瑠璃はよく、この店にやってくる。

「いらっしゃい瑠璃。」
「ああ…。」

寡黙な人。決して多くは語らないけど、瑠璃はとても優しくて、ステキな男性。
きっと今日もコーヒーを頼むんでしょうね。

「コーヒーを。」

ほうらやっぱり。

「かしこまりました。」

ここのコーヒーが好きみたいで、ある日ふらっとやってきて頼んだ日からよくやってきては
コーヒーを頼んでいる。そのかん私たちはたくさんの話をした。(といっても、私が七割話しているだけだけど。)
そのうちわたしは、瑠璃に恋をした。

「あんたはいつも楽しそうだな。」
「…え?」

はじめて瑠璃にいわれた、わたしへ抱いている思いを聞けて、胸がくるしくなった。
いつも自分ばっか話してて、瑠璃は相槌を打つだけで、一人相撲みたいな気分だったから
とても嬉しかった。わたしの声をちゃんと聞いてくれていた。

「俺の……友人、にもそういうやつがいる。」
「そうなんだ。瑠璃のお友達…どんな人か聞きたいな。」

瑠璃の口から語られるすべてが美しく思えて、高尚なもののようで、たくさん聞きたかった。

「ほんとにあんたみたいだ。楽しそうで、強くて、優しくて……今度連れてくる。」
「楽しみにしてるね。」

ああこのときわたしは何も気付かなかった。浮かれすぎてたんだ。
瑠璃の、”友人”を語る目が本当に優しかった。



「ここがこのまえいってたところだ。」

いとしき瑠璃の声がきこえた。

「わ〜なんかステキなところだね。お邪魔します。」

次に女の子の声が聞こえてきた。
胸にちくりと針が刺さった。
洗い物をしていた顔を上げて入り口を見れば、瑠璃がいて、その隣に女の子がいた。
たぶん、このまえ瑠璃がいっていた友達なんだろう。

「いらっしゃい。」

わたしはうまく笑えているのかな?

「ああ。…このまえ言ってた友人だ。」
です。よろしくおねがいします。」

ぺこりと頭を下げた女の子。はにかみ笑顔が愛らしかった。

「よろしくね。…わたし勝手に男の子かと思ってたよ。」
「そういえば言ってなかったな。…俺の友人はこいつだけだ。」
「あれ、真珠ちゃんは?」
「真珠はパートナー。友人とはちがうぜ」
「ふふ、なるほど。」

なんて顔をして瑠璃は話しているんだろう。
彼はこんなにも優しい顔で会話するのか、と私は絶望に打ちひしがれた。
いつも無表情で、たまに浮かべられる微笑み。と思っていたのに、この子の前ではそんな表情をするんだ。
ねえ真珠ちゃんってだあれ?私の知らないことがいっぱいなのね。

「コーヒーを二つ。」
「……。」
「…?どうしたんだ?」
「あ、ああ、コーヒー二つね!ちょっとまってね〜」

すぐに背を向けてコーヒーの準備をするように見せる。
どうしよう、涙が止まらないよ、悔しい、悔しい、どうして私じゃ駄目なの。ねえ、私は瑠璃じゃなきゃ駄目なのに。

「ここのコーヒーは本当に美味しいんだ。」
「あの瑠璃くんを唸らせるとは。」

二人の会話はどこまでも私をみじめにした。
芽生えた双葉をむざむざと取るかのように、とても無情だった。
恋ってこんなに辛いんだね。片思いって、こんな気持ちになるんだね。
コーヒーに涙が入ってしまわないように、私は無造作に涙をぬぐい取った。



知ってた? わたしあなたの声しか聞こえないの
(でもあなたは彼女の言葉しか聞こえないみたい)