み干した。

「ふあーっ!」

 もっと飲みたい!!! は何も考えず扉から出ると、目の前には水が大量にあった。大量の水……というよりは、海のようだった。潮風が鼻孔を掠めて、なんだかそわそわした。

「お」

 お?

「起きたか、よかった」

 紫色の髪を三つ編みにした褐色の肌のお兄さんが、人懐こい笑みを浮かべてに話しかけてきた。そこで砂漠で死にかけて、そして誰かが助け出してくれたことを思い出す。まさかこのお兄さんが、命の恩人?

「もしや……砂漠で命をお助けいただいたお方ですか?」
「おう。全く、こっちは急いでたってのに、今にも死にそうだったからよ」

 イケメン。すごいイケメン。きゅん、と胸が縮こまった。

「それで悪いんだが、本当はサルタンに君を置いていこうと思ったんだけど、とても急いでて船まで連れてきてしまった。君はサルタンの人間か? それともディーン?」
「えっと、どっちでもないです」
「だと思ったぜ。予想的中! 砂漠に住む人間にしては肌が白すぎるし、服が軽装過ぎる。それもあってサルタンにはおいてこなかったんだが……。どこに住んでる子なんだい?」

 の住んでいる住所を番地まで言うと、イケメンは首をかしげた。

「聞いたことのない地名だなあー。どこか遠い町なのかもしれないな。だが、なんで砂漠で倒れてたんだ?」
「それがわたしもわからなくて……起きたらあそこにいて……」
「なるほど……一体どういうことなんだ」
「皆目見当が……」

 記憶損失ではない。なぜなら昨夜の記憶もしっかり残っている。昨夜は絶対に自分の部屋で寝た。目覚ましもしっかりかけて。
 では今この状況は夢か、といわれたらそれは絶対に違う。夢では味わえない、リアルを感じている。喉は乾き、潮風が頬を撫ぜて、汗でべたついている服に不快感を感じている。理由は全くわからないが、もしかして寝ているあいだに外国へ連れて行かれたのだろうか? けれどサルタンとか、ディーンとか、聞いたことのない地名のわりに日本語が通じているという変な事態。
 もしかしたら―――
 よくアニメとかドラマとか映画とかである、いわゆる、トリップ、というのを体験しているのかもしれない。だとしたら、なんというか、うれしい。毎日おなじような日々の繰り返し。それから抜け出せた気分だ。そんなことを考えるわたしは不謹慎なのだろうか。

「他に何か覚えていることはないか?」
「あ、わたしの名前は、っていいます」
「俺はホークアイ。そうか、名前はわかるのか」

 ホークアイ、というのか。絶対に日本人にはあり得ない名前。それにしても。はあ、かっこいい。はついホークアイに見惚れてしまう。

「んー……どうするか」

 対するホークアイは少し困ったように頭をかく。

「俺はわけあって祖国から追われていて、いまから光の司祭に助言をいただきにいくところなんだ」
「ふむ……」

 ほうら、“光の司祭”とかいうちょっと意味がわからない単語が出てきた。絶対にどっか違う世界にやってきちゃったに決まっている。

のことを、本当はジャドにおいていこうとおもってたんだ。でも、見たところ荷物も何もないし。ジャドに一人置いていくのも可哀想だし、ルクもなさそうだしな〜。ん〜……」

 この世界のことを何も知らない、お金もない、住むところもない、知っている人もいない。全く知らない土地に一人で置いていかれるなんて絶対に無理だ。このホークアイと共にいることと、置いていかれることとでは、この先天と地ほどの差が出てくる。先ほど砂漠で死にかけたことを思い出し、ぞっとする。最悪、野垂れ死ぬ可能性だって出てくる。

「あの! わたし、ホークアイさんしか頼れる人がいないんです。誰も知らないんです。わたし、ホークアイさんの言うとおりここからものすごい遠く離れた、文化も何もかもが違う世界から来たと思うんです。だからこの世界のこと、何も知らないんです! ですから、とても厚かましいお願いなのですが、少しの間だけホークアイさんの旅のお供にしてくれませんか? わたしにできることなら何でもします!」
「俺のお供、か……」

 考え込むホークアイ。しばらく彼は黙り込んだ。その間絶え間なく聞こえる、海を突っ切って進む船の音。どきどき、と心臓が緊張を訴える。

「……オッケー。俺についておいで。でもさっきもいったとおり、俺は追われている身で、しかもいろいろと厄介な問題を抱えている。それでもいいんだね?」
「は、はい! もちろんです!! わたしを一人にしないでくれるなら!! ホークアイさんに救われた命。ホークアイさんのために使わせていただきます! いわば子分です!!」
「おいおい大げさだな。自分の命、自分のために使いなって。でもそういう献身的な女の子、嫌いじゃないぜ。ああそれから俺のことはホークアイって呼んでくれよ」
「はい! ……ホークアイ」
「ん、呼んだかい?」

 にかっと人懐こい笑顔を浮かべたホークアイに、また胸がきゅんとなった。よかった、どうにか繋がった。生きていけそうだ。



物語の始まりは砂漠にて